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第10話 先に殺しておくべきだった


男の剣が、オヴェリアの胸を切り裂く。


ドレスの胸元が、あっという間に鮮血に染まっていく。



オヴェリアは傷口を手で押さえながら、エルの方を振り向き、



「……エル、逃げて……!」



掠れた声でそう言ってから、崩れるように地面に倒れた。




エルは呆然とオヴェリアを見つめながら、



「……なぜですか。なぜ俺なんかに、そこまで……!」



エルの言葉に、オヴェリアの返事はなかった。




「──チッ! なんだこの女は!? 邪魔をするな!」



男は忌々し気にオヴェリアを睨むと、その体を思い切り蹴った。



「──止めろ!! これ以上その人を傷つけるな!」



エルが怒鳴ると、男は薄ら笑いを浮かべてエルの方を見た。



「この女、服装からしてここらの貴族の女でしょう? グランドール王国の貴族など、殺したところでどうという事もありませんよ」



男はそう言いながら、オヴェリアの体を踏み越えてエルの方へ近づいてくる。



「……それより、リュシオン殿下。もう諦めて、大人しく俺に殺されてください。どうせ帝国にはあなたの居場所なんてないんだ」



そう言いながら、男がもう一度剣を振り上げた時──。



「──その女性は、兄上が血眼になって探している『聖女』だぞ」



そう言うと、男は動きを止めてエルを凝視した後、慌てて自分の足元に横たわるオヴェリアを見た。



「……そ、そんな都合のいいことあるはずが……! 苦し紛れの命乞いに決まって──」


「フードを取ってみろ。金の髪に金の瞳だ。それに彼女が治癒魔法を使えることは、この国では周知の事実らしい」



男は信じられないという表情で振りかぶっていた剣を下ろすと、剣先でオヴェリアのフードを払った。



オヴェリアの瞳は閉じられていたが、フードの下から現れた豊かな髪は、太陽の光をはじいて金色に輝いている。



「……っな、まさか、本当に……!?」



男はあからさまに狼狽し、怯えた表情でオヴェリアとエルを交互に見ている。



それはそうだろう。


『聖女』を殺害したなどと言う事が万一ばれたら、男は確実に処刑されることになる。



男が慌ててオヴェリアの傷を見ようとしゃがみ込んだ瞬間、エルは素早く男に近づき、隠し持っていた短剣を男に向けて振り抜いた。


──が、男は反射的に避けたので、エルの剣は男の手をかすめ、手のひらの皮膚をほんの少し切り裂いただけだった。



「チッ! この女が聖女なら、お前ごときに構っている暇はないんだよ!」



男は苛ついて怒鳴りながらエルに近づき、思い切りその腹を蹴り上げた。



「────ッ!!」



蹴られた衝撃で後ろに吹き飛ばされ、地面に倒れ込む。



男はそんなエルを無視して、オヴェリアの方へ向き直り、



「……まずいぞ。この女が本当に聖女なら、何とか生かして連れて行かなければ」



そう言いながら、オヴェリアに触れようと手を伸ばした瞬間、



「…………っ!?」



男は胸を押さえ、崩れるように地面に倒れ込んだ。


苦し気にあえぎながら、目線だけでエルの方を睨む。



エルはゆっくりと立ち上がり、男に近づきながら話し始めた。



「……効いて来たか? この短剣には毒が塗ってある。致死性のものではないが、まあ10分は動けないだろう」



そうして、エルは兵士に近づき、その手に握られている剣を取り上げた。



「それだけあれば充分だ。……お前にとどめを刺すには」



そう言いながら、エルは両腕でその剣を振り上げ、



「先に俺を殺しておくべきだったな」


──真っ直ぐに振り下ろした。


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