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第30話 10年の眠り姫

──オヴェリアが眠り始めてから、10年が経ったある日。



エルは24歳になり、グランドール大公として大過なく領地を治めていた。



この日もいつものように政務に追われていたエルの元へ、事務官が走り寄って来る。



「大公閣下! ……閣下に至急拝謁したいという者が」



エルは速足で歩きながら、事務官の方を振り向きもせずに、



「悪いが今は時間が取れない。何か請願でもあるのなら、後で──」


「私もそう言ったのですが、尋常ではない様子で……! その者の名前はミーナで、『お嬢様の様子がおかしい』と、閣下に伝えて欲しいと──」



そこまで聞いて、エルは息を呑んで事務官の方を振り返った。



次の瞬間には踵を返し、驚く事務官を放って城の奥──オヴェリアのいる部屋へ向けて走り出していた。



(……「様子がおかしい」!? オヴェリア様の様子が少しでも変わることは、この10年間一度もなかったはずだ!)



しかし、この10年間エルと同じくらいオヴェリアを心配し、心を込めて世話をしてきたミーナがそう言っているとしたら、何かあったことは間違いないだろう。


『様子がおかしい』という言葉に、期待と……それとは裏腹に、吐き気のするような不安が腹からせりあがって来る。



(時を止めた瞬間、オヴェリア様は死にかけていた! もし時が動き出したら、どうなるか……!)



目覚めた瞬間に──命が尽きてしまうのではないか。



想像するとまた吐き気がして、エルは唇を噛んで嘔気を飲み下した。


外宮から内宮へ通じる扉を乱暴に開け放ち、走り続ける。



内宮にいたメイドたちが、いつもはあまり感情を見せない大公が必死の形相でどこかへ向かって走るのを驚いた顔で見ていることさえ意識できないほど、視野が狭まっていた。


焦りと不安で、目の奥がチリチリと焼ける気がする。喉も詰まって、息が苦しい。



それでも全力で走り、内宮の中でも最も奥……自分以外はミーナにしか入室を許していないその部屋に着くと、エルは扉を壊さんばかりの勢いで開け放った。



部屋の中にいたミーナが振り向き、エルを見て声を上げた。



「──か、閣下! お嬢様が、先ほどから──!!」



エルはほとんどミーナを押しのけるようにしてベッドへ近づくと、そこに寝ているオヴェリアを覗き込んだが──オヴェリアの様子は、確かにいつもとは違った。


いつものように目は閉じられているが、苦しそうに眉根を寄せて喘鳴している。



「ほんの少し前からです! 先ほど、微かにうめき声も上げられて! ──ああ、お嬢様!」



ミーナはこらえきれずにボロボロと涙をこぼしながら、オヴェリアの身体に縋り付いている。



「……っ! オヴェ、リア様──」



エルはそれ以上言葉を発することができなかった。



(オヴェリア様の時が、動き出している──!)



この10年間、祈らない日は無かった。毎分毎秒夢に見ていたその時がやっと訪れたにも関わらず──絶望で目の前が暗くなっていくのを感じていた。



(容態が、明らかに悪い──)



エルのかけた時魔法が、10年の時を経てついに解けた。


つまりオヴェリアの身体は今、魔法にかかる直前の状態に──限界を超えて治癒魔法を使い、命を落としかけていた状態に戻っているのだ。



ミーナはしゃくりあげながら、オヴェリアの手を握って声をかけ続けている。



「お嬢様、目を開けてください! 大公閣下──エルもいます! エルはずっとお嬢様を──!」



ミーナが叫ぶようにそう言ったのとほとんど同時に、オヴェリアが苦しそうに掠れたうめき声を上げて、口から血を吐いた。



「──お、お嬢様……ああ、何てこと……!」



ミーナは反射的にオヴェリアの口元の血を拭ったが……絶望で、それ以上声が出せないようだった。


が、それでも立ち上がり、



「──絶対に嫌です! お嬢様を……諦めるなんて!! 今、医師を──!」



そう言って、部屋を飛び出していく。



2人きりになった部屋で、エルはふらつく足取りでオヴェリアに近付き、ほとんど無意識にその手を握った。



「──オヴェリ、ア、さま……」



握った手に頬ずりをしながら、何とか声を絞り出す。



「……起きて、ください……! ずっと、俺はずっと待って──あなたが目を覚ますことだけを──!!」



覗き込んだオヴェリアの顔に滴がしたたって、エルは自分が泣いているのに気付いた。


パタパタと顔に滴を浴びても、オヴェリアの目が開かれることはない。



次第に──ほんの少しずつ、オヴェリアの呼吸が静まっていくのがわかった。


苦しそうな息が、すこしずつ収まって──。



(──死、が──)



死が、オヴェリアに近づいている。



「ダメだ、オヴェリアさま……!」



そう叫びながら、はっと気づく。



(──もう一度、時を止めれば……!)



時を止めてしまえば、死ぬことだけは避けられるはずだ。


魔法をかけてしまえば、また10年も眠ることになるかもしれない。


今度こそ、もう二度と目覚めない可能性も十分ある。



それでも……エルはどうしてもオヴェリアが死ぬことだけは許せそうになかった。



だが、エルは時魔法を使いこなせているわけではない。


エルがまともに時魔法を使えたのは、10年前オヴェリアと王都中の人々の時を止めた際と、その直後にレオンハルトと戦った時だけ。


それ以降はどうにも魔法が安定せず、また10年前のような悲劇を起こさないようにと、時魔法を使うことは止めていた。



(だが、今オヴェリア様の時を止めなければ──いや、違う!)



エルはまたハッとして、オヴェリアの顔を見つめながら呟いた。



「……時を、戻せれば……!!」


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