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森へ行こう


戦士ギルドから出て、母は私を村にある食堂へ連れて行った。

どうやらお腹が空いちゃったらしい。

実は最初からお昼はコッチで食べるつもりだったようだ。

家にはカタリナもいるし、祖母に頼んで来たみたい。

つまり私を出汁にして羽を伸ばしかたったと言う訳だ。

義理の母によくまぁ甘えられるなと感心するが、母なのでそんな事も有るだろう。

それに何時もと言う訳でも無いし、マルセロを助けるのに協力してくれた人達へのお礼返しを調達するのも、確かに仕事と言えば仕事だろう。

甘い粉が入った小瓶1つで終わったけど。


「あ、お母さん。フランのシロップを作るのは良いけど、配る時の入れ物ってどうするの?」

「コップか小皿に入れて渡すわよ?」


それでええんかい。

メッチャ雑。

でも量が少ないから、確かに渡しても直ぐに無くなる予感はする。


「コップはともかく、小皿で運ぶのは難しそう。」

「そうねぇ〜。何か良い考えはあるかしら?」

「『飴』にしたら『固形』だから、配りやすいとは思う。」

「また分からない言葉を使ってるわよ〜?」

「爪ぐらいの大きさの小石をシロップで作れば運ぶの楽だよ。」

「小石をつくるの?」

「シロップで作る小石だから、食べられる小石。」

「ウフフ。何だかモッブになっちゃったみたいね。面白そうだからそれにしましょう。」


どうやら受け入れられたっぽい。

ヒャッホイ!ようやく飴までたどり着けそうだ。

戦士ギルドで凹んでた心がワクワクしてきた。

村のくせにちょっとカフェっぽいお洒落な食堂だから、そんな話しをしてたらスパゲッティが運ばれて来て、私は目を見開いた。

そりゃ小麦みたいなアムルがあるんだから、麺類だって作れるよね!

