第34話 魔法使いは、実はたくさんいます
「お嬢様、クマが酷いですけど大丈夫ですか!?」
──翌朝。朝食を運んで来てくれたミーナは、オヴェリアが目の下にクマを作り、げっそりとした表情をしているのを見て驚いていた。
「……大丈夫よ。ちょっと眠れなかっただけ」
オヴェリアは何とかそう答えたものの、寝不足でまだ頭がぼんやりしていた。
それに昨晩のことを思い出すと……また顔が熱くなる。
(大公閣下──エルは、本当に1回キスをしたら帰ってくれたけれど……)
その1回が、オヴェリアの予想とは違っていた。
(なんていうかあれは、その……恋人同士がするキスだった……)
10年の眠りから目覚めてすぐにされた、軽くついばむようなキスではなく……。
お互いの熱を確かめ合うような、濃厚なもので。
オヴェリアにとって、キス自体は昨日が初めてではなかった。
幼い頃レオンハルトと婚約していた時期に、1度だけ彼とキスをしたことがあったから。
でもそれは、子供らしいほのぼのとしたキスで……。
昨晩エルがオヴェリアにしたものは、それとは全然違っていたのだ。
(まさか、あんな……キスだとは、思わなかったのに……!)
思い出すと胸の中がざわざわして──オヴェリアは我慢しきれずに声を漏らしてしまう。
「……ああ!! もう、なんであんな……! 信じられない!!」
オヴェリアが突然頭を抱えて叫んだので、ミーナは驚いて、危うく配膳中のパンを取り落としそうになった。
「わっ! お、お嬢様、どうしたんですか!?」
「…………っな、なんでもないの。突然叫んでごめんなさい」
「お嬢様。昨日の医師の診察では、身体は健康そのものとのことでしたけど……。やはり10年も眠っていたのですし改めて診ていただきますか? なんだか様子もおかしいですし」
「い、いえ、いいわ! 体調が悪いわけではないから」
そう言いながら顔を赤くしているオヴェリアを心配そうに見ていたミーナが、ふと今皿に置いたパンを見て続けた。
「お嬢様、食欲はありますか? 食べられそうなら、このパンを食べてみてください」
そう言って、何かを期待するような目でオヴェリアを見ている。
ミーナがテーブルに並べてくれた朝食は、焼きたてのパン数種類、オムレツ、サラダ、ベーコンにフルーツ、そしてオレンジジュースと、お手本のような美味しそうな朝食だった。
「全部美味しそうだけれど……何か珍しいの?」
「まあまあ、まずは一口」
そう言ってミーナが指し示したパンを、オヴェリアは戸惑いつつも一口食べてみる、
「…………! わ、これ……!?」
デニッシュパンの中からトロリと甘いものが溢れ出して来て、オヴェリアは思わず声を上げた。
「ふっふっふ! それはチョコレートというものです。ずっと南の方の国でしか取れない植物から作られているので、以前はグランドールには入ってこなかったんですよ」
「そ、そうなの!? すごく甘くて、ちょっと苦くて、美味しい……!」
「それにパン自体も柔らかいでしょう? 小麦が以前よりよく取れるようになったので、製粉の仕方が変わったんです。それで、以前より真っ白で柔らかいパンが作れるようになったんですよ」
「た、確かに……!」
確かに以前食べていたパンより柔らかくて、荒くひいた小麦特有の臭いもない。
「野菜やフルーツも、以前より新鮮なものが入ってくるようになりました。種類も増えましたし。……これは、全部大公閣下──エルの功績なんですよ」
ミーナが言うには、エルが大公に封じられてから、このグランドール領の暮らしは徐々に良くなってきているという。
「大公閣下は、14歳で今の地位に就いて大変な苦労をされましたが……それでも旦那様──ホーリング伯爵の助けもあって今では本当に立派な為政者になられました」
「……昨日も少し聞いたけれど、お父様がエルの補佐官になっているというのも意外過ぎて、まだちょっと信じられないのよね」
グランドール王国の貴族たちは、帝国の侵略を受けてそのほとんどが爵位を取り上げられ放逐された。
……が、クロノス帝国の侵略時すぐに恭順し帝国側に付いた一部の貴族は、領地と爵位を奪われなかったのだと、ミーナは言う。
「……旦那様は誰より早く帝国に恭順されました。大公閣下のことを知っていたのもありますが、何よりグランドール王がお嬢様に何をしたかを知ったのが大きかったのですよ」
「……そう」
「今ちょうどホーリング領の視察に行かれていますが、お戻りになられたらきっと会えますからね」
ミーナの話を聞きながら、オヴェリアは改めてこの10年間に起きたことの重みを噛み締めていた。
「……それにしても、私は本当に『滅亡の魔女』だったのね……」
グランドール王国建国の祖王が残した、『この国はいずれ、治癒魔法を使う魔女によって滅ぶだろう』という予言について、オヴェリアはずっと信じていなかった。
祖国を滅亡させたいなどとは毛ほども思っていなかったし、そもそも自分には国を亡ぼすような力は無いのだから、その予言が成就するはずがないと思っていたのだ。
だが……。
「私がエルを育てて、そのエルが王国を滅亡させたのだから……『滅亡の魔女』と言われても仕方ないわよね」
エルのしたことを否定したくはないが、それでも自分の行動が元で一つの国が亡くなったのだと思うと、あまりの事態の大きさにどう受け止めればいいのかわからない。
「お嬢様……。私は正直、こうなってよかったと思っているのです」
ミーナの言葉に、オヴェリアは顔を上げる。
「……どうして?」
「先ほども言いましたが、グランドール領民の生活は、以前よりずっと良くなりました。帝国から農業や工業についての先進技術が入って来たり、貿易が盛んになったのもありますけど……魔法を使う者への迫害が無くなったのも大きいのです」
「ええ!?」
オヴェリアは驚いたが、考えてみれば当然なのかもしれない。
グランドール王国では例の予言によって魔法が忌み嫌われていたが、他国では魔法が嫌われているという話は聞かない。
その上クロノス帝国では王族も魔法を使えるのだから、魔法に対する拒否感は無いのだろう。
その帝国の支配下に入ったのだから、魔法を使う者への迫害は無くなって当然だろう。
「現金なもので、魔法を嫌う風潮が無くなったら、領民たちの中から『実は魔法を使える』という者たちが次々と現れたのです」
ミーナの説明によると、隠していたが魔法が使える者は実は相当数いたのだそうだ。
大公としてグランドール領を治めるエルが、『魔法を使える者は、その能力に合わせて要職に迎える』として魔法使いを優遇したこともあり、多くの者が名乗り出たという。
「というわけで、先進技術や魔法の力でグランドール領は随分発展したのです。人口も以前より増えましたし、それに医療や教育も随分良くなりましたよ」
「……そうだったの」
オヴェリアが複雑な想いで聞いていると、ミーナがふと思いついたように言った。
「お嬢様、百聞は一見に如かずです! 実際に街の様子を見に行きましょう!」




