第24話 汚れた魔術
「奥の間へお越しください。……国王陛下が、あなたをお呼びです」
そう言われて、オヴェリアは息を呑んだ。
(こ、国王陛下が!? どうして私なんかを……!?)
夜会が始まった時から、オヴェリアは疑問を抱いていた。
この夜会は王家主催で、国中の高位貴族の子女を集めて開催されたもの。
しかも、王太子の婚約者候補選びも兼ねているとの噂だった。
……にもかかわらず、夜会には王太子も、そして王や王妃も一切顔を出していない。
社交に疎いオヴェリアでも、何かおかしいとは思っていたのだが……。
(その陛下が、私をお呼びだなんて……!)
事態が呑み込めずオヴェリアが戸惑っていると、マリウスが続けた。
「それから、お連れの従者の方……エル様にも一緒にお越しいただきたいとのことです」
「えっ、エルも……!?」
レオンハルトがこっそり忍び込ませたエルの存在が、国王に知られている。
(……ああ、大変なことになったわ。2人とも投獄されるかもしれない……!)
招待されていない者が王宮に忍び込んでいるのだから、罰されても仕方がない。
レオンハルトが承知しているのだから大事にはならないはずだと、甘く考えていたオヴェリアのミスだ。
(エルが何と言っても、すぐに帰らせるべきだった……!)
『滅亡の魔女』と呼ばれてはいても一応貴族であるオヴェリアは、少なくとも裁判にはかけてもらえるだろう。
……だが、身元不明の平民であるエルは、その場で切り捨てられる可能性すらある。
オヴェリアは一瞬、何とかエルだけでも逃がせないかと考え始めたが──。
そんなオヴェリアに、エルが声を潜めて話しかけてくる。
「……逃げるのなら命じてください。俺の命に代えても、オヴェリア様をここから逃がします」
オヴェリアはハッとしてエルを見返した。
エルは迷いのない瞳で、こちらを見つめている。
(……無理だわ……)
この広い王宮から、近衛騎士団の兵士たちを相手に脱出を図るなど……やってみるまでもなく不可能だ。
その上エルは、いざと言う時に自分の命よりオヴェリアを優先しかねない。
(余計なことをして事態を悪化させるより、国王陛下に心から謝罪して、御許しを請うしかない……)
オヴェリアはそう決意して、マリウスに告げた。
「……わかりました。私たちをお連れいただけますか?」
オヴェリアがそう言うと、マリウスが頷いた。
「では、こちらへ。ご案内します」
マリウスに先導されて、オヴェリアとエルはそっと大広間から退出し、歩き始めた。
王宮の長い廊下を歩き、階段を上って、幾度も角を曲がり……。
もう大広間へ戻ろうと思っても道がわからなくなった頃に、両開きの扉の前でマリウスが立ち止まった。
「こちらです」
そう手短に言って、小さくノックをした後扉を開き、オヴェリアとエルを中へと促す。
「……ありがとうございます」
オヴェリアは礼を言って、扉をくぐる。エルも大人しく後ろからついて来た。
最後にマリウスが部屋に入って、扉を閉める。
──そこはやけにうす暗い、そして思ったより狭い部屋だった。
(……謁見の間ではないし、応接間でもない。むしろ、誰かの私室のような……)
貴族が国王に謁見するのであれば、通常は謁見の間に通されるはずだ。
公的な要件でない場合は、応接間が使われる場合もあるだろうが……その部屋は明らかにそのどちらでもなく、誰かの私室のように思えた。
部屋の薄暗さに目が慣れると、部屋の真ん中に天蓋付きの大きなベッドがあるのが見えてきた。
そうして、そのベッドの横に立っていた男性がこちらを振り返って、
「……来たか、滅亡の魔女よ」
そう言ったのは──グランドール国王、ダグラス・ハロン・グランドールその人だった。
「──陛下……!」
オヴェリアは驚きながらも跪き、名乗った。
「ホーリング伯爵家が長女、オヴェリア・ホーリングでございます。我が国の陽光、国王陛下へ拝謁が叶い──」
オヴェリアが型通りの挨拶をしようとすると、国王が手を振ってそれを止めた。
「……そんなことはいい。それより、後ろにいる少年はエルと言ったな」
国王がエルの名を呼んで、オヴェリアは息が止まりそうになる。
(ああ、どうにかエルだけでも生きてここから逃がすには、どうすれば……!)
オヴェリアが絶望に震えていると、部屋の奥の方から声がした。
「はい、陛下。その少年がエル……魔女の育てている子供です」
オヴェリアは驚愕しながら、声の主の方を見た。
部屋の奥の暗がりから姿を現したのは……レオンハルトだった。
レオンハルトはオヴェリアの方を見ず、国王へと話し続けた。
「私がホーリング領からここまで連れてきましたので、間違いありません」
(どうして、レオン様がここに……!)
驚いて声も出ないオヴェリアを無視したまま、レオンハルトは話を終えた。
「捕らえよ」
国王が短く命じる。
エルのすぐ後ろに控えていたマリウスが、エルに掴みかかる。
エルは自分を捕らえようとするマリウスの手を払い、逆にその手を捻じり上げた。
そうして、マリウスが腰に帯びていた剣を奪って、彼の喉元に突き付ける。
「──エル!!」
抵抗すれば、弁明の機会も与えられずに殺されるかもしれない。
エルを止めようと叫んだオヴェリアの首に、冷たいものが当たる。
「──いいのか? お前が抵抗するなら、オヴェリアを傷付けなければならない」
そう言ったのは、レオンハルトだった。
いつの間にかオヴェリアの後ろに立ち、その肩を掴んで首に剣を突き付けている。
「レオン……様……!」
オヴェリアがかすれた声でそう言うと、レオンハルトは一瞬こちらを見た。
……が、すぐに目をそらし、エルに向けて続ける。
「オヴェリアは自分の傷を治せないが……お前が抵抗するならこの首を斬ることになるぞ」
そう言いながら、オヴェリアの顎を掴んで上向かせ、剣の切っ先をより深く首の皮膚にめりこませる。
「細い首だ……片手で折れそうだな」
首を掴まれ、息が苦しくなって、オヴェリアは思わず呻いた。
エルは青い目に殺気をたぎらせてレオンハルトを睨みつけていたが、オヴェリアのうめき声を聞いて、悔しそうに顔をゆがめて剣を床に放った。
「──貴様! よくも──!!」
子供を捕まえられなかったばかりか、あまつさえ剣を奪われたマリウスは激昂して、エルの腕を捻じり上げて床に組み敷いた。
それでも気が収まらないのか、エルの髪を掴んで顔を床に押し付ける。
「──止めてください! お願いします! 招待されていない者を王宮に入れたことを謝罪致します。罰するなら私を──彼は訳も分からず連れて来られただけなのです!」
オヴェリアがそう叫ぶと、国王が笑う。
「ああ、そんな事はいいんだ。お前たちを王宮に連れて来るようにアシュフォード騎士団長に命じたのは、私だ」
「…………え?」
国王の言葉の意味が呑み込めず、オヴェリアが呆然としていると、
「そなたに頼みたいことがあって、私がここに招いたのだ。……魔女よ──」
そう言いながら、国王がベッドにかけられた天蓋を引いた。
ベッドには誰かが横たわっている──が、その身体はもう年齢や性別もわからない程、全身がただれ、黒く変色している。
「──魔女よ、穢れた魔法を使うことを許す。その力で、王太子を救え」




