第36話 城下町へGO!
「お嬢様? 大公閣下と喧嘩でもされたのですか?」
──大公が出て行ってから数十分後。
午後のお茶とお菓子を持って、今度はミーナが部屋に入って来た。
赤い顔をしてむっつりと黙り込むオヴェリアを見て、ミーナは心配そうに問いかけて来る。
「大公閣下に、外出を止められたのですか? それで喧嘩になったとか……?」
「け、喧嘩なんてしていないわ! ……外出は駄目だと仰っていたけれど」
「そうですか……。まあ、確かにお嬢様はつい昨日10年の眠りから覚めたところですから、いきなり外出は無茶だったかもしれませんねぇ」
そう諭すように言われて、オヴェリアはややむきになった。
「無茶じゃないわ! 10年眠っていたというけれど、身体はいつも通り健康なのだし!」
いくら広い部屋だと言っても、あとどのくらいこの部屋の中に閉じ込められるのかわからないとなると、無性に脱出したくなって来る。
……それに10年もの時が経った王都が──城下町がどんな風になっているのか確かめたいのだ。
昨日から何度も、『10年経った』と大公とミーナに言われるが……。
王宮の部屋に閉じ込められていると、2人の言葉が本当なのか疑わしく感じられてくる。
けれど城下町の様子がガラリと変わったのを見れば、少しは納得できる気がするから。
「……なのに、あんなに感じ悪く断るなんて……!」
ブツブツと文句を言うオヴェリアに、ミーナがまた優しく諭すように言う。
「まぁ、大公閣下の気持ちもわかりますよ。閣下は毎日毎日お嬢様の心配ばかりされていたんですから」
「……ミーナったら、私より大公様の味方なのね?」
せめて、ミーナだけは自分の味方をしてくれると信じていたのに。
ミーナが大公の肩を持つので、何だか彼女までも大公に取られてしまった気分になる。
「いえいえ、私は何があってもお嬢様の味方です! ……でも、今日はエルのいう事を聞いてあげましょう?」
「エルの『お願い』なら、私だってどんなことでも聞くのだけれどね……」
大公があんなに居丈高でなく……もっと言えばあんな知らない男性ではなく14歳のエルの姿で、「心配だから外出しないでください」と言うのなら、オヴェリアは快く彼の言葉に従っただろう。
(でも、あんなに偉そうに命令して、その上何度も……勝手に、人の唇を……!)
思い出すと顔が赤くなってくるので、オヴェリアはブンブンと顔を振って頭の中から先ほどの口付けの記憶を散らした。
「……ミーナ、私やっぱり町の様子が見てみたいわ……」
オヴェリアは、普段ならそこまで意地をはらなかっただろう。
──が、大公の強引で偉そうな振る舞いを思い出すと……どうしても反抗心が湧き上がって来る。
「そうは言っても、出入り口には警備兵がいますから出られませんよ? 万が一扉を通れても、城内には人が多いですから、どこかで見つかってしまうでしょうし」
「……ミーナ。私今朝はとっても暇だったから、この部屋の中をくまなく見てみたのよ」
「ああ! 大公閣下が揃えたお洋服や宝石類は、どれもお嬢様にピッタリだったでしょう? 今着ている物以外にも、素敵なものがたくさん──」
ミーナの言葉を遮って、オヴェリアは続ける。
「──そうじゃなくて、部屋の中で見つけたものがあるの! ホーリング伯爵邸にもあったくらいだから、王宮にもきっとあると思っていたのだけど……」
そう言いながら、オヴェリアは暖炉の前に立ってミーナに手招きをする。
「暖炉? 今は温かい時期なので火は入っていませんけど……」
「そうね。灰も無くて、ちょうどよかったわ」
オヴェリアはそう言いながら、暖炉の奥の壁をぐいと押した。
壁は多少軋む音を立てながら、奥に向かって開く。
その奥には、暗い通路があった。
「ええっ!? 何ですかその通路……!」
「ここは王妃様の寝室だったらしいの。だから、非常時の脱出路があったのよ!」
オヴェリアが得意げな顔をしてそう言うと、ミーナは対照的に青い顔をして、
「こ、ここから城下町へ出るつもりですか!? ……駄目ですよ! 大公閣下に止められているのに!」
「……ミーナ。さっき、ミーナは私の味方だと言ってくれたじゃない?」
「そ、それは……でも……!」
「お願い、1時間だけでもいいわ。大公様が気付く前に帰ってくれば、出かけなかったのも同然じゃない……!」
オヴェリアはそう言って、両手を祈るように組んでミーナを見つめる。
ミーナはしばらく困った顔で逡巡していたが……普段はそれほど我が儘を言わない主人の珍しい『お願い』に負けて、しぶしぶ頷いたのだった。
***
1時間後には、オヴェリアとミーナは城下町に出ていた。
(大公様への反抗心もあって、勢いで飛び出してきてしまったけれど……やっぱり緊張するわね)
一応、部屋にあった中で一番質素なワンピースを着て、その上からいつものように大き目のフード付きケープをかぶって顔と髪を隠しているが……。
それでもこれだけ人の多いところに出ると、いつもの癖でなかなかに緊張してしまう。
「……でも、本当に10年経ったって、今初めて信じられたわ……」
城下町は、オヴェリアの知る王都とは全然違っていた。
(……なんというか、街に活気が溢れている……!)