具はベーコンと香草。

色はパスタの薄い黄色と、ベーコンのピンク色とパセリみたいに細かくして散らした香草の緑色で、とってもお洒落。

あとコンソメスープがついてて、これで銅貨15枚。

単品でパンを1つ追加で頼んで、パン1つ銅貨2枚。

これを2人で分けて食べる。

パンはフランスパンみたいに外側が硬くて、中はフワッとしてる。

くっそ旨いな。

硬い所はスープに浸して母が食べてくれた。

私はモチモチな中身だけ食べてるけど、泣けるぐらいに美味しい。

パスタは1/5ほど小皿に私用に盛り付けてくれて、スープを一口だけ味見に貰った後は、母が全部食べた。

まぁ硬い外側を食べて貰ってるから仕方が無いよね。

それに私の身長が足らないから、どうしたってスープは飲みにくい。

パスタも食べにくいから、結局私が食べられる所は、パンの柔らかい所だけになっちゃうのだ。

ちなみにスープの味がコンソメスープみたいだと思ったけど、何のスープかは分からない。

でもウチの家みたいに塩だけのスープとは違うプロのスープの味だった。


どうやらウチの母は料理が不得意の可能性が出て来たぞ。

思えばよく刺繍や繕いものはウキウキしながらやってるけど、料理する時には楽しそうじゃないもんね。

ウチの食卓にレパートリーが少ないのは、どうにも母のスキル不足問題が濃厚だ。

カタリナは逆に裁縫が苦手だけど、料理は楽しいらしく。

夕食を作るのをお手伝いする時は、洗濯してる時よりも楽しそうにしている。


まぁ、それは良い。


「ねぇお母さん。教会の卒業って字を覚えたら出来る?」

「そうよ。」

「じゃあ卒業する時ってどうやって決めるの?」

「子供用の本があってね?お話が12個あるんだけど、そのうち先生が決めた1つを声を出して読むの。間違いが3回以内で済めば合格するのよ。」

「字を書くことはしないの?」

「するわよ。

本がちゃんと読めたら、次は先生が言った言葉を字で書いていくの。間違いが3回以内で済めば合格よ。」

「簡単だね。」

「あら。ちゃんと勉強しないと難しいわよ?」

「⋯問題は2歳で卒業を認めて貰えるかだよね。お母さんどう思う?」

「それは司祭さんに聞いてみないと分からないわぁ~」

「それはそうなんだけどさ。

そもそも私1人が出来ることって言ったのに、魔力草の本すら読ませて貰えないのって変だよね。」

「まぁ⋯それはそうねぇ〜」

「教会に行く前に、もう一度錬成師見習いのお姉さんに確認しに行きたい。」

「えぇ~迷惑だから駄目よぉ」

「それは向こうが分かってて私に言ったならそうだけど、多分お姉さんは本当に知らなかっただけだと思うの。

白金貨5枚必要な学校に行く人が、戦士ギルドのルールとか教会で勉強するルールとか知る必要が無い気がするんだよ。」

「えぇ~?!そんなことあるかしら?だって皆が知ってることなのよ?」

「それは私達と同じような生活をしてる人が多いから、そう感じるだけだよ。

お母さんだって金貨を銅貨と同じように使う人の生活を知らないでしょう?」

「まぁ⋯そう言われたらそうねぇ〜⋯」

「だからちょっとその辺を確認したいの。」


ご飯を食べて少し冷静になったら見えてくることも有る。

金持ちの娘ならわざわざ教会に通う必要が無いので、文字を教会で習うと知ってても、7歳になったら通えるとかまで詳しく知らないかも知れないし。

ましてや戦士ギルドに登録しないと魔力草の本を読ませて貰えないだなんて、尚更知らない気がする。

うちの母ですら戦士ギルドには立ち入り禁止レベルなのに、あんな美人のお嬢様が行けるはず無いんだから。

せいぜい魔力草を仕入れる商売相手が戦士ギルドで、そこなら調べさえすれば魔力草の採取方だって分かるよね?とか思ってそうだ。

文字だって下手したら家で習ってる、ぐらいに考えてるかも知れないしね。


てなわけで私はまた「お薬屋さん」に向かった。


「⋯何か?」


チリリンと鳴らして「ごめん下さ〜い⋯」と、母が申し訳無さそうに声をかけた所。

明らかにムスッとしたお嬢さんが再び現れた。


「苦情を言う前に、確認にきました。」

「はい?」

「お姉さんは戦士ギルドに登録しないと、正しい魔力草の採取方法を書いた本を読ませて貰えないことを知っていましたか?」

「え⋯?」

「あと、戦士ギルドに子供が登録するには教会での勉強を卒業した印が必要になるんですが、教会に入るには7歳にならないといけない事は知っていましたか?」

「⋯⋯」

「知ってましたか?」

「⋯いいえ。知りませんでした。」

「では魔力草の正しい採取方法を教えて下さい。」


お姉さんはムッツリとした顔で少し黙り込んでしまった。


「⋯7歳になって教会で勉強してから戦士ギルドに登録なされば良いんじゃ無いですか?」


そして喋ったかと思ったら、明らかな拒絶。

まぁそんなもんだろう。

むしろサッサと追い祓いたくてイライラしてるのに、怒鳴らないだけ育ちが良いのが伝わって来る。

だから私はなるべく責めない口調を心がけて笑顔を浮かべる。


「では取り引きしましょう。

私はお姉さんが聞きたいと思う情報を1つ持っています。

私の説明を聞いてお姉さんがそう思ったら教えるので、私にも魔力草の事を教えて下さい。」

「はい?」

「ヤラマウトに噛まれて生き延びた6歳の少年のお話です。」

「はあ?!」


お姉さんが顔を顰めた瞬間、私は勝った!と、心の中で拳を握りしめた。


「ふぅ⋯空想のお話に興味は有りませんのでお引き取り下さい。」

「本当にあったお話です。」

「まさか!有りえません。

ヤラマウトではなくて、別のニョロニョロだったのでは?」

「え〜?ご存知無いんですか?」

「え?」

「お母さんは黙ってて。

これはお姉さんと私の取り引きなの。」


思わずと言った様子で口を挟んだ母を、お姉さんは驚いて見つめている。


「このお話で出て来るヤラマウトは戦士ギルドで死体を持って行って確認してあるので間違い有りません。」

「まさか!噛まれたのって6歳なんですよね?!普通は死にます。有りえま⋯あ⋯」


カウンターの向こうから端に手をついて身を乗り出したお姉さんが、何かに気が付いた様子で動きを止めた。


「まさか⋯毒消しって⋯」

「そうですよ。私がこの話しが本物だと言えるのは、目の前で全部見てたからです。

そしてヤラマウトに噛まれた6歳の少年は私のお兄ちゃんで、解毒したのはこのお店の解毒薬です。

でもこの話しは詳しく聞かないと、どうしてその少年がヤラマウトに噛まれたのか。

そして生き延びる事が出来たかは分かりません。

お姉さん。どうですか?

魔力草と交換出来ますか?」


お姉さんは眉間にシワを寄せて口元をギュッと引き結んだ。

かなり葛藤してる。

どうやら好奇心で、と言うよりも他に気になる理由が有るんだろう。

それはそうだ。

何故なら彼女が錬成師見習いと言う職業の女性なんだもん。


解毒薬を作るお仕事をすると言うことは、毒物の知識が必要になる。

そして何の魔物がどんな毒を持っているのかも勉強する必要があるだろう。

もっと言えば薬を売るだけで無く、毒物の買い取りをしてる可能性だってある。

これは前世の記憶の錬金術から来てる知識なので、本当にそうかは分からないが、少なくても甘い粉を作るには甘い粉の原料になる木の根っこを買い取る必要がある。

それを思えば彼女が戦士ギルドと深い関係にあることは確定してると言えるだろう。


それならこんな衝撃的な事件の話も噂で聞いていそうなものだが、村中に溢れかえってるだろうこの話を彼女が知らないのは理由がある。

何故なら彼女はお金持ちのお嬢様だからだ。

そんな彼女が戦士ギルドの男性と仲良くお喋りする可能性はとても少ない。

それが例えお爺さんだったとしても、男性に対する女性の警戒は前世と比べ物にならないぐらい分厚い代物なのだ。


本来なら彼女はこんな場所で売り子なんてする様な産まれでは無いだろう。

でもそれをする必要が有るのは、商品を求めて来る人達に適切に対応しようと思えば、それなりに知識が必要だからだ。

そこら辺にいる村娘なんかじゃ、とうてい出来ない仕事だと思われる。

もっともっと言えば、働かなくても食べて行けるご家庭に産まれた彼女が、こんな下働きをしてまで見習いとしてお店で働くほど、錬成師への情熱に溢れているのを思えば、そりゃ気になるよね。

神の奇跡と言われたぐらい珍しい実話なんだもん。


そして私はそれを直接目撃していて詳細を伝えられる。

これが普通の2歳児なら話にならないが、彼女は私が普通で無い事を理解しているから悩んでいるんだろう。

この取り引きに乗れば、彼女は面倒な私から逃れられなくなるからだ。


「⋯私の負け、ですね。」

「勝負はしてませんよ。」

「いえ、完敗です。

悔しいですが、本物の天才には敵いませんね。」

「いえ、私はちょっと賢いだけで、天才なんかじゃ有りませんよ。お姉さんと育った環境が違うだけです。」

「⋯⋯」


そんなはず無いだろう!て、言う視線を母に向けているが、母は彼女からの視線を受けてへらりと笑って誤魔化した。

きっとお母さんはお姉さんが何を求めて見てるのかよく分からなかったに違いない。


「まぁいいです。

それではお話しますね。」

「はい。メモを取りますので少しお待ちを。」


こうして私はあの事件の事を詳しくお姉さんに説明する。


「はー⋯幼体⋯そう言う事ですか。

んー、そのヤラマウトの死骸、欲しいですね。」

「その辺りは戦士ギルドと直接やり取りして下さい。」

「まぁ⋯そうなりますね。

では私もその場所に一度行ってみたいのですが、案内して頂けます?」

「多分予定を合わせられるなら、父に相談して案内出来るかと思いますが。」

「貴方がいれば充分では?」

「安全が確認されるまで、子供は小川に近づくことを禁止されてるので。」

「私がいるなら大丈夫です。」

「そうかも知れませんが、やはり父に無断では難しいです。なので一度帰ったら父に話しをしてみます。」

「なるべく早くお願いしたいのですが⋯そうだ!その時ついでに魔力草の現物を見せて、正しい採取方法も説明して差し上げますよ。村の中にもありますが、林の中に生えてる方が多いですから。」

