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第33話 困ったな、何もする気は無かったのに

その日の夜、オヴェリアはまだ信じられない気持ちで寝台に横たわっていた。



「……まさか本当に、10年も眠っていただなんて……」



オヴェリアはあの後、ミーナからこの10年間に何があったのかを少しずつ教えてもらった。



瀕死のオヴェリアを助けるために、エルが時魔法を使って王都中の人間の時を止めたこと。


クロノス帝国が侵攻して来て、グランドール王国が滅亡したこと。


エルは元々クロノス帝国の王族で、グランドール王国を征服した立役者として、現在ではこの地を治める大公の地位に就いていること……。



まだまだ聞きたいことは多かったが、にわかには信じられないような話をいくつも聞き、オヴェリアが貧血を起こしたことでドクターストップがかかってしまった。


そうしてオヴェリアは医師に鎮静剤を投与され、とりあえず一晩は安静にするように申し渡されたのだった。



「もっと話を聞きたかったけれど、仕方ないわね。明日はもっと色々聞けるように、今晩はもう寝ないと……」



祖国が滅亡したことや、自分だけ10年間も眠っていたことは、やはりどうしようもない程ショックだったけれど……エルが無事なら、オヴェリアとしてはもうそれで良かった。



(……まだ、あの男性がエルだとは信じられないけれど……)



それでもミーナがそう言うのなら、間違いはないのだろう。


けれどその『エル』は、今日2回もオヴェリアの唇を奪ったのだ。



(エルが私にそんなことをするなんて、信じられない……)



複雑な気持ちを抱えながらも、オヴェリアは何とか目を瞑った。


とても眠れる気がしなかったのに、鎮静剤の効果なのか、あっという間に眠りに落ちたのだった。



***



「……リア様……。オヴェリア様……!」



誰かに呼ばれ、身体を揺すられて、オヴェリアはハッと目を覚ました。



目を開くと、誰かが寝台の横に立ってこちらを見ている。


常夜灯の仄暗い光とカーテンの隙間から差し込む月明かりで、銀色の髪と青い瞳が見えた。



「……た、大公閣下……!?」



まだ彼を『エル』と呼ぶことができなくて、オヴェリアはひとまずミーナに倣ってそう呼びながら、慌てて身体を起こした。


男はオヴェリアが起きて声を発したことに安堵したようで、ホッと深い溜息をついた。



「ああ、良かった……! 執務が終わって、ほんの少しだけ顔が見たくて来たのですが、オヴェリア様があまりに静かに眠っているから、またずっと眠り続けるのではないかと不安になって──」



男はそう言いながら、オヴェリアの手を握って頬ずりして来る。


オヴェリアはまだ少し寝ぼけていて、呆然と男のされるがままになっていたが、



(……あれ、どうして寝室にこの人がいるの!?)



普通に考えれば、女性の眠る寝室に夫以外の成人男性が入って来るのは非常識だろう。


けれど男は、まるで当たり前のようにそこにいて、オヴェリアを見ている。その上──。



(待って……私は今、ネグリジェしか着てないじゃない!)



オヴェリアは慌てて男の手を振り払い、掛け布団を引き上げて上半身を隠しながら声を上げた。



「……な、なんでここにいらっしゃるのですか!? こんな時間に……!」



いくらこの男がお偉い大公様だろうと、こんな時間に女性の寝室に入って来る権利はないはずだ。



「……駄目ですか? 以前オヴェリア様は、眠れない時はいつでも寝室に来ていいと言っていたのに」



男はそう言いながら勝手に距離を詰め、寝台に腰かけてこちらを見てくる。


オヴェリアは、その距離の近さに怯えながら、



「……っそれは、エルに言ったのです!」


「俺がエルですよ」



そう言われると、反論はできないけれど……。



「……私はまだ、あなたがエルだと信じきれないのです。だって……」



オヴェリアの知るエルはもっと幼くて、成長期とはいえまだ頼りなさもある、弟のようでとにかく可愛くて仕方のない”少年”だった。


けれど、今目の前にいるこの男は……背が高く、筋肉質な体躯を持ち、声も低い……どこからどう見ても、”男”だ。



オヴェリアの戸惑いを無視して、男はさらに距離を詰め、勝手にオヴェリアの頬に触れた。



「……何を……離れてください……!」


「何故? 以前は頬に触れても、怒らなかったでしょう?」


「だって、それは……エルはまだ子供だったから……!」


「オヴェリア様から見て、俺はもう子供ではないんですね」


「っ……当たり前でしょう!?」


オヴェリアが震える声でそう言うと、男は喉を鳴らして満足そうに笑う。



「……嬉しいな。10年前は、俺が何をしてもそんな風に怯えてくれなかった。ネグリジェだって、俺に見られても平気だったでしょう?」



そう言われて、オヴェリアの頬が熱くなる。


この男にネグリジェ姿を見られたことがあると思うと、羞恥で動悸がした。



「……あんな風に、何をしても男として見てもらえないよりは、今みたいに怯えてもらえる方がずっと嬉しい」



男は満足げにそう言いながら、さらにオヴェリアに近付いて来た。


オヴェリアはとっさに男から距離を取ろうと身体を後ろに引いたが、その拍子に寝台に倒れ込んでしまう。


男はオヴェリアに覆いかぶさるようにして、吐息がかかるほど顔を寄せて来た。



「…………いや、誰か! エル……!」



身の危険を感じてオヴェリアがとっさにそう口走ると、男は苦笑して、



「だから、俺がエルです。……困ったな、何もする気は無かったのに……」



寝台から見上げた男の青い瞳に欲望が宿っているのがわかって、オヴェリアは息を呑んで身を縮めた。


怯え、震えているオヴェリアを見て、男は息を吐いて、



「一度だけ、キスさせてくれたら出て行きますから」



そう言って、もう一度オヴェリアの唇を奪った。





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