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第2話 滅亡の魔女

──14年前。


オヴェリア・ホーリングはメイドのミーナと共に、ホーリング伯爵領の森の中を歩いていた。




オヴェリアが抱えている籠の中には、森の至る所で採取してきた薬草が詰め込まれている。


「……お嬢様ぁ、もう薬草摘みなんてやめましょうよ。そろそろ日も暮れてきますし」


ミーナはうんざりした表情で、きょう何度目かわからない文句を言った。


「ミーナ、あと少しだけお願い! これと言った特色のない我がホーリング伯爵領だけど、薬草だけはよく採れるから、この薬草を特産品にできれば伯爵領はもっと潤うと思うの」


うんざり顔のミーナとは対照的に、オヴェリアの顔は希望に輝いていた。


「そうなれば、領民の生活もより向上させられるはずよ。そのためにも、採れる薬草の種類と分布を研究しないと!」



野望に燃えるオヴェリアを、ミーナはあきれ顔で見つめていた。


「……まったく。お嬢様は伯爵令嬢なんですから、領地のことはお父様に任せてご自分の縁談の心配でもしていればいいんですよ!」


ミーナはため息をつきながら続ける。


「お嬢様ときたら、せっかく外見がこれだけ美しいっていうのに……。普段の行いのせいで、18歳になっても縁談のひとつも来ないじゃないですか!」



話が面倒な方向へ向かいそうになって、オヴェリアは慌てて話を逸らした。


「ミーナったら、そんなことは今いいじゃない……。あ! あそこにも薬草があるわ!」



そう言いながら駆け出したオヴェリアを、ミーナが止めようとして、


「お嬢様、ちょっと待って──わぁっ!」


地面に這い出していた木の根につまずいて、ミーナは派手に転んでしまった。



「ミーナ! 大丈夫!?」


オヴェリアは慌ててミーナに駆け寄った。


「……あ、いたたた……」


ミーナは足を押さえてうずくまっている。


どうやら足首を捻ったようで、足首は少しずつ赤く変色し、腫れあがり始めていた。


「大変! ……ちょっと待って、今治すわ」


オヴェリアがそう言うと、ミーナは慌てて彼女を止めようとした。


「わ、お嬢様ダメです! 魔法は──!」


ミーナの制止も聞かず、オヴェリアが彼女の足首に手をかざすと、足首は一瞬オパールの粉を振りかけたようにキラキラと輝き……。


──次の瞬間、腫れは完全に引いていた。




「どう? もう痛くない?」


「い、痛くはないですけど……もう、お嬢様っ!!!」


ミーナは怪我が治ったにも関わらず、激怒していた。


「いつも言ってますよね!? 治癒魔法を使ってはいけないって! そんなことだから、お嬢様は巷で『滅亡の魔女』なんて呼ばれてしまうんですよ!?」



ミーナのあまりの剣幕に、オヴェリアは肩をすくめて謝るしかなかった。


「ご、ごめんなさい。つい……」


「ついじゃありません!! まったく、お嬢様はいつもいつも──」


ミーナはまだ激怒してお説教を続けている。



オヴェリアは神妙にうなだれるふりをしながら、考え事を始めた。


(……『滅亡の魔女』だなんて、大層な二つ名を付けられてしまったものよね)


オヴェリアはミーナにばれないよう、そっと溜息をついた。



彼女がそう呼ばれるようになったのには、理由がある。


オヴェリアは幼い頃から、生き物の怪我や病気を治す『治癒魔法』を使うことができた。



普通なら歓迎されそうなオヴェリアの魔法は、しかし彼女の住むグランドール王国では、最も忌み嫌われるものだったのだ。


(建国の祖王が、『この国は治癒魔法を使う”魔女”に滅ぼされる』と予言したなんて言うけど、500年以上も前の予言なんて信ぴょう性あるのかしら……)


