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第29話 キスは勝手にできるけど、声は聞けない

──数日後にはクロノス帝国軍が到着して、グランドール王国の王都を制圧した。



と言っても、その時点でもまだ王都の人々の時は止まったままだったから、帝国軍はただ到着しただけで、制圧はほぼ完了してしまった。



そうして、いまだ時を止められて固まっている王族と貴族たちをあっさりと全員捕縛して支配下に置き──。


帝国軍はグランドール王国の滅亡と、以後この地を帝国の支配下に置くことを宣言した。




エル──グランドール王国に潜入し、その征服に最も貢献した第二王子リュシオン・ディオ・クロノスは……。


その功績によって、元グランドール王国領を治めるグランドール大公に封じられたのだった。




***




「……オヴェリア様、こんばんは。遅くなってすみません、また帝国が無理難題を押し付けて来て、対応に手間取って──」



元グランドール王宮を改装した、グランドール大公城。


その最奥の一室に安置され、寝台の上で眠り続けるオヴェリアの手を取り、エルはいつものように話しかけた。



グランドール大公の地位に就いてからも、エルは政務をこなす合間を縫って、時を止めて眠り続けるオヴェリアに毎日会いに来ている。



「……オヴェリア様、今日も目覚めないんですか? まあ、あなたはお寝坊さんでしたから、他の人よりたくさん眠りたいのでしょうね」



時魔法にかかった王都の人々は、個人差はあっても一ヶ月ほどで時魔法が解け、元通りに動き始めた。


……が、他の全員が目を覚ましても、オヴェリアだけが、何年たっても眠り続けている。



(オヴェリア様はほとんど命を失いかけていた。そこへオヴェリア様を止めたいという一心で放たれた俺の時魔法を全身で受けて……魔法の影響を受け過ぎたんだ)



目覚めないオヴェリアの手を握り、毎日毎日、エルは話しかけ続ける。



「……オヴェリア様の身の回りのことはミーナさんにお任せしていますけど、不自由ないですか? まあオヴェリア様を任せるのに、ミーナさんより信頼できる人はいませんからね」


「オヴェリア様の父上……ホーリング伯爵は、今は俺の補佐官として働いてくれているんですよ。帝国の貴族だけではこのグランドール領についての知識が少ないですから、とても助かっているんです」


「そうそう、もうすぐ花まつりが開催されるんですよ。しばらくは取りやめになっていたんですが、今年から復活させました。……オヴェリア様は花が好きでしたよね? 一緒に行きましょうよ」


「……そろそろ起きて、声をきかせてください。俺は18になりました。初めて会った時のあなたと同じ年だ。……18になったら、あなたに言おうと思っていたことがあるのに」



どんなに話しかけても、オヴェリアの反応はない。



時が止まっているから、エルがいくつ年をとっても、オヴェリアは22歳の時の姿のまま。



自分のせいで眠り続けるオヴェリアの青白い顔を、エルは唇をかみしめながら見つめて、それでも話しかけ続ける。



「もうこうなったら、あと4年は寝ていていいですよ。……そうしたら、俺とオヴェリア様は同い年だ」



そう言いながら、握った手の甲に唇を寄せる。


オヴェリアの手はひんやりとして、勝手に触れても抵抗もしない代わりに……何の反応も返してはくれない。



「……声が聞きたい、オヴェリア……。またあなたの声で、エルと呼んでください」


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