第12話 同い年みたいなもんです
──事件から、およそ半年後。
一時は生死の淵をさまよったオヴェリアは、ミーナと、そしてエルの懸命な看護もあってすっかり回復し、ホーリング伯爵邸はいつも通りの平穏な日々を取り戻していた。
「もう二度と、あんな心配はさせないでくださいよ!」
ミーナはことあるごとにそう言っては、オヴェリアを苦笑させるようになった。
「もう、わかっているわ。私もさすがに反省したのよ。何があったのか詳しくは思い出せないけれど、エルが助けてくれなかったら大変なことになっていたんだものね」
そのエルはと言えば、森での事件以来、急に人が変わったと評判だった。
それまでは、オヴェリアを始めホーリング伯爵邸の誰ともあまり口を利かず、無表情で周囲を拒絶していたが……。
あの事件以来なぜかよく話すようになり、特にオヴェリアには敬意と親愛の情を見せ、彼女がどこに行くにも付いていって守ろうとするようになったのだ。
オヴェリア危篤の報を聞いて、仕事のために滞在している王都から帰還してきたホーリング伯爵は、当初エルの存在に困惑していた。
しかしエルの境遇と、オヴェリアを密猟者から守ったことを聞き……なによりエルが献身的にオヴェリアを看護する様子を見るうち、彼を伯爵邸で養育することを認めたのだった。
「でも、あの事件以来エルが心を開いてくれるようになったし、お父様も屋敷の者たちもエルを認めてくれたのだから、災い転じて福となすってものよね」
「災いが大きすぎます! まあ、エルが突然お嬢様にべったりになったのには驚きましたけど。それに最近は、勉学や剣術にも精を出しているようですし」
事件からしばらく経ち、オヴェリアが回復してきた頃──どんな心境の変化なのか、エルはオヴェリアに、剣術や体術、国内の政治や行政等について学びたいと頼んできた。
エルに頼られたことが嬉しいオヴェリアは、さっそく評判のいい講師を探させて、エルの教育を任せたのだった。
講師たちによれば、エルは剣術と体術の基礎や一般常識については、既にしっかりとした素養があったらしい。
その上とても熱心に学び、教えられたことをあっという間に吸収するので、講師たちは口をそろえてエルは筋がいいと褒め讃えるのだった。
「ま、エルがこの調子で成長していけば、そのうち伯爵邸の警備兵に採用できるかもしれませんね。これだけ調べても身元が分からないなら、もう伯爵家で雇うしかないでしょうし」
「エルがそうしたいのならそれでもいいけれど、他にやりたいことがあるなら希望を叶えてあげたいけれどね……」
オヴェリアはそう呟いてから、ふと思いついて、
「でも、エルがうちに就職してくれたら一生一緒に居られるのよね? それは捨てがたいわね!」
よく話し、笑ってくれるようになったエルがますます可愛くて堪らず、年の離れた弟が出来たような気分でいるオヴェリアは、彼とずっと一緒に居られる未来を想像して瞳を輝かせた。
そんなオヴェリアに、ミーナがたしなめるように言う。
「何を言ってるんですか。お嬢様はそろそろお相手を探して、お嫁に行かないと!」
呆れ顔をするミーナに、オヴェリアはさらに呆れたように返す。
「ミーナったら。それでなくても『滅亡の魔女』と呼ばれていて、さらに体に傷があるのよ? そんな令嬢に貰い手なんて──あ、いえ、その……ごめんなさい! そんな顔しないで!」
あの事件によって、オヴェリアの胸には大きな傷が残ってしまった。
オヴェリアは元々『魔女』と呼ばれる自分は結婚には縁がないと諦めていたし、体に傷が残ったことについても大して気にはしていなかったが……。
父やミーナ、それにエルは、その話をするととても悲しそうな顔をするので困るのだ。
特にエルは、オヴェリアの傷痕を自分の責任のように感じているらしく、傷の話が出ると暗く思いつめたような表情になるのだった。
(ドレスを着ていれば隠れる場所なのだから、そんなに気にしなくていいのに。結婚は元々諦めているのだし……)
オヴェリアは胸の内でそう独りごちて、ため息をついてから、
「……ま、先のことはいいじゃない! お父様も王都へ戻られてしまったし、寝付いていた間に溜まった仕事がまだ残っているのだから、今日も頑張るわよ!」
そう言って、ミーナに手伝ってもらいながら、今日も父の代理として執務を進めていくのだった。
***
そんな風にして、あっという間に4年の月日が経った。
エルは14歳に……そしてオヴェリアは22歳になっていたが、予想通り嫁には行っていないどころか、縁談の一つも持ち上がることはなかった。
ある日の午後──。
その日は天気が良く、午前中の執務を終えたオヴェリアは外へ出て、屋敷の裏手にある訓練場で剣術の訓練をしているエルの姿を眺めていた。
(本当に、随分剣術が上達したわ。さすが私の可愛いエル!)
