第35話 あなたは俺の籠の鳥
「ミーナさんと二人で城下街へ? ──駄目です」
その日の昼、オヴェリアは様子を見に来たと言う大公──エルに、ミーナと二人で城下街を見に行きたいと申し出て、即座に却下されていた。
「ど、どうしてですか!? 城下街はとても治安が良くて、昼間なら女性だけで歩いても問題はないとミーナが言っていたけれど」
オヴェリアとしては特に許可を得る必要もないと思っていたのだが、それでも一応話を通しておこう、というくらいのつもりで聞いたのだ。
昨日の夜中にあったことを思い出すと、まだ顔が火照って大公の顔を上手く見られない中、何とか聞いてみたというのに……にべもなく却下されて驚いた。
「治安がどうとかではなく。オヴェリア様が目覚めたことは、城内でもまだ誰にも知られていない。……しばらくは厳重に隠しておくつもりですから、街に出て顔を見られでもしたら困るんです」
「厳重に隠してって……どうして?」
「……まだ理由は言えません。とにかく城の中でもこの部屋と、隣の俺の部屋以外には決して出ないように──」
「──隣の俺の部屋!?」
無視できない単語が出て来て、オヴェリアは思わず大公の話を遮った。
「……隣って、もしかしてあの謎の扉の向こうのこと!?」
オヴェリアは朝食の後、暇に飽かせて部屋の中を色々と見て回った。
オヴェリアの寝室として与えられた──10年間寝かされていたというその部屋は、南向きの大きな窓のある日当たりの良い広い部屋で、天蓋付きのベッドの他、大きなクローゼットには大量のドレスや宝飾品、本棚には読み切れない程の本、可愛らしいドレッサーなどなどが置かれていた。
その上間仕切りの向こうにはバスルームまであるので、もはやこの部屋の中だけで十分生活していけそうだ。
……けれどオヴェリアが一番気になったのは、東側の壁にある扉だったのだ。
(出入り口は別にあるのに、どうしてここに扉があるのかと不思議に思っていたのだけど……)
開けてみようかと思ったけれど、なんだか嫌な予感がして開けずにいたのだ……。
「もしかしてあの扉が、大公閣下の部屋につながっているのですか……?」
「気付いていなかったのですか? 昨日の夜中も、俺はあの扉から出て行ったでしょう?」
そう言われても、昨日夜中は動揺のあまり彼がどこから出て行ったかまで見る余裕などなかったのだ。
「あの扉って……鍵が付いていませんよね?」
「ええ。この部屋と俺の部屋は、元々はグランドール王と王妃の寝室でしたから。いつでも行き来できるように中でつながっているんです」
事も無げにそう言われたが……そんな馬鹿な。
(王と王妃の部屋!? それじゃ……夫婦の寝室ってことじゃない!)
夫婦でもない、しかも未婚の男女が使うには相当にそぐわないのではないだろうか。
「あの」
「部屋は変えませんよ。元国王夫妻の部屋だけあって、警備上もここが一番良いんです」
「でも」
「それに、俺が安心なんです。オヴェリア様がちゃんと息をしているか、いつでも確認できますから」
「……っな! それじゃ、また昨晩のように……突然来たりするつもりなのですか!?」
オヴェリアが頬を紅潮させながらそう問うと、大公は微笑んで答える。
「ええ。いつでも俺が見たい時に、オヴェリア様の顔を見に来るつもりです。まあ昨日みたいに夜中に起こすのは可哀そうなので、寝ている時は寝顔を見るだけにしますよ」
「わ、私にもプライバシーが……!」
そう抗議しかけたのだが、そこで大公が急に距離を詰めてきたので、オヴェリアは驚いて言葉を切った。
大公はオヴェリアに近付き、許可もなく頬に触れた。
「…………っ!?」
「プライバシーが欲しいなら、もっと俺を安心させてください。オヴェリア様がいい子で、大人しく俺の手の届く範囲内にいてくれると確信出来るようになったら、おねだりも聞いてあげますから」
(「いい子」? 「おねだり」? ……何なの、それ!)
オヴェリアは一歩後ろにさがって、大公の手から逃れながら、
「あなたにそんなことを言われる筋合いはないでしょう!? 私はあなたの臣下じゃないのだし──」
「オヴェリア様は今、俺の臣下ですよ」
「……え?」
「ここはクロノス帝国のグランドール領です。俺は一応、帝国の王族でグランドール大公ですから……。帝国民となったオヴェリア様は、俺の臣下です」
大公はそう言ってまたオヴェリアの方に手を伸ばし、今度は腰を捕まえて抱き寄せた。
オヴェリアより頭二つ分以上大きなこの男に抱き寄せられると、胸に顔を押し付けるような格好になる。
「…………っ! 放して!」
「自覚してくださいね。……あなたはもう俺の籠の鳥です。俺の一存で、あなたのことを好きにできる」
言われてみれば、その通りなのに……。
オヴェリアは、大公がエルだとは信じられないと言いつつも……心のどこかで、この男がエルなら自分の言うことを聞いてくれるはずだと……いつものように優しくしてくれるだろうと、甘く考えていたのだ。
「……どうして? あなたがエルなら、どうしてこんな……」
動揺で、オヴェリアの目に涙が滲む。大公はオヴェリアの顔を上向かせて、
「俺がエルだとは信じられないんじゃなかったんですか?」
そう言いながら……またしても勝手にオヴェリアの唇を奪った。
「…………っ! 何でそんなに何回も……キスするんですか」
「したいからです」
「エルは……エルなら、こんなことしない」
「しますよ……10年前から本当はずっとしたかった。だから今は、夢みたいです」
そう言いながら、オヴェリアの髪を撫でて、
「……城下町なら、時間が取れた時に俺が連れて行ってあげます。顔と髪をしっかり隠せば大丈夫でしょう。それまで、大人しくしていてください」