以前の王都も、田舎から来たオヴェリアから見れば人も店の数もすごく多く感じたが……。
10年の間に町はさらに人や店が増えているし、大きな建物も増えたようだった。
……何より、すれ違う人々の表情が明るく活気に満ちている。
目にはいるすべてが物珍しくて、オヴェリアがきょろきょろとあたりを見回しながら歩いていると、人が集まっている広場を見つけた。
「ずいぶん人が多いけれど、あそこでは何をしているのかしら?」
「ああ、あれは大道芸ですね。……お嬢様、びっくりすると思いますよ?」
ミーナが意味ありげに微笑みオヴェリアの手を引くので、二人で広場に近付いていくと、人だかりの中心にいるのは、小さな台の上に乗った男性だった。
男性が口から小さな火の玉を吐きだすと、観客たちは拍手をしながら小銭を投げて讃えている。
「え、ええっ!? あれはどうやっているの!?」
「あれが魔法ですよ。炎魔法は派手で人気です!」
ミーナはこともなげにそう言うが、オヴェリアは驚いて二の句が継げなかった。
「炎魔法が使えるなら軍にも入れたでしょうけど、大道芸人でも十分稼げるからこちらにしたんでしょう」
「……そ、そういうものなの……!?」
「ちなみに、炎の他にも水や風、土魔法なんかもあります。治癒魔法を使えるという者は、お嬢様以外には現れていませんけど」
本当にオヴェリアの知っている王都とは全然違って、まるで見知らぬ場所に来たように感じてしまう。
オヴェリアがあらゆるものを物珍しそうに見て、時には驚きながら説明を求めるのを見て、ミーナは嬉しそうに色々なことを説明してくれた。
しまいには屋台で売っていた流行のお菓子を買い食いしたりしながら、二人は王都を満喫したのだった。
「お嬢様、喉が渇きませんか? あの屋台で売っている瓶入りの飲み物、すごく人気なんですよ!」
買ってくるので少し待っていてというミーナに従って、オヴェリアは大人しく道端のベンチに座っていた。
見たことの無い物ばかり見て、まだ心臓がドキドキと高鳴っている。
「はあ……。私が10年も眠っている間に、何もかも随分変わってしまったわね」
それでもミーナも言っていた通り、町は明らかに良い方に発展しているのだとオヴェリアも納得できた。
「不安だったけれど、ミーナの言う通り実際に見られてよかったわ……」
この街をここまで発展させたのはエルなのだと思うと、先ほどまであった反抗心が少し薄れて……オヴェリアの胸に誇らしさが広がる。
(……城に帰ったら、大公様ともう一度話をしたいわ。よく考えたら、私はまだ助けていただいたお礼も言えていないし……)
あまりに色々なことが有り過ぎて、そんな根本的なことも頭の中から抜けていたので。
──何だかエルに会いたくなって、オヴェリアがベンチから立ち上がった瞬間。
不意に、背後から伸びてきた手で口を塞がれた。
「……っ!? んんーっ!!」
とっさに誰かに助けを求めようと、声を出そうとしつつ暴れるが、腕は有無を言わせない力で、オヴェリアを路地裏へと引き込んだ。




