第6話 美少年とおでかけしたら…
──翌日の昼。
オヴェリアとエルは、伯爵邸からほど近い大きな街に来ていた。
「街に出るのは久しぶりだわ! 今日は市が立つ日だから、来たいと思っていたの」
そう言いながらオヴェリアがちらりとエルの方を見ると、彼は物珍しそうに街の様子を眺めていた。
(……よかった! 少なくとも嫌ではなさそうね)
オヴェリアはこっそりと胸をなでおろした。
昨日食事の席で、オヴェリアはエルに「もしよければ明日、一緒に街に行きましょう」と誘ってみた。
気が向いたらで良いと伝えてあったので、来てくれないだろうと予想していたのだが、意外なことにエルは約束の時間に玄関ホールに来てくれたのだった。
(大きな街に出れば、エルのことを知っている人と出会えるかもしれないと思ったのだけれど……今のところそういう人はいないみたいね)
街に誘ったのは、エルの身元を探るきっかけを掴めたらという想いもあったのだが、少なくともエルはこの街に馴染みはなさそうだし、彼に声をかけて来る人もいない。
輝くような美少年であるエルを驚きの眼差しで見てくる人は多かったが……知り合いとして声をかけられることはなかった。
(でも、それならそれでエルと一緒に市を楽しめばいいわ! いつもミーナに止められるから、私も街に来る機会は少ないのだし)
心配性のミーナは、オヴェリアが人の多い場所に出ることを嫌がり、何かと理由をつけて外出を阻もうとするのだ。
(いくらなんでも昼に街中で危険な目に遭うことなんて、そうそう無いでしょうに。それに領主として、実際に街の様子を見るのは大事なことなのだし)
実はオヴェリアは、これまでにも何度かミーナの目を盗んで、一人で街に来たことがあった。
けれどその際も特に危険な目には合わなかったし、それどころか町の人々はとても優しく接してくれたのだ。
(……一応、身分がばれないよう軽い変装はして来ているしね)
オヴェリアは簡素なワンピースを着て、その上からフード付きのケープを羽織っている。
街に来る時の定番の変装なのだが……大きなフードを目深にかぶることで、顔を隠すことができるのだ。
オヴェリアの金の髪と瞳はこの国では珍しいから、顔をさらしてしまうとオヴェリア・ホーリングだと……『滅亡の魔女』だと気付かれてしまう可能性がある。
(そうなると街の人々を怖がらせてしまうものね……。でも顔を隠していれば問題はないはずだわ。それより折角エルとの外出なのだから、思い切り楽しんでしまおう!)
そうして、改めて笑顔を作ってエルに話しかけた。
「エル、気になるものがあったら何でも言ってね! あ、あっちのお店を見てみない?」
そう言いながらそっとエルの手を取り、一緒に歩き始めた。
振り払われるかと思ったが、エルは大人しく手を取られたまま、オヴェリアについて歩いてくれる。
(……! う、嬉しい! やっぱり少し、心を開き始めてくれている気がするわ!)
オヴェリアは嬉しさのあまり頬をゆるませながら、エルと共に市を巡り始めたのだった。
──数時間後。
オヴェリアとエルは、屋台の菓子を買い食いしたり、的当てゲームに挑戦して景品のぬいぐるみを手に入れたり、外国製の珍しい商品がならぶ店を眺めたりと市を満喫していた。
オヴェリアが楽しんだのはもちろんだったが、エルも意外と楽しそうに付き合ってくれている。
エルが、その大きな目をさらに見開いて驚きながら市に並ぶ屋台を眺めたり、菓子を食べてぽつりと「……おいしい」とつぶやいたりするので、オヴェリアは嬉しかった。
(……結局、エルの身元についての情報は得られていないけれど、それでも来て良かったわ)
オヴェリアは、嬉しさでつい口元を緩めながらエルに話しかけた。
「エル、次はあのお店に──エル?」
エルの歩みが遅くなった気がして振り向くと、エルは少し眉根を寄せ、足のかかとを押さえて歩きにくそうにしている。
「エル、どうしたの?」
オヴェリアが慌ててエルの足をみると、酷い靴擦れができて靴下に血が滲んでいる。
「大変! 新しい靴が足に合わなかったのね。……エル、ちょっとこちらへ来て」
オヴェリアは店と店との間の狭い路地にエルを導いて、置いてあった木箱に腰かけさせてから、傷をよく見るために目深にかぶっていたフードを外した。
そうしてあたりを見回し、こちらに注目している人がいないことを確かめてから、エルの足に治癒魔法をかける。
──靴擦れはあっという間に治って、跡も残らなかった。
「治ったわ。もう痛くはない?」
オヴェリアが聞くと、エルは小さく頷いて、
「……ありがとうございます」
小さな声で、そう言った。
オヴェリアはハッと息を呑んで、
(……治癒魔法を使って、お礼を言って貰えるなんて……!)