14歳になったエルは、伯爵家で十分な食事や睡眠を取れているのもあってぐんぐんと背が伸び、日ごろの訓練によって筋肉もついて、頼もしい少年に成長していた。
剣術の講師から「天賦の才を持つ剣士」とまで言わしめたエルは、最近では警備兵の訓練にも参加するようになり、兵の中で特に腕の立つ者のとの試合でも勝利を上げる。
庭の一角にあるベンチに座り、エルが警備兵たちと共に真剣に剣を振る姿を見つめるオヴェリアは、誇らしい気持ちで微笑んでいた。
そんなオヴェリアの視線を感じたのか、エルは訓練が終わると一目散に彼女の方へ駆けてきた。
「エル、お疲れ様! 今日も頑張っていたわね」
「ありがとうございます。オヴェリア様が見ていてくださるので、より力が入りました」
そう言って銀の髪をかきあげながら、青玉の瞳を細めて微笑むエルは、出会った頃よりさらにその美しさに磨きがかかっている。
(こんなに素敵に成長してしまうと、大人になった時が恐ろしいわね。彼をめぐって女性たちの争いが巻き起こるに違いないわ……!)
姉馬鹿と言われても仕方のないことを考えつつ、オヴェリアは返事をした。
「……もう、オヴェリア様なんて呼ばなくていいっていつも言っているのに! エルのことは弟同然に思っているのだから、姉上と呼んで──」
「──オヴェリア様。……俺はあなたの弟になったことは、一度もありませんよ?」
そう言って、やや不機嫌そうな顔をする。
「……それはもちろん、わかっているけれど……」
エルを弟のように大切に想っている自分の気持ちも、少しは汲んで欲しい……と口をとがらせているオヴェリアに、エルが続けた。
「それに、俺はあと4年で成人ですからね。もう幼い子供ではありません」
「ま、まあそれもわかっているけれど。でも弟と言うのは、姉にとっては何歳になっても可愛いもので……」
そう言いかけると、エルはいよいよ不機嫌な表情になる。
エルはどうしても、オヴェリアの弟扱いに納得がいかないらしい。
この話題になると不機嫌を隠そうともせずに、なんなら不穏なオーラを漂わせることすらあるのだ。
「……たった8つではないですか。俺とオヴェリア様は、同い年も同然です」
エルは不機嫌な表情のまま、ありえないことを呟いた。
「8つ差が同い年同然と言うのは、さすがに無理があると思うけれど……」
オヴェリアが思わずそう言うと、エルはさらに不機嫌になったようで、眉根を寄せて怒りのオーラを発し始めた。
オヴェリアは慌てて話題を変えようとして、
「あら、エル、手のひらから血が出ているわ! 訓練でできた豆がつぶれたのね。……治しても良いかしら?」
オヴェリアがそう言ってエルの手を取ると、エルは一瞬びくりと肩を震わせたが、大人しくされるがままになっていた。
(……手も、ずいぶん大きくなったわね)
エルが、初めて出会った頃より身長だけでなく手のひらまで随分大きくなったことに、オヴェリアは改めて気付いた。
剣術の訓練のおかげで手の皮は厚く、剣の柄が当たる部分には固い豆ができている。
剣士らしく頼りがいの感じられる手を眺めながら、オヴェリアは治癒魔法をかけた。
「……はい、もう大丈夫。ねえエル、この後予定がないなら昼食を一緒に──」
オヴェリアがそう言いかけた時、
「──お嬢様―!!」
屋敷の中からミーナが出て来て、慌てたようにこちらへ走り寄って来た。
「お、お嬢様! すぐにお屋敷にお戻りください!」
ミーナが息を切らしながらそう言うので、オヴェリアは驚いて、
「ミーナったら、そんなに焦ってどうしたの?」
「す、すみません! でも早くお戻りにならないと、もう応接室でお待ちになっていらっしゃいますから──ああ、先に着替えを! それに髪も結い直して……!」
ミーナはかなり焦っているようで、話が要領を得ない。
「ミーナ、少し落ち着いて。お待ちになっているって、どなたが?」
王都から重要な賓客でも来たのだろうかと、オヴェリアが問いかけると、
「レオンハルト様が──お嬢様の初恋の君がいらしているのです!!」




