第16話 わざと斬らせた?
「──レオン様!!!」
悲鳴に近い声でレオンハルトの名を呼びながら、オヴェリアが駆け寄って来る。
オヴェリアは自分が血塗れになるのも構わず、震える手で何とかレオンハルトの体を仰向けにしようとした。
──が、オヴェリアの細腕では、背が高く重いレオンハルトの体を動かすのは難しい。
「……エル! レオン様の傷が見えるようにして!!」
オヴェリアが青ざめながらエルに助けを求めると、エルもハッと我に返り、彼女に代わってレオンハルトの体に手をかけ、仰向けにした。
「酷い傷……!」
仰向けになったレオンハルトの胸に見える傷は思った以上に深く、流れ出た血が地面にまで広がり始めている。
オヴェリアが体に触れると、レオンハルトは苦しそうな表情で目を開き、
「……オヴェ、リア……き、みなら……治せ……」
話している間にも、口から血が溢れる。
レオンハルトはまた目を閉じて、苦しそうに呻いた。
「レオン様、話さないで! 今すぐ治しますから……!」
オヴェリアはレオンハルトの傷に手をかざし、魔法をかけ始めた。
(一度の魔法では少ししかふさがらない……! やはりこの傷は、相当深いわ)
オヴェリアがいなければ致命傷になっていたかもしれない傷は、それでも何度もかけ続けた治癒魔法によって少しずつふさがり……。
──数分後には、うっすらと跡を残すだけになっていた。
(……これで何とか、命にまでは関わらないはず)
オヴェリアがそう思ったとき、閉じられていたレオンハルトの目がゆっくりと開いた。
「レオン様! ああ、良かった……!」
レオンハルトはまるで怪我など最初からなかったかのように、いつも通りの身のこなしで体を起こすと、自分の胸に触れ、傷が完全にふさがっているのを確認して目を見開いた。
「……すごいな。まさか、ここまでとは……」
そう呟いて、口元に着いた自分の血を腕で拭ってから、オヴェリアの方を見る。
「オヴェリア、ありがとう。君のおかげで命拾いしたようだ」
そう言って微笑むレオンハルトの顔を見て、オヴェリアはほっと息をついた。
「レオン様、本当に良かった……。他に痛むところは──」
そう言いかけた時、オヴェリアは視界が霞んで来るのを感じた。
身体も平衡感覚を失って、急速に意識が薄らいでいくのがわかる。
(ああ、やはり魔法の使い過ぎだわ……。でも、まだ意識を失うわけにはいかない)
オヴェリアは視界が暗転していくのを感じながら、何とか声を振り絞った。
「レオン、様……。お願い、で……エルを、許し……っ」
レオンハルトから持ち掛けた試合とはいえ、平民が貴族に、あれだけの傷を負わせたのだ。
……レオンハルトの判断によっては、エルは罰を受けることになる。
同じだけの傷を与えられるか……悪くすれば、処刑される可能性も否定はできなかった。
「ど……か……エル、を……」
そこまで言って、オヴェリアの意識は途絶えた。
「──オヴェリア様!!」
倒れるオヴェリアの体を抱き留めようと、エルが手を差し伸べたが──。
その手を押しのけて、レオンハルトがオヴェリアの体を抱き留め、抱え上げた。
「彼女が倒れたのは、俺の傷を治したせいだ。俺が屋敷まで運ぼう」
そう言って、意識のないオヴェリアの身体を抱えて屋敷へと歩き出す。
エルはオヴェリアを奪い返したかったが、気を失う前、彼女が必死に自分の命乞いをしていたことを思い出すと──。
余計なことをしてこれ以上主人に迷惑をかけられないと、伸ばしかけた手を下ろすしかなかった。
エルはレオンハルトの血に濡れた自分の手を眺めながら……ふと、あの時覚えた違和感を思い出していた。
(あの男、わざと俺に斬らせたように見えた……)
エルの剣が、レオンハルトの胸を斬り裂いた、あの時──。
レオンハルトの実力なら、斬り込んできたエルの剣を払い、逆にエルを斬り捨てることもできたはずだった。
(──だがあいつは、一度上げかけた腕を下げて、わざと俺に斬らせた)
むしろ、エルの剣先が自分の胸を深く貫くよう、身体を前に出したようにすら見えたのだ。
(……何故そんなことをする必要がある? 一歩間違えば、死んでいたかもしれないのに)
エルは嫌な予感を覚えながら、屋敷に向かって行くレオンハルトの背中と、その腕に抱かれているオヴェリアの姿を見つめていた。
***
レオンハルトはオヴェリアを抱いたまま、彼女の寝室の扉を開けた。
掃除のために部屋の中にいたミーナが振り返り、血まみれのレオンハルトと、その返り血に塗れて気を失っているオヴェリアを見て悲鳴を上げる。
「お、お嬢様! 一体何が──!」
レオンハルトは部屋の奥にあるベッドに近付き、抱えていたオヴェリアの身体をそっとベッドに横たえた。
「試合で怪我をした俺を、彼女が治癒魔法で治してくれたんだが、魔法の使い過ぎで気を失ってしまったようだ。──君、悪いが医師を呼んで来て貰えるかな」
レオンハルトが落ち着いた口調でそう言うと、ミーナは青ざめながらも頷き、慌てて医師を呼びに部屋を出て行った。
ミーナが部屋を出たのを確認してから、レオンハルトはベッドの横に膝をつき、青ざめた顔で横たわっているオヴェリアを眺めた。
「……君は、本当にあの子供が大切なんだね。恋人には見えないが、どういう関係なのかな。……彼の方は、君に分不相応な気持ちを抱いているみたいだけど」
穏やかな口調でそう呟いたレオンハルトは、そこで表情を歪め、
「身の程を知らないガキが! 誰の女だと思っている……!」
忌々し気にそう吐き捨てた後、オヴェリアの頬を撫でる。
「……でもまぁ、君がそこまで言うなら処刑したりはしないよ。そうだな、そんなに大事なら、彼にも少し役に立ってもらおうか……」




