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第20話 王太子様はご病気?

「……ああ、行きたくない!」


馬車の中で、オヴェリアは弱音を吐いた。


王都へ向かう旅ももう3日目だというのに、オヴェリアはまだ腹を括れていないどころか、日に日に気が重くなってきている。



馬車に乗っているのはオヴェリアとミーナだけで、レオンハルトとエルは馬で並走してくれていた。


……だからこそ、オヴェリアはレオンハルトには聞かせられないような弱音を吐けたのだ。



「お嬢様ったら、大丈夫ですよ! きっと楽しいですから!」



向かいに座っているミーナが、何とかオヴェリアを元気付けようと明るい声音で励ましてくれる。



「それに、レオンハルト様がエスコートしてくださるのですよね? ……お嬢様は否定なさるけど、やっぱりあの方はお嬢様のことを……!」



ミーナが期待に目を輝かせながらそう言うので、オヴェリアはこれで何度目かわからない否定をした。



「私が困っているのを見て、行きがかり上引き受けてくださっただけよ」



そう言うと、ミーナは口をとがらせる。



「またそんな、自信のないことを言って。……でも、独身の高位貴族の方々だけの夜会だなんて、もしかしたらそちらでもいい出会いがあるかもしれませんよね!」



久しぶりに王都へ行けることもあってウキウキしているミーナは、何事も良い方へ捉えているようだったが……。



(……良い出会いなんて、あるわけないわ。そもそも欲しくもないし。せめてレオン様のご迷惑にならないよう、気配を消していよう……)



夜会が怖いのはもちろんのこと、オヴェリアにとっては王都まで馬車で1週間近くかかる旅自体、気が重いものだった。



野営をするわけにもいかないので、途中いくつかの街で宿に泊まることになるが、『滅亡の魔女』が泊まったという噂が流れたら、宿に迷惑がかかるかもしれない。


だから、宿の従業員にも他の宿泊客にも正体がばれないよう、ケープをかぶって宿へ入り、部屋に入ったら鍵をかけてできる限り外出しないようにしているので、息が詰まるのだ。



……それだけ気を付けていても、うっかり誰かに見咎められてレオンハルトに迷惑をかけたり、ミーナやエルを危険な目に遭わせないかと思うと、気が気ではなかった。



(今日もそろそろ日が暮れてきたから、近くの街で宿を取らないといけないわね。エルもそろそろ疲れているかもしれないし……)



旅慣れているレオンハルトはともかく、エルにとっては初めての、しかも馬での長距離の旅になる。


疲れて体調を崩すのではないかとオヴェリアは心配していた……が、意外にもエルは、毎日楽しそうに馬を駆っていた。



オヴェリアが馬車の窓にかかったカーテンをずらし、並走しているエルをちらりと確認すると、彼は今日も機嫌の良い顔で馬を走らせている。



(エルがこんなに乗馬が上手いなんて、初めて知ったわ……)



オヴェリアがじっとエルを見つめていると、それに気づいたエルが、軽く笑って片手を挙げた。


オヴェリアはほっとして、エルに手を振り返してからカーテンを閉めた。



(この旅の間中、エルとレオン様が喧嘩ばかりになるのじゃないかと思ったけれど、意外にもお互いに普通に接してくれて、助かったわ)



2人はあの試合以来、なぜか適度な距離感に落ち着いていて、少なくとも罵り合ったり、また剣で勝負を始めたりするようなことはなかった。



「お嬢様、そろそろ今日の宿に着くと思いますから、馬車を降りる準備をしてください」



物思いにふけっていたオヴェリアに、ミーアがそう言った時、馬車がゆっくりと減速して止まった。


次いで外から馬車の扉が開かれて、レオンハルトが顔を出した。



「暗くなって来たから、今日はこの辺りにしよう。すぐそこに比較的きれいな宿があるから、そこまで歩けるかい?」



そう言って、オヴェリアに向かって手を差し出す。


オヴェリアはケープを目深にかぶって髪と目を隠してから、その手を取ったのだった。




***




「──王都までは遠いと思っていましたけど、もう残り半分ほどですね」



宿の部屋で、ミーナが寝る前の身支度を手伝ってくれながら、オヴェリアに話しかけてきた。



「そうね。ああ、あと半分で付いてしまうのねぇ……」



ため息を吐くオヴェリアとは対照的に、ミーナはウキウキした様子だ。



「私、王都に着いたら行きたいお店があるんです! すごく美味しいケーキを出すらしいので、一度でいいから行ってみたくて……! あ、それに流行りのドレスも見たいですし!」



ミーナが楽しそうに話すので、オヴェリアも少しつられて、



「それは楽しみね。夜会の翌日は一日自由にしていいから、色々なお店に行って感想を聞かせてね」



そう言うと、ミーナは驚いた顔をした。



「何言ってるんですか、お嬢様も一緒に行くんですよ! こう見えて私、王都に友人がいて手紙のやり取りをしているので、王都の流行には結構詳しいんですから!」


「私が厳選したお店なら、お嬢様もきっと楽しめます」と言って、ミーナは笑う。



(私を元気付けようとしてくれているのね……。いつまでも暗い顔をしていたら、ミーナに悪いわね)



オヴェリアは笑顔を作って、



「そうね、行ってみようかしら。ケープをしっかりかぶっていれば、大丈夫よね!」



そう言うと、ミーナはほっとしたように笑ってくれた。



「……そう言えば、その友人からの手紙に書いてあったのですが──」



ミーナは、オヴェリアの髪を梳かしながら続けた。



「今度の夜会は王太子殿下の婚約者探しを兼ねているという話でしたけど……その王太子様、もう数ヶ月に渡って、誰も姿を見ていないそうなんです」



「……どういうこと?」



オヴェリアが問いかけると、ミーナも不思議そうな顔で答える。



「普段なら、公務や王家主催の式典には御出席されるらしいのですが、ここ数ヶ月はそういった催し事にも姿を現さないとか……ご病気なのではという噂もあるんですって」


「そうなの? ……でも、王太子様がご病気なのだとしたら、このタイミングで王家主催の夜会が開かれるのは不思議よね」



──そう返しながら、ほんの一瞬、ぞわりと嫌な予感がした。



唐突に開催される夜会、半強制的集められる貴族の子女たち、王太子の病の噂……。


何か、何かが──引っかかる、気がする。



オヴェリアが考え込んでいると、ミーナがあっけらかんと続けた。



「ま、単なる噂ですから。それより、王都で行くお店の相談をしましょう! 私が聞いた話では、ケーキの名店は3つあって──」



ミーナが嬉しそうに話し始めたので、オヴェリアも一瞬抱いた疑念を忘れ、気を紛らわすように話に興じていった。


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