「是非お願いします。」


こうしてお嬢さんとの交渉は成立した。

戦士ギルドも教会もいらんかったな。

スピード解決した。


サラディーン・ラジェス・ダンジェロと言うのがお嬢さんのお名前だそうだ。

村の地図をお嬢さんが出して来たので家の場所を教えたら、翌朝8時ぐらいにやってきた。

コッチの世界で言えば3番目に鐘が鳴ったので3時とも言う。

余談だが鐘は教会が鳴らしてるそうで、近くにいてもそんなに煩く無いのに、かなり遠いと思う我が家まで音が伝わって来るから不思議だ。


ウチの目印は鳥小屋のあるお家の隣と言う、分かりやすくも雑な説明で、間違えずに来れたらしい。

すげぇなと思った。

まぁ鳥らしい鳥をこの村で育ててるのはウチだけなので、特徴的といえばそうなんだけどね。


ちなみに農家の朝は早いので、1時前から起床した父はもう一仕事終えて朝ごはんを食べてる所だった。

つまりお姉さんは騎士を連れて突撃朝ごはんして来た訳である。


そう2人も騎士をつれて。


家の外から「たのもーう!」と、騎士が呼ぶ太い声を聞いて、ウチの家族全員がビックリしながら慌てて家を出て来たら騎士がいた。

一家そろってポカーンである。


お嬢さんが乗ってきた世紀末の長男が乗ってる馬っぽいようなゴツい六本足の馬みたいな何かにもビックリだけど、騎士が乗ってきたドラゴンみたいな2足歩行のトカゲにもビックリした。

どいつもこいつも4mぐらいあって、絶対に人を食べてる様な顔してる。


騎士もでかい。

1人は明らかに身長が2m越えてる。

2人目は4男のオジサンより  少し背が高いぐらいかな。

それを思えばこの人も2mあるやも知れない。

2人ともデッカい上にゴツくて、厳ついオーラを纏ってた。

しかも装備がキラキラ銀色に光ってて、やたら眩しい。

何ならお姉さんの薄い金髪より光ってて眩しかった。

腰から下げてる剣も鎧もなんか芸術的な模様がついてるし、背中にぶら下がってる赤黒いマントもやらた高そうに見える。

その割に銀色で完全武装しててもガチャガチャ言わないし。

動きも目茶スムーズ。

何か金属に見えて布で作ってんの?って思えるぐらい、鎧が鎧っぽくない。

とは言っても金属にしか見えないから脳みそがバグる。


「さぁ、行きましょうリリアナ!」


満面の笑顔を咲かせてるお姉さんの一言で、「まだ朝ごはんの途中です」とか言えんかった。

物事がやたらスムーズに進んで行く。

父は最初から最後までポカーンとしてるだけだった。

お姉さんが来るまでは俺も行くぞ、とキリリとした顔してたのに、あれは何だったのか。

まぁ、騎士が来ちゃったから仕方が無いよね。


いや騎士なのかどうかは知らないよ。騎士っぽいなと私が思っただけだから。

でも仕事の出来る戦士以上に戦士っぽいし、金持ちランクが飛び抜けてるもんだから、どうにも騎士っぽい。


2人の騎士さん、兜はしっかりかぶってるけど、面当は上に上げてたから顔は見れた。

大きい方の騎士さんは、チラリと覗いてる濃い茶色の髪に赤茶色の瞳の30歳後半ぐらいの渋いイケメンと、金髪に緑色の目をした20歳半ばぐらいの若くてシュッとしたイケメンだった。

騎士ってイケメンじゃ無いとなれない職業なのかも知れない。

まぁ金持ちはイケメンが多いだろうしね。


「うん!」


そして私は満面の笑顔を咲かせてるお姉さんに向かって、一心不乱に走り両手を広げて飛びついてった。

その走行距離5m。跳躍10cm。

お行儀良くするつもりだったけど、お姉さんのテンションにつられてしまった。

空気を読んだとも言う。


「ではカタリナをお預かりします!

用件が済めば必ず無事にお返し致しますので。」

「⋯あ、はい〜」

「では失礼します!」


お嬢さんはしっかりと母に視線を固定して宣言したからか、母も反射的に返事を返してた。

父はもう知らない。

私はお姉さんに抱き上げられてて、騎士の顔を見るのに夢中だったので。

そして2人の騎士さんはウチの両親を注意深く観察してた。

私なんかチラリとも見てない。

そんなに農民を警戒せんでもええやんと思ったが、2歳児を警戒するよりかは普通なのかも知れない。

てか威圧してないのに威圧感が半端無くてビビる。

睨んで無いのに視線が鋭いとか、メッチャ器用なことしてる。

父が柴犬なら腹を出して転がるんじゃ無いだろうか。

父が今どんな顔をしてるか見てないけど、平民には文句が言えない謎の説得力があった。

視線の説得力ってなんぞやと思うけど、お巡りさんの制服を見たら、交通ルールを守ろうかなと思う気持ちと似たようなもんだと思う。


私がボチボチ歩いて小一時間かかる場所には5分ぐらいで到着した。

馬じゃないけど馬の足が早すぎてビックリ。

私はお姉さんの前に座らされ「あっち!」と、「そこの小川!」他、スピードにきゃぁきゃぁ笑ってたら到着した。


「もう着いちゃった!」

「ウフフ。それで血を洗い流してたのは何処かしら。」

「えーと⋯このへん!」


馬みたいな何かから降ろして貰い、私は枝を調達した木を探して方向を見定めると、現場に向かって走り出す。

3日経ってたけど、まだ小さく黒ずんでる地面を見つけて指をさす。


「素晴らしいわ。まだ痕跡が残っててくれてるだなんて。」


お嬢さんはワクワクが抑えきれないみたいに目を楽しそうに輝かせながら、すっと膝をついて地面にしゃがみ、膝丈のローブの中から銀色のスコップと茶色瓶を取り出した。

水色に金色の縁取りのあるローブの中は、高級そうな薄いピンク色の、丈の長いジャケットみたいな服を着てて、下はダボッとした黒色のズボンを履いてる。

そして胸元に斜めがけでポーチを身に着けてたんだけど、スコップと茶色の瓶のサイズとそのポーチの大きさが噛み合わない。


「魔法の鞄?」

「そうよ。よく分かったわね。」

「だって出した物の大きさが変だし。」

「それもそうね。」

「私もそれ欲しい。作れるかな?」

「学校に行かないと無理よ。行っても無理かも知れないけれど、白金貨1枚出せば買えるんだからその方が早いわよ。」

「むぅ⋯」


唇を尖らせた私をクスリと笑うと、お嬢さんは黒く染まった土にスコップを当てて。


「採取 分解」


二言呟いた。

するとスコップを当てた先の地面が少し浮き、お嬢さんの目の前で3つに別れた。

スコップで掘るんじゃ無いんかい!

