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第3話 天使…? いや美少年か!

「ちょ、ちょっと待って! 私はあなたを傷つけたりしないわ!」



オヴェリアは敵意がないのを示すため、仰向けのまま顔の横に手を挙げ、降参のポーズを取った。


「あなたが大けがをして倒れていたから、傷を治したところだったのよ!」



そう言いながら改めて少年を見つめると、泥で汚れた頬にも切り傷があり、血が滲んでいる。


「あ、その傷も痛そうね……。ねえ、ちょっと良いかしら」


オヴェリアがそう言って少年の頬に治癒魔法をかけると、軽い切り傷はあっという間にふさがった。


「ほら、もう治ったわ。……ね? 私にはあなたを傷つける気なんて無いのよ」



少年は自分の頬に触れ、あったはずの傷が無くなっているのに気付くと、驚愕の表情でオヴェリアの上から飛びのいた。


そのまま距離を取り、こちら凝視している。



オヴェリアはそんな少年の様子を見ながら、彼を警戒させないようゆっくりと体を起こした。


「ごめんなさい。治癒魔法をかけられるの、嫌だったかしら……」



グランドール王国の者は、たとえ大怪我や大病をしても、治癒魔法をかけられることは嫌がる。


ケガや病気が治る代わりに、『呪われる』と恐れているのだ。


「……知っているかもしれないけれど、私はホーリング伯爵家のオヴェリアと言うの。もうすぐ私の家の者たちが迎えに来るから、それまでここで一緒に──」


オヴェリアがそう言いかけた時、遠くから「お嬢様―!」と叫ぶミーナの声と、複数人が走る足音が聞こえてきた。


ミーナが伯爵家の使用人たちを連れて戻ってきてくれたようだ。



オヴェリアはそっと少年に近づき、彼がどこかへ行ってしまわないようにその手を握った。


振り払われるかと思ったが、少年はまだ呆然としているようで、オヴェリアに捕まえられるままになっていた。



***



使用人たちと共に屋敷に戻ると、オヴェリアは土や血で汚れた服を着替え、ミーナと共に私室で少年を待っていた。



「……ミーナ、あの少年の様子はどうかしら?」


「先ほど少し確認してきましたが、お嬢様のご指示通り湯を使わせて泥と血を落として、着替えさせているところです」


「ありがとう。……それにしても、どうしてあんな大怪我をしていたのかしらね」



オヴェリアは心配だったが、ミーナは怒っているようだった。



「さあ。密猟でもしようとして、獣に襲われたんじゃないですか? あの森は獣が少ないと言っても、奥深くまで行けばオオカミだっているんですから」


「密猟をするような人間には見えなかったけれど……。それに、まだ子供なのだし」


「お嬢様は誰のことでも信用しすぎです! いくら大怪我をしていたからって、あんなどこの馬の骨とも知れない子供を屋敷に入れるなんて……」



文句を言うミーナをオヴェリアがまあまあと宥めていると、不意に扉をノックする音がした。


「はい」と返事をすると、侍従が少年を伴って部屋に入ってくる。




血と泥を落とし、簡素だが清潔な服に着替えた少年を見て、オヴェリアは思わず座っていた椅子から立ち上がった。


(な、な、なんて美少年なの……!?)


月の光を集めたような銀の髪に、陶器のような白い肌。


それに何より、宝石のような深い青の瞳が印象的だ。


無表情ではあるが、その外見は宗教画に出て来る天使を彷彿とさせた。



「こ、これがさっきの小汚い子供!?」


ミーナも、思わず声に出して驚いている。



(……可愛い! まるで天使みたいだわ!)


その銀の髪を撫でてみたくて、オヴェリアが無意識に手を震わせていると、少年が不審そうな目で見返してきた。


オヴェリアはハッとして手を下ろし、落ち着いた表情を取り繕って、一つ咳払いをしてから少年に話しかけた。



「改めて、私はオヴェリア・ホーリングといいます。あなたのお名前は?」


「…………」


「どこから来たの? どうしてあんな大怪我をしていたの?」


「…………」



オヴェリアが問いかけても、少年は無表情のまま返事をしない。


「お嬢様が聞いているでしょう! ちゃんと返事を──」


ミーナが叱りつけようとするのを、オヴェリアが遮った。


「ミーナ、いいのよ! 何か事情があるのかもしれないし、話したくなったらでいいわ」



オヴェリアはそう言って少年に向かって微笑んで見せてから、ふと思いついた。


(それにしても、本当に美少年だわ……。もしかして、美しさのあまり奴隷商人にでもつかまって売り飛ばされそうになったところを逃げ出してきたのかも。それで体にも心にも傷を負って、人を信頼できないのかもしれないわ)


オヴェリアの住むグランドール王国は、隣国クロノス帝国との関係が悪化し始めていて、きっかけさえあれば戦争に発展しかねない状況になっていた。


そんな状況と比例するように、隣国との国境に近いホーリング領の治安は悪化し、密猟や子供の誘拐が増えつつあるという報告も聞いている……。


(この子が大怪我を負って倒れていたのが、ホーリング領の治安が悪化している結果だとすれば……この子の怪我は、領地の治安を守れていない私達ホーリング家の責任だわ)




そこまで考えて、オヴェリアは決心した。


「……うん、決めたわ!」


オヴェリアは少年に近付き、少し屈んで目線を合わせた。


「あなたの心が癒えるまで、私が責任をもってあなたを育てます」


「お嬢様!?」


オヴェリアの宣言に、ミーナと、そして少年も驚いたように目を見開いている。


我ながら突拍子もない決断だとは思ったが……。


体だけでなく心も深く傷ついているように見えるこの少年を、放っておけなかった。


せめて少年が体と心の傷を癒して、どこかで安全に暮らしていけるだけの目途が立つまでは、責任を持って守りたいと思ったのだ。




少年とミーナはまだ呆気に取られているようだったが、オヴェリアは勢いで押し切ってしまおうと勝手に話を進める。


「ええと、一緒に暮らすなら名前が必要だと思うのだけれど……あなたのことは何て呼べばいいかしら?」


オヴェリアがそう言うと、先ほど少年を連れてきた侍従がオヴェリアに向かって何かを差し出した。


「お嬢様。この少年が着ていた服に、このような刺繍が」


そう言って見せられた服は血や泥で汚れ、何カ所も破れてはいたが、布地や仕立ては良さそうに見えた。


さらに、胸のあたりには『L』の飾り文字の刺繍が入っている。


「……そうね。では、あなたのことをエルと呼んでもいい? 古い言葉で、“輝ける者”という意味なのだけれど」


とっさの思い付きではあったが、その名前は輝くように美しい少年にぴったりな気がした。



オヴェリアの問いかけに、少年は返事をしなかったが……かすかに頷いたように見えた。


オヴェリアはそれだけ嬉しくなって、懲りずに少年に微笑みかけた。


「良かった! エル、これからよろしくね」




先ほどから絶句していたミーナは、ここでやっと声を取り戻して、


「お嬢様、いくらなんでもそんな馬鹿なこと! 大旦那様がお留守の間にそんな──」


「だって、彼を放っておけないでしょう? 大丈夫よ、お父様もわかってくれるわ」


「もう、お嬢様! 平和ボケもいい加減にしてください!」


文句を言うミーナを、オヴェリアは笑いながら「まあまあ」となだめた。




……そんな自分たちを少年が鋭い目で見つめていることに、オヴェリアは気付いていなかった。




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