エルが、話してくれた。
その上、いつもは嫌われ恐れられる魔法を喜んでもらえたのだ。
何だか胸が熱くなって、オヴェリアがエルに微笑みかけた、その時──。
「あ、あの女、魔法を使ったぞっ! 金の髪と瞳……伯爵家の『滅亡の魔女』だ!!」
オヴェリアとエルの近くに、いつの間にか男が立ってこちらを見ていた。
その上、オヴェリアを指さして大声で叫んでいる。
(ああ、私の馬鹿! 顔を隠していればバレないと思っていたけれど、魔法を使っているところを見られたら何にもならないじゃない)
オヴェリアは後悔しながら立ち上がり、エルの手を引いてその場から立ち去ろうとしたが、男の声を聞いた人々がざわつきながら路地の前に集まり始めている。
「なんで魔女が街にいるんだ!? 俺たちを呪いに来たのか!」
「あの金の髪と瞳……禍々しい!」
「男を誘って堕落させるために、美しい女の姿をしているらしいぞ!」
「近づくな! 触れると呪われるぞ!」
人々は口々にオヴェリアを罵りながら集まって来ている。
オヴェリアはエルを背後にかばいながら、小さな声で囁いた。
「……エル、怖い思いをさせてごめんなさい。大丈夫、危害まで加えられることは──」
オヴェリアがそう言いかけた時、
「消えろ! 滅亡の魔女め!!」
ひと際大きな罵声と共に、男がオヴェリアに石を投げつけた。
その石はまっすぐに飛んで来て、オヴェリアの額に当たった。
「────っ!」
衝撃でたたらを踏み、そのまま道にしりもちをつく。
石が当たったところを手で押さえると、指先に血が付いた。
これまでも怖がられたり避けられたりしたことはあったが、直接危害を加えられたのは初めてで……オヴェリアは、自分が震えていることに気付いた。
(──怖がっている場合じゃないのに……! 何とかここを出て屋敷に帰らないと。私の軽率な行動のせいで、エルにまで被害を及ぼすわけにはいかない)
オヴェリアは何とか立ち上がろうとしたが、足が震えて言う事を聞かない。
「同情を引こうとしても無駄だ! この、呪われた魔女め!!」
男がまたオヴェリアに石を投げようと、振りかぶった時──。
「──やめろ!!」
エルが大声で怒鳴った。
その声は、子供とは思えない、なぜか従わざるを得ないような威厳を帯びていて──。
石を持って振りかぶっていた男は、びくりとして手を下げた。
エルはオヴェリアの前に立ち、背後をかばうように腕を広げてまた大声で怒鳴った。
「この方が誰か知っての行動か! 主君に石を投げるなど、許されることではない!!」
そうして、振り返ってオヴェリアに手を差し出した。
オヴェリアがまだ震える手でその手を握ると、エルは力を込めて彼女の手を引き、助け起こしてくれた。
そうしてまた群衆を振り返って、
「どけ! 道をあけろ!!」
エルの声に、人々は戸惑い静まり返っていた。
そうしてほんの少しだけ人波の間に道が開いたので、オヴェリアはエルに手を引かれて群衆の間を抜け、路地から脱出して帰路につくことができたのだった。
***
屋敷への道を歩きながら、エルは無言だった。
(……私の軽率な行動で、エルに怖い思いをさせてしまったわ。その上幼い男の子に助けてもらうなんて、情けない……)
オヴェリアは恐る恐る口を開いた。
「……あの、エル。私のせいで嫌な思いをさせてごめんなさい。でも、あの街の人々は普段はあんな風ではなくて……」
オヴェリアの言葉を聞いて、エルがまた怒り出した。
「あなたはなぜ怒らないのですか! 主君に石を投げ、危害を加えるなど許されることではない! あの男を投獄することだって──」
オヴェリアは慌てて、エルの言葉を遮った。
「──いいの! 彼らは怯えていただけだもの。……誰だって得体のしれないものは怖いのだから、仕方ないわ」
「しかし……!」
「いいのよ。それにしても、領民が安心して暮らせるようにするのが領主の役目なのに、自分で怖がらせていたら、どうしようもないわよね……」
オヴェリアは苦笑してから、エルを見つめて、
「……私が領民たちに嫌われて、恐れられていても別にいいの。それでも、私はホーリング領の人々のために出来ることは何でもしようと思っているわ」
オヴェリアがそう言うと、エルはまだ物言いたげだったものの、それ以上は何も言わなかった。
「さ、早く帰りましょう! そろそろミーナに外出がばれているだろうし、早く帰らないと怒られるわ。ね、エル──」
「……リュシオンです」
オヴェリアは一瞬、エルが何を言ったのかわからなかった。
「……え?」
「俺の名です。リュシオンと言います」
オヴェリアは息を呑んだ。
「名前を教えてくれるの……!?」
嬉しくて、思わず声が弾む。
「リュシオン……素敵な名前だわ! ありがとう、これからはリュシオンと呼んで……」
「いえ、この名前は決して誰にも言わないでください」
嬉しそうなオヴェリアと対照的に、エルは硬い表情でそう言った。
「ど、どうして? ……あなたが大けがを負って倒れていたことと、何か関係があるの?」
そう問いかけたが、エルはそれ以上話す気はないようで口を結んでいる。
「……いいわ、わかった。その名前は私の胸にしまっておくわね。……でも、教えてくれてありがとう」
オヴェリアがそう言うと、エルは彼女を見つめて柔らかく微笑んだ。
その笑顔はほんの一瞬で消えてしまったが……オヴェリアの目にはその美しい笑みが焼き付いて、ずっと離れなかった。