と、銀色のスコップの無意味さに驚愕する。

まぁ私が知らないだけで、意味は有るやも知れんがな。

そしてそうこうしてるウチに、黒色のツブツブと茶色のツブツブと土との3種類に別れた物のウチ、茶色の物を茶色の瓶の中にスコップで突いて入れた。

スコップ仕事した。


それからお嬢さんはスコップを地面に置いて、茶色の瓶を魔法鞄にしまうと、今度は銀色の懐中時計モドキを取り出す。

そして今度は懐中時計モドキの蓋を開け、その中に黒色のツブツブをスコップで突いて落とし入れた。

最後にパチンと懐中時計モドキの蓋を閉じると。


「浄化」


パァと銀色のスコップをレモン色に光らせてから、魔法鞄に収納する。


「探索」


それからお嬢さんはすっと立ちあがると、銀色の懐中時計モドキから出てる緑色の光の方向に向かって歩き始めた。

私はお嬢さんの少し後ろをトテトテと走ってついて行く。

騎士の2人も辺りの警戒を止めて、私達についてくる気配がした。

馬モドキと2足歩行のトカゲも、人間が降りたのに私達の後ろをゆっくりとついて来る。


お嬢さんはそこから小川沿いを歩き、50m離れた先に立ち止まると。


「ここね。

カルマン。サンダース。この子を守りなさい。もしヤラマウトが出ても絶対に手出ししないで。殺したりなんかしたら殺すわよ。」

「それはっ⋯」

「承知致しました。」


今まで聞いた事が無いぐらいの威圧を込めて命令するお嬢さんが、冷たい視線を騎士達に向ける。

年上の騎士さんが戸惑いの声を挙げたけど、それを横の騎士さんが片手を挙げて制止。

そして私に近寄ると。


「触りますよ。大人しくしていて下さい。」


と、明らかに子供に慣れて無いのが丸わかりな説明をして、サッサと私を抱き上げる。

そして左腕に乗せて立ち抱っこした。

強盗よー!と無意味に叫んでみたかったけど、空気を読んで頷くだけにしとく。

今思えば誘拐よーが正解だった気がするけど、結局イタズラに走る度胸は私には無かった。


私もヤラマウトに噛まれたい訳じゃ無いしね。

死なないと分かっていても嫌なものは経験しないに限る。

必要なら仕方無いけど、今はそうじゃ無いから大人しくしといた。


「⋯大地よ。」


お嬢さんは魔法鞄に懐中時計モドキを仕舞うと、今度は銀色のステッキを取り出す。

オーケストラの指揮者が振り回してる指揮棒みたいなステッキの持ち手には、赤い宝石がついてた。


「我が望みのまま道を拓け!」


お嬢さんが囁くと、銀色のステッキが白く光った瞬間。

小川の横にある土手が左右に別れた。


中には5mぐらいの大きなニョロニョロがとぐろを巻いていたけど、何か様子が可笑しい。


「シャー!シャー!」


明らかに威嚇する小さな音にキョロキョロしたら、大きなニョロニョロの近くに小さな蛇玉が出来てて、どうやらそこから威嚇の音がしてるのが分かった。


けど音がしてるだけで蛇玉のまんまグルグルしてる。

ちなみに大きなニョロニョロは微動だにしてない。

どうやら死んでるんじゃ無かろうか。

だってペシャとした感じに身体が全体的に潰れてるから。

圧迫されたと言うよりは、死んで水分が抜けた感じに見える。


「ふ⋯フフフフフ⋯素晴らしいわ!」


お嬢さんがテンション上がり過ぎて危ない人みたいになってるけど何も言えん。

2人の騎士さんが取り敢えず何時でも飛び出せそうなぐらいの気配を出してたけど。


「睡眠 捕獲 指定 幼体のヤラマウト」


お嬢さんがステッキを振って、イソイソと魔法鞄から大き目の茶色瓶をだして蓋を開けたら、蛇玉が灰色の煙に包まれたかと思ったら、シャーシャー音と一緒に煙がすっと消えて、そのまんまシーンと静かになった。

それから蛇玉がフワリと浮いたかと思えば、瓶の中にストンと落ちて行く。

キュ!とお嬢さんが蓋を締めた瞬間。


「まぁ!卵まであるわ!」


メッチャ嬉しそうな声を挙げたお嬢さんは、スキップしそうな勢いで蛇玉があった付近に行く。

騎士さんが静かについて行ってくれたので、私もお嬢さんの後ろから覗き込めば割れた卵の殻が4つあり、まだ2つ卵が残ってる。


「さっきのニョロニョロ何匹だった?」

「頭は3つあったわよ。」

「ならマル兄ちゃんを噛んだヤツと合わせて全部いるって事よね?」

「そうね。卵を産んだのが此処だけならそうなるわね。」

「他に産む可能性ある?」

「どうかしら。巣穴を作って卵を産んで直ぐに魔力切れで死んでれば、その危険性は低いとは思うわよ。

まあ後で調べるわよ。」

「安全が確認されるまでここに来るのが駄目って言われてるから、戦士ギルドにちゃんと伝えておいてね。」

「え?」

「私が報告しても良いけど、2歳の言葉だと軽いでしょ?」

「⋯サンダース。」

「私は護衛です。」

「むぅ⋯」


今サラッとお嬢さんが押し付けようとした気がするが、ため息をついてるから諦めたらしい。

拗ね顔なお姉さんに、騎士さんは爽やかな笑顔を向けている。

この2人、仲が良いっぽい。

目や髪の色や顔立ちが似てるから、親族なのかな?

