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第31話 もう二度と離さない

「……時を、戻せれば……!!」



声に出してそう言った瞬間には、エルは魔法を使おうとし始めていた。


寝台からオヴェリアの身体を抱き起し、胸の中に掻き抱きながら念じる。



(……戻れ! オヴェリア様の身体が傷つけられる前に……!)



エルは念じながら、いつも周囲の人を優先して、自分の命を軽く扱ってばかりいたオヴェリアの行動を思い出していた。



(グランドールの王太子の病を癒す前にも、魔法の使い過ぎで何度も倒れていた……)



レオンハルトの傷を治した時や、領民の子供を癒した時、訓練中に大怪我をした警備兵を治して倒れたこともあった。



(そればかりか、森で拾った得体のしれない子供を──俺を庇って、帝国兵に斬りつけられたこともあったな……)



オヴェリアの胸元には、今もその時に負った傷痕が残っている。


エルが掻き抱いているオヴェリアの身体は、ミーナが毎日着せ替えている柔らかな夜着に包まれているが……。


夜着の胸元からほんの少し、その時の傷痕がのぞいていた。



傷痕を見ると、オヴェリアに一生残る傷を負わせた自分の不甲斐なさに胸が苦しくなる……。


エルはぐっと唇を噛んでから、



「……戻れ! オヴェリア様が誰にも傷つけられていなかった時まで……!!」




そう叫んだ瞬間、エルの身体から青い光が生じた。



その光はあっという間に大きくなり、オヴェリアを包み込んで……。


まぶしさに目を開けていられなくなり、エルは目を瞑ったままひたすら念じ続けた。



(戻れ、オヴェリア様の命が脅かされていなかった時まで……! 戻れ……!!)





……どのくらいそうしていたか、わからない。


強い虚脱感を覚えながら、エルはゆっくりと目を開いた。



腕の中にはオヴェリアがいて、その頬に……先ほどまでは生気を感じられない程に青白かった頬に、赤みがさしている。



「……っ!! オヴェリア様!?」



エルが慌ててオヴェリアの口元に耳を寄せると、穏やかな呼吸音が聞こえた。


さらに先ほど夜着の胸元から覗いていた古い傷痕まで、痕跡も残さずに消え去っている。



「……っは、時が、戻った……!?」



エルはオヴェリアの頬に手を当ててその温かさを感じながら、必死で呼びかける。



「オヴェリア様! 目を開けてください!!」



大声でそう呼びかけても、オヴェリアの瞼は開かない……が、微かに眉根を寄せたように見えた。



「オヴェリア様、聞こえますか!? オヴェリア様!!」



ほとんど叫ぶようにそう呼びかけると、



「…………ん、ぅ…………」



今度は微かに声を上げる。



「……っああ、オヴェリア様……!!」



エルは安堵で震えながら、もう一度しっかりとオヴェリアを抱きしめて、



「起きてください……。オヴェリア様……オヴェリア!」



掠れる声で名前を呼んだ次の瞬間、ゆっくりとオヴェリアの瞼が開いて……懐かしい金の瞳が焦点を結んでエルを捉える。



「オヴェリア様! やっと目を覚ました……!」



そう言いながら、思わず涙が出そうになるのを何とか堪えた。


オヴェリアはまだぼんやりとした様子で、辺りを見回してから改めてエルを見て口を開く。



「あの、あなたは誰……?」



そう問うてくる、懐かしい声。


10年待ち続けたその声を聞いて、あまりの喜びに頭の芯がしびれてくる。



エルはオヴェリアの手を取って、唇を寄せてから答えた。



「俺のことを忘れてしまったのですか? あなたの忠実なしもべ、エルです」


「……エル? そんなはずないわ」



オヴェリアがおかしそうにクスリと笑った。



「だってエルは、まだ14歳の子どもだもの」


「ええ、あなたのために急いで大人になりました。おかげで、あなたの年齢を追い越してしまった」



そう答えると、オヴェリアはまた不思議そうに首を傾げる。



「ええと、どういう意味──」



オヴェリアの疑問を晴らして安心させてあげたいという欲求とは裏腹に、今すぐその唇に触れたいという欲望が抑えられなくなって──。


エルはオヴェリアとの距離を詰め、強引にその唇を奪った。



「…………! っな、なにするの!?」



オヴェリアが慌ててエルから離れようとするので、エルは反射的にその身体を引き寄せ、もう一度胸の中にしっかりと抱き寄せて捕まえた。



「オヴェリア……ずっと声が聴きたかった。俺が止めてしまったあなたの“時”がまた動き出して、その唇が再び俺の名前を呼んでくれるのを。……もう二度と、離さない」


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