第28話 王国は滅亡させるしかない
──数時間後。
エルはレオンハルトに案内させて、グランドール王宮の屋上庭園の一角にある、伝書鳩の飼育小屋の前に来ていた。
少しずつ夜が明け始めているが、王宮はおろか、王宮の屋上から見下ろした王都のどこにも、動いている人間は見受けられない。
が、小屋の中にいる鳩たちは餌をついばんだり羽繕いをしたりして……いつも通りの朝を迎えているようだった。
(俺の魔法は、人間以外の時は止められないようだな……。まあ、今はその方がありがたいが)
エルは心の中でそう呟いてから、レオンハルトに命じた。
「この中にクロノス帝国への連絡用の鳩がいるだろう。どれなのか教えろ」
レオンハルトは苦々しい顔をして黙っていたが、エルがもう一度剣を突き付けると、舌打ちをしてから左腕を上げて一羽の鳩を指し示した。
よく見れば、その鳩の足にはクロノス帝国の国旗の色と同じ、藍色の環がつけられている。
エルはその鳩を小屋から引き出すと、先ほど書いた手紙を足に括り付けてから空へ放った。
迷いなく飛び去っていく鳥を見送って、空を眺めていると、
「……帝国に何の連絡をしたんだ。……お前は何をするつもりだ……!」
レオンハルトがそう問うてくる。
エルは一つため息をついてから、事も無げに答える。
「時魔法を使って、グランドール王国の王宮を制圧したと書いた。数日後にはクロノス帝国軍が大挙してここへ押し寄せて来るだろうが……王都の人間の時が止まっていて、王も騎士団も動けない。指揮を取るものがいないから、グランドール軍は抵抗しようがない」
「……なっ!! グランドールを帝国に支配させようというのか!? ……貴様ぁっ!!」
レオンハルトが懲りもせずエルに殴りかかってきたが、その身体は怪我と失血で、もういつものような動きは望めなかった。
エルはあっさりとレオンハルトの拳を躱し、足をかけて転ばせる。無様に地面に倒れ込むレオンハルトを見下ろして、続けた。
「俺が伝えなくても、これだけの事態になった以上どうせ隠し通すことはできない。……グランドール王国の滅亡は、もう避けられない」
レオンハルトは心が折れたのか、地面に突っ伏して芝生を掴んだまま、ただうめき声を上げている。
「戦争になれば多くの血が流れるだろうが……王都が麻痺していてグランドール側が迎え撃てないなら、却って流れる血は少なくなるはずだ」
慰めのつもりでそう言ったが、レオンハルトはもう聞いていないようだった。
エルはそんなレオンハルトを一瞥してから、明け始めた空を眺めて、胸の内で呟いた。
(……あの鳩が帝国に着くまで、数日かかる。王都の人間の時間がいつ動き出すかはわからないから、それまでに出来る限り多くの王族と貴族を捕えて、王宮を制圧しておかなければ……)
まずは唯一意識のある人間であるレオンハルトを縛って、牢にでも入れておく。
それが済んだら王族や騎士団、貴族たちも同じようにして、帝国軍が到着した際の仕事を減らしておく必要があるだろう。
(……いくら誰も抵抗しないと言っても、一人であれだけの人数を縛って運ぶのは、相当面倒だな……)
しかし、やらないわけにはいかない。
こうなった以上、二度と戻るまいと思っていた実家の……帝国の手を借りてでも、グランドール王国を滅亡させなければならない。
(そうしなければ……オヴェリア様を守れない)
グランドール王国が存続してしまえば、誰かが今回の事態をオヴェリアの……『滅亡の魔女』の仕業であると騒ぎ始めるだろう。
そうなってしまえば、エルひとりではオヴェリアを守り切れない。
オヴェリアを連れてどこかへ逃げることも考えたが……。
時が止まっているだけでいまだ死の淵にある彼女を連れて、グランドール軍からも帝国軍からも逃げ続けるのは、現実的ではない気がした。
それよりは、クロノス帝国にグランドール王国を征服させ、エルが帝国王族へ復帰する方が、オヴェリアを守れるはずだ。
(俺がやろうとしていることは、間違っているかもしれない。多くの人を犠牲にして、その生命を奪うはずだ。……でも、オヴェリア様)
地平線に浮かぶ太陽が、金色の光を放つ。その輝きはエルに、オヴェリアの髪と瞳を思い起こさせた。
(俺はどんなに残酷で、あなたが知れば悲しむようなことをしてでも──必ず、あなたを守ります)