年上の騎士さんが年下のお嬢さんを敬わってる所で、兄妹の線は消えてる。


それから死んだヤラマウトの成体まで魔力鞄に入れて消すと、懐中時計モドキで光らない事を確認して、お姉さんはステッキを取り出し、また地面を元通りに戻して行く。


「さて!帰りましょう。」

「魔力草!」


ルンルン気分なお姉さんに、慌てて叫んだらニンマリとされた。


「分かってるわ。ちゃんと約束は守ってあげるわよ。」


面倒な事をしろと言った私への八つ当たりだったらしく、お嬢さんはハミングしながら馬みたいな馬じゃ無い何かに向かって行く。


私はサンダースお兄さんに抱かれたまま、普通に2足歩行のトカゲに乗せられた。


「凄い!あったかい!」

「⋯物怖じしないんだな。」

「ものおび?」

「物怖じ。怖がらないって意味だ。」

「ものおじ、もの怖じ⋯物怖じ⋯。うん。顔は怖いかも。

でもスベスベして気持ち良いよ!」

「⋯落とすつもりは無いけど、大人しくしてろよ。」


口の中で小さく単語の練習をした私にクスリと1つ微笑んで、サンダースお兄さんはお嬢さんの後追いを開始する。

お嬢さんへの態度を変えたら、彼の態度も変わったのが面白い。

警戒してたけどお嬢さんが私に気安いから、(かしこ)まるのが馬鹿らしくなったのかもね。

平民の幼児相手にも警戒しないといけない生活って、何だか大変そうだ。


それから林に連れて行ってもらい、木の影に生えてる現物の魔力草を見せてもらった。


「日の光が当たると魔力草の持ってる魔力が減るから、根まで傷つけずに掘って採取したあと、土は落としてから遮光の錬成瓶に入れたら終わりよ。」

「しゃこー?」

「遮光。光を遮るって意味。」

「しゃこう しゃ光 遮光⋯覚えた。

この遮光瓶はどうやったら手に入れられるの?」

「錬成店なら100本で銀貨1枚で売ってるわ。小売りして欲しいなら戦士ギルドね。値段までは知らないわ。」

「ありがとうございます。

あと⋯採取するとき傷をつけたら駄目なのはどうしてですか?」

「魔力が減って薬草の質が落ちるからよ。」

「じゃあ3日以内なのは?」

「魔力草で魔力回復薬をすぐ作れるか分からないから。

瓶の中でも魔力が少しづつ減って行くから、採取して10日以内に作らなければ駄目なの。それ以降に採取したものは本数を増やさないといけないし、作ったとしても品の質があまり良く無いのよね。売り物に出来なくな無いけど、手間の割には儲けにならないわ。」

「それなら魔力草の畑を作れれば何時でも好きな時にお薬が作れるよね?」

「費用がかかり過ぎるから、魔力草を育てるぐらいなら、もっと高額で希少性の高い薬草を育てるわよ。」

「ふぅん⋯作れなくは無い?」

「そうね。でも作り方は学校で学ぶものだから教えないわよ。」

「分かった。あと⋯魔力草で回復薬を作るまで10日しかないなら、お薬を作っても買ってくれる人はこの村にはいないよね?

魔力回復薬の期限が切れるにはどれぐらいになるの?」

「切れないわよ。」

「へ?」

「錬成した魔法薬は全て蓋を開けるまでは何十年でも使えるわ。」

「え?!でも採取した魔力草は瓶に入ってても魔力が抜けちゃうんだよね?!

じゃあどうしてそんな差になるの?」

「そうね。言われてみたら不思議ね。でも魔法薬以外の素材は全て期限があるのよ。理由までは分からないわ。昔から研究してるみたいだけど、まだ謎のままね。

瓶に入れて無い魔力草なんて2日でゴミになるから、少しでも保存期限が延びる様に色々と試薬や瓶の研究をしてるわね。」

「2日⋯」

「だから10日の余裕があるだけまだマシね。でも魔力回復薬は需要が高い割に素材集めから難易度が高いし、期限がかなり厳しいから大変なの。

戦士ギルドが持って来る素材なんて、大体がゴミ寸前よ?

無いよりマシだから使うけど、やってらんないわ。

その点貴方ならちゃんとした品を準備してくれそうだから、期待してるわね。」

「⋯一度に魔力草が10本必要なのは?」

「それが魔力回復薬を作れる最低の数だからよ。貴方が取ってきた品質の高い魔力草に、戦士ギルドが持ってきたクズ直前な魔力草を混ぜるなんてとんでも無いわ。」

「私が良いものを持っていけるか分からないけど、そんなに戦士ギルドが採ってくる魔力草って駄目なの?」

「貴方はこれだけ情報を集めて採取しようとしてるんだから、素材の質が良くなるに決まってるじゃない。

戦士ギルドからの持ち込みの中にはちゃんとしたものも無いとは言わないけど⋯まぁ9割がゴミよ。多分遮光瓶を使ってないんじゃないかしら?

若い新人ぐらいしか魔力草なんて取って来ないから、経験や知識が足らないって聞いてるわ。」

「あー、根っこまで傷つけないように採るのって面当だから?装備が良くなったら魔物を倒した方が稼げる?瓶が重いから持って歩きたく無くて、瓶に入れずに納品してるとか?」

「知らないけど、貴方がそう思うのならそうなんじゃ無いかしら?魔法鞄なんてあまり戦士は持ってないでしょうし。瓶を持ち歩くと考えたらそんな気がするわ。」

「それでも持ち歩く人も中にはいるから、時々状態の良い薬草が混ざって来ると⋯」

「なるほどね。深く理由なんて考えて無かったけど、そんな気がするわね。」

「戦士ギルドでその辺の指導しないのかな?」

「知らないわ。でも此方から苦情は行ってると思うわよ?