その予言のせいで、グランドール王国では魔法の才能を持つ者は恐れられ疎外されているし、中でも特に『治癒魔法』を使う者は忌み嫌われている。



そんなわけで、「治癒魔法を使える」上に「女」であるオヴェリアは、『滅亡の魔女』などという大層な二つ名を付けられてしまった。


その上、貴族社会ばかりか自領の領民たちからも忌み嫌われているのであった。


実の父であるホーリング伯爵や伯爵邸の使用人たちは、彼女を恐れることなく温かく接してくれるのだけが救いではあるのだが……。




「──これからは、治癒魔法は控えてくださいね! わかりましたか!?」


考え事をしているうちに、ミーナのお説教は終盤に差し掛かっていたようだ。


オヴェリアが大人しく「わかりました」と答えると、ミーナはやっと怒りが収まったようで一つ溜息をついた。


オヴェリアはパッと顔を明るくして、


「じゃあ、もう少しだけ奥へ行ってみましょう! 日が暮れ始めたら帰るから」


「ええ、まだ先へ行くんですか!?」


ぶつぶつ言うミーナをなだめながら、オヴェリアは意気揚々と歩き始めた。




──その時、遠くの木陰で何かが動いた気がした。


「ミーナ、向こうに何か……」


動物がいるみたい、とオヴェリアが言いかけた時、その“何か”が、寄りかかっていた木の陰からずるりと地面に倒れた。


それが何なのか理解した瞬間、オヴェリアは息を呑んだ。


「……嘘、人だわ! 子供が倒れてる!」


地面に倒れ伏しているのは、どう見ても人間の子供だった。



オヴェリアは慌てて子供に駆け寄ると、抱き起こして声をかけた。


「ねえ、あなた大丈夫!? ああ、こんなに血が……!」


子どもは体中に大小の切り傷や擦り傷を負っている上、腹部にはひときわ大きな傷がある。


鋭い刃物でえぐったように見えるその傷は、致命傷になり得る大きさに見えた。


(幼い子供が、どうしてこんな大怪我を……!?)


少年はほとんど意識がないようで、オヴェリアが声をかけても苦しそうに呻くだけで目を開かない。


(このままでは、この子は死んでしまう……!)


オヴェリアは躊躇なく子供の体に手をかざした。


治癒魔法の使用をミーナに叱られたばかりだが、人命がかかった状況なのだから、彼女も許してくれるはずだ。


(まずは腹部の大きな傷を治さないと……!)


オヴェリアの魔法でも、大きな傷を治すのには時間がかかる。


焦りながらも、時間をかけて治癒魔法をかけ続けると……子供の腹部の傷は段々とふさがっていった。


それで少し楽になったのか、苦しげだった表情がほんの少し緩んだように見えた。


荒い息もおさまって、穏やかな呼吸に変わっている。




「よかった、大きな傷は治せたみたい。これで、とりあえずは大丈──」


そこまで言いかけて、オヴェリアは目眩を感じて地面に手をついた。


「お嬢様!」


そばでオヴェリアの様子を見守っていたミーナが、慌てて体を支えてくれる。


「もう、また無茶をして! お嬢様は治癒魔法を使い過ぎると、自分の命を削ってしまうんですよ!?」


「……だ、大丈夫。すこし目眩がしただけよ。それより、屋敷に戻って人を呼んで来てちょうだい。この子を屋敷まで運ばないと……」


「でも、お嬢様をここにおいては──!」


「お願い。そろそろ日が暮れるし、暗くなったら身動きが取れないわ。……さ、早く!」


「は、はい!」




ミーナが慌てて屋敷の方角へ走り出すのを見送ってから、オヴェリアはもう一度地面に手をついて荒い息を吐いた。


(大けがや大病を治すと、眩暈はするし息も苦しくなって、しばらくは立つこともできなくなってしまうのが困りものだわ……)



しばらく目を瞑っていると、少しずつ目眩と息切れが収まって来た。


オヴェリアはゆっくりと目を開いて、改めて倒れている少年を見つめる。


「……10歳くらいかしら? 幼い少年が、どうしてこんな大怪我を……」


少年が負っていた傷は事故等で偶発的についたものではなく、剣かなにかで意図的につけられたもののように見えた。


(誰かに斬りつけられた? でも、どうして……)


オヴェリアが疑問に思いながら少年の寝顔を見つめていると、


「……う……ん……」


少年は微かにうめき声をあげてから、ゆっくりと目を開いた。


その瞳は、青い宝石のように透き通っている。



「気が付いた!? ああ、良かった……!」


オヴェリアは安堵して、少年の肩に触れようと手を伸ばした。


「ねぇ、あなた名前は──」


言い終わらないうちに少年がこちらを振り向き、オヴェリアが伸ばしかけた手を掴んだ。


途端、視界が反転し、気付くとオヴェリアは地面に組み敷かれ、少年の顔を見上げていた。



少年はどこに隠し持っていたのか、ナイフを握ってオヴェリアの首筋に押し当て、殺気を孕んだ目でこちらを睨んでいた──。


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