それで良くならないから、もう諦めるわよ。どうしても品質の良い素材が欲しければ、指名依頼をするか自分で取りに行くわね。」

「しめいいらい?」

「品質の良い素材採集する戦士に直接頼む方法よ。その分少しお金が必要になるけど、自分で取りに行けないなら仕方が無いわね。でも魔力草にはしないわよ。それよりももっと魔力の保有量が高くて良い素材があるもの。

もし貴方が成人してたら、私もそっちを採ってくるように言ってるわね。」

「それは今の私には難しい?」

「林の中に1人で入れるの?」

「あ、無理です。」

「そう言うことね。」

「ちなみにせっかくなので、今見える所に有りますか?」

「そうねぇ⋯」


お嬢さんは辺りをきょろりと見渡すと、スタスタ歩いて行く。

私は木の根っ子にえっちらおっちらしてたら、騎士さんにヒョイと抱き上げられてしまった。


「これがそうよ。

魔力茸って言うの。」

「まりょくだけ⋯あ、近くで見たいので降ろして下さい。運んで下さってありがとう御座いました。まりょくだけ⋯魔力だけ⋯」


口の中で繰り返し名前を呟いて覚えながら、騎士さんに降ろしてもらい。

お嬢さんが教えてくれた茸を至近距離で観察する。

見た目は綿菓子みたいにモクモクしてる。ただし色が紺色。

素手で触っても問題無いらしく、これもついでに採取の方法を教えて貰った。

根元を千切って瓶に入れる簡単なお仕事だった。

そりゃ根っ子まで掘る魔力草なんて誰も取らなくなるよ!と、心から思った。


「魔力草10本と魔力茸1本で、同じ量の薬が作れるわ。

しかも魔力草より魔力茸で作った方が質も良いのよ。」

「うわぁ~ヒドイ。魔力草要らなさそう⋯。」

「でも貴方には無理でしょう?」

「うぅ⋯2歳なのが辛い。」


魔力草より数は少ないけど、採取方法が明らかに楽なんだもん。理不尽。

ただし問題は林でも割と奥まで行かないと生えてない事だ。

魔力草はまだ林の入り口に生えてるけど、魔力茸は森に近付かないとほとんど生えて無い。

今は騎士さんに抱かれてるから此処まで来れたけど、付き添いがあっても歩いて来れる自信が無かった。

確かにこれは身体の成長を持たないと駄目だと思う。


「あとね?面白いのがこの魔力茸って甘い木の根元にしか生えて無いの。」

「え?!コレって甘い木なの?!」

「そうよ。入り口の方にも生えてたけれど、森の奥に行けば行くほど増えてくの。」

「この辺りなら持って帰れるから、生えてる木が少ないのかな?」

「さぁ〜⋯流石に私も自分で甘い木を採ったりしないから分からないけど⋯聞いた話では森の深い方が甘い粉が採れる量が増えるそうよ?理由までは分からないけれど、魔力の含有量が多いみたいなの。」

「ひょっとして木が減って太陽に当たるから素材が悪くなってる?」

「そうかも知れないわね。」

「じゃあ魔力茸が少ないのも太陽が嫌いだから?」

「そう言われてるけど、本当にそうかまでは証明されて無いわね。」

「何故ですか?魔力の量が減ってるって言われてるって事は、調べられてるんですよね?」


お嬢さんはまた魔法鞄をゴソゴソしてから、耳にかけるツルの無い眼鏡を取り出して見せてくる。


「これは魔力の量を見る鑑定鏡と言うのよ。見てごらんなさい。」


お嬢さんが私の小さな鼻に鑑定鏡をくっつけてくれた。

クリップみたいになってて、鼻に挟んで眼鏡をかける仕組みになってる。


「フフフ⋯似合うわよ。」

「えーと⋯魔力茸が黄緑色になりました。」

「そうね。白が空気中の魔力の量で設定されているのだけれど、白 水色 青 黄緑 緑 深緑 黒の順番に色が変わって行くの。黒が一番魔力の量が多いわね。」

「あ!それなら看板の黒って魔力が沢山有るってことですか?」

「そうね。でもあれは満月を現してるのよ。」

「まんげう?」

「満月。夜にまるくて明るい星が浮かんでるでしょう?月って分かる?」

「あ、月!満月!分かります。まん丸くなった月のことですよね。」

「そうよ。太陽はその眼鏡だと白く見えるけれど、月は黒く見えるのよ。そして黒は魔力の多さを示すから、看板に象徴として使われてるの。

あ、その眼鏡で太陽を見ては駄目よ?回復薬飲まないといけない羽目になるの。」

「此処から太陽なんて見えませんよ。」

「フフフ⋯これは必ず教えとかないと、目を痛める人が多いから説明するのがお約束なの。」

「なるほど⋯」

「それにしても、ウフフ⋯貴方、面白いわね。とっても可愛いわよ。」

「そりゃ⋯大人用の大きさですから⋯」


ん?と思ってクスクスしてるお嬢さんを見つめると、彼女は私から鑑定鏡を外して鞄に仕舞う。

アレだ。大人用のサングラスかけてる幼児になってたんだと思う。

そりゃ面白い顔になってるだろうね。


「今見たように陽の光を当てた素材の色が変わって行くのを見て、魔力が減っていくのは分かったの。でも何故そうなるのかは、見てるだけでは分からないのよ。周りの空間の色が変わって行けば外に出てると分かるけれど、そんな事は無くて、魔力が減った分素材に何か変化が有れば良かったんだけど、それも無いでしょう?だから謎のままなのよ。」

「つまり魔力が減るのは分かったけれど、減った魔力が何処に行ったのか、何の働きをしたか分からないと。つまり陽に当たると魔力は消えるって事ですか。それってそれで証明に成りません?」

「何の為によ。」

「生物が生きるためとか?」

「どうやって証明するの?」

「そうですね。今の私ではまだ難しいみたいです。」

「ふぅん?相変わらず強気ね。」

「一応思い付きは有るので。」

「フフフ⋯聞かせてくれないのは何故かしら。」

「そう思った理由を説明するのが難しいんです。なのでいつかきっと相談するかなと思います。楽しみにしてて下さい。」

「ウフフ。生意気ね。」


おデコをツンと押されたけれど仕方が無い。

何せこの世界に酸素の概念が有るのか分からないし、あったとしても関係無いかも知れないから、こればかりは実験しないと行けないけれど。

今思いつく実験て瓶の中で火が消えるまで燃やした後に、何かの素材をいれてお日様に当てたあと、また火がつくか実験をする、ぐらいしか思いつけない。


瓶の中の空気の種類が調べられない以上、どんな変化が起こったのか証明は難しい。

じゃあ空気の中に種類がある事をどうやって説明したら良いのか、前世の記憶の中にそれに対する知識が全くないのだ。

空気の中に種類が有ると知ってる割に、片手落ちな知識だよね。まあ何時もそんなもんだから、仕方が無いけどさ。


「さぁとっとと喋りなさい。」

「はい?」

「貴方思いついたんでしょう?何を考えたのか言いなさい。」

「えぇ~!無理です。」

「どうして無理なの?」

「それが正しいって証明が⋯」

「そんなもんどうだって良いから思いついたこと全部喋りなさい。そもそも何も勉強してない2歳児が証明なんて出来てたまるもんですか!」

「ええぇ〜?!」


困った。非常に困った。

ギルバートさんが気の毒そうな目をして私を見下ろしている。

カルマンさんは我関せずで辺りを警戒中。

どれだけ迫られても空気の話は出来ない。前世云々まで言わないと説明出来ないから。

代用出来るもの他には無いかと、必死になって考える。


「えぇ~と、竈門に木を入れて火をつけたら燃えます。」

「うん。それで?」

「木が黒くなっても炭って言って、火をつけたらまだ燃えてます。」

「うんうん。それから?」

「灰色になったら火が消えました。火をつけてももう燃えません。」

「ふむ。それで?」

「木を素材、火を太陽として考えました。火をつけた木は熱くなってお料理に使います。ずっと火をつけてたら木が使えなくなるまで燃えてしまいます。

そう思った時に月のことを思い出しました。


えぇ~と、もし太陽が魔力を消す働きをするとしたら、月は魔力を増やす働きをするのかな?ってお姉さんの話を聞いて考えました。もし太陽が無くて月しかなかったら魔力がどんどん増えていきます。


今度はヤラマウトを思いました。

お母さんヤラマウトは森から出て来たら魔力が無くなって死んでしまいました。

人は魔力の少ない所で生きてるのに、魔力が沢山ある所でも生きて行けるのか不安になりました。逆のことをしたヤラマウトは死んじゃったからです。

なのでもしかしたら太陽は魔力が増えすぎないように、魔力を消してるんじゃ無いかと考えました。人が生きるために。

えーと⋯こんな感じです。

でもそれをどうやって証明したら良いのか私は良く分かりません。」

「⋯⋯⋯」


気が付いたらお嬢さんは膝を抱えて小さく蹲っていた。

長くて綺麗な金髪が地面についてるのを見て「貞子の金髪バージョン」て単語が頭に浮かんだ。


木の根っ子に添えていた細くて白い綺麗な指がドンドン力がこもって行って、最後にはギリギリと爪を立ててるせいで、綺麗だった手の甲に筋が幾つも浮かんで行く。


「これだから天才ってヤツわーーーーー!!!!」


突然スクッと立ちあがると真上を向いて絶叫したので、私も騎士さん2人も物凄くビックリした。

私とギルバートさんが唖然としてたら、カルマンさんがバッと周囲に鋭い視線を向けてキョロキョロ警戒を深める中。


「これ!だか!ら!天才!ってヤツわ!!!」


お嬢さんは突然真横にあった木を1言叫ぶ度にゲシゲシと蹴りつけて発狂している。

私は困って真横にいるギルバートさんを見上げたら、私の視線に気付いたギルバートさんも困った顔をして私を見下ろす。

どうやらギルバートさんもお嬢さんが突然発狂した理由が分かって無いらしい。


「そんなにキョロキョロしなくても良いわよ!どうせ魔物が来ても私が全部燃やし尽くしてやるんだから!!!」


何故だかカルマンさんの方を向いて、お嬢さんが八つ当たりに走った。


「燃やしたら駄目です!」

「分かってる!!!」


だから私が思わず叫ぶと、逆に怒鳴り返されてしまった。

お嬢さんにあるまじきご乱心ぶり。

それから毛を逆立てた猫みたいに物凄い顔をしてフーフーしてたけど、突然へニャリと眉毛が八の字になってバッと両手で顔を覆った。


「もおおぉぉぉ〜⋯何なのぉぉ〜貴方っていったい本当に何なのよぉぉぉ〜⋯もぉやだぁぁぁ~⋯」

「⋯リリアナ、2歳です。」

「煩い!」


泣いてたから励まそう?と思ったら叱られた。

煩くして無かったと思うが、まぁ気持ちは分かる。

ワザと気分を逆なでした甲斐があったと言うものだ。


「はぁ~⋯出来るわよ。」

「はい?」

「貴方が言う、証明ってヤツ⋯」

「あ、そうなんですね。」

「軽い!」

「それでどうやって証明するんですか?」

「簡単よ。死刑が決まってる罪人を、魔力濃度を高めた部屋に入れたらイチコロじゃない。

生き残れたら証明失敗、死んだら成功。ホラ簡単でしょ。」

「罪人さんが可哀想なのでヤメてあげて下さい。」


何かもう開き直って、アメリカンなポーズで両肩を竦めたお姉さんが明るく物凄い事を言い始めたからビックリする。

だから本気で嗜めてたんだけど。


「可哀想?そんな訳ないじゃない。錬成師の歴史に名を残す実験に参加出来るのよ?こんな名誉な事なんてないわよ。」

「またまた。」

「何がまたまたよ。

これだから腹が立つのよ天才ってヤツは。」

「私は天才じゃ無いです。」

「貴方が天才じゃなきゃ、私みたいな凡人がやってられないのよ!」


また大きくゲシ!と、木が蹴られた。

葉っぱが上からハラハラと落ちてくる。

何というかスマンな。


「良い?貴方は今、新しい世界の概念を紐解いたのよ。

ウェスタリア所か世界中の!

高名な!

歴代の錬成魔導師達ですら誰一人解明出来なかった概念の1つを!

貴方がこの瞬間に明らかにしたのよ!!!

分かる?!

白金貨なんて目じゃ無いわよ!

学校なんか行かなくたって、貴方はもう立派な錬成師なの!」

「そんな馬鹿な。だってまだ本当にそうか実験も何もして無いんですよ?

それに錬成師の勉強なんて何一つしてないのに⋯」

「しなくたって結果はもう分かり切ってるわ。

知識なんて幾らでも周りの人間が貴方に与えたがるわよ。

貴方に必要なのは時間だけ。

何せその年でこれだけ物事が考えられるんですもの。

その才能はたった1日あれば、錬成師の誰もが認めるに決まってるわ。

それでもそうね。

貴方の理論が通用するのか実験するのは、論文の格好つけのため必要ね。

でも実際には不要なのよ!

何故なら貴方が立てた理論が有れば、納得の行く疑問が他にも有るから!

太陽が魔力を消す!

月が増やす!

そりゃみんな薄々気付いていたのよ。でも貴方みたいに広い視野が無いから消えた魔力の行方ばかり探し続けて先に進めなかったの。

月に関連性のある素材がとても魔力が高くても、幾ら調べたって謎が解けなかったのよ?!

でも貴方が新しく紐解いた概念を使えば、全ての疑問が明らかになって研究が先に進めるの!

これがどれだけの偉業か、もう⋯本当に勘弁してよおぉぉ〜。

これだけ説明してるのに、どうしてそんなにのほほんとしてるのおぉぉ〜」

「お姉さんが思いっ切り動揺してるからですかね?

それに偉大だか何だか、私はどうでも良いです。学校に通えて錬成師の勉強が出来るんなら、有り難いことです。」

「甘い!!!」


しみじみと思ってたら、目を三角にしたお嬢さんが思いっ切り吠えた。


「貴方みたいな何の力も無い農民出の平民が、世紀の大発見をしたなんて、頭が理解しても感情がついて来ないわよ。

私なら間違い無く家族から引き離して養子にするわね。

雁字搦めに契約を結んで逃げられないようにしてから学校へ通わせて、素知らぬ顔で卒業した頃にその画期的な概念を論文にして出させて世界を震撼させるわ。

ねえ、貴方はそんなバカの為に後13年も部屋に閉じ込められる様な不自由な生活を送りたいの?

学校に行ければ良いだなんて綺麗事、絶対に言えなくなるわよ!」

「あ、はい。それじゃあお姉さんが考えたことにして発表して下さい。

私はお姉さんに学校へ行く援助をして貰えたらそれで良いんで。」

「良い訳有るかーーーーー!」


お嬢さんはまた真上を向いて絶叫した。

また振り出しに戻ってしまった。


「私を馬鹿にするのもいい加減にして!

私は私の力で錬成師になるの。

他人の成果を横取りするような真似は死んでもやらないわ!

そもそも貴方と同じ情報を持ってるのに、私には貴方みたいな道筋がまるで見えて無かったのよ?

横取りしたっていつかはボロが出るに決まってるわ!

えぇそうよ!

私は天才の貴方なんかと違って地面を這いずるしかないの!

それでもプライドを捨てて、偽物の羽を纏って地面に落ちるよりよっぽどマシよ!」


お嬢さんはひとしきり怒りの咆哮を挙げた後は、フーフーと荒い呼吸を繰り返しながらギラギラとした鋭い眼光を私に向けて来る。


⋯くっそ面倒な。

私は心の中で大きなため息をこぼす。

それでも拉致監禁は嫌なので、落ち着いて厄介ごとを引き受けて貰える様に頑張らねば。

はぁ〜ヤレヤレだぜ。

憂鬱な心地で私は1つ大きなため息を吐き出す。


「では2人で見つけた発見にすれば良いんじゃ無いですか?

実際お姉さんが私に色んな情報をくれなかったら、たどり着けなかった話です。

ヤラマウトのことだってお姉さんが死体を発見しなかったら、マルお兄ちゃんが大変な目にあった。って事しか私は思わず過ごしてた訳ですし。村人や戦士全員が一斉に大規模捜索した所で、ヤラマウトの死体を見つけられたとは思えません。

他の誰でもない、お姉さんの行動が無ければ得られなかった着眼点だと思いません?」

「⋯それは⋯」

「もし私が出会っていたのがお姉さんのししょーだったとして、魔力草の情報と交換してくれたと思いますか?

お姉さんの様に調査に出て、私にこうやって接してくれたと思いますか?」

「⋯⋯貴方にさっさとお店で教えて終わってた話になるわね。私は見習いから錬成師になるのに必要な論文のネタを探してたから飛び付いたけれど、師匠にはもう必要の無いもの。」

「つまり私達2人が出会わなければたどり着け無かった理論と言う事になりますよね?」

「⋯はぁ~⋯⋯」


ギラギラがどんどん無くなって行くと、お姉さんはまた真上を見上げて大きなため息を吐き出した。


「取り敢えず明るい所に出ませんか?此処よりは安全だと思うし、ちょっと気分を変えたら良い考えが浮かぶかも知れませんよ?」


ノロノロとした動きで、お姉さんがまた私に視線を戻したら、小さくコクリと頷いた。

2人の騎士さんが小さく吐息を漏らしたのを感じて、私は第一関門の突破を実感出来た。


それからまた私は幽霊みたいに覇気が消えたお姉さんと一緒に林から出て、馬モドキとトカゲで人工小川に向かった。

特に小川に用があったわけではないけど、お嬢さんが小川の近くで馬モドキの足を止めたので、自然とそうなった。


「ギルバートお兄さん。お姉さんの近くに行きたいです。」


馬モドキの上からぼんやりと小川を見下ろしてるお姉さんの横まで、ギルバートさんはトカゲを進める。

馬モドキからあぁん?みたいな気配を感じたけど、トカゲはガン無視してくれたので、私はお姉さんの真横に行くことが出来た。


「お姉さん。

凄腕の狩人と聞いて、それはどんな狩人だと思いますか?」

「⋯さぁ⋯狩人が何をしてるかなんて私は知らないわ。」

「じゃあギルバートお兄さんはどう思いますか?」

「良い獲物を狩れる狩人の事を言うのでは?」

「カルマンさんはどうですか?」

「ぬ?⋯」

「凄腕の狩人と聞いて、どんな狩人だと思います?」

「あぁ⋯ギルバートの言う様に強くて価値の高い獲物を狩れる狩人だろう。」


お姉さんは小川から視線を外す事もなく、興味無さそうに話を流す。

ギルバートさんは私に同情してくれたのか、一応ちゃんと答えを返してくれた。

カルマンさんは自分に話を振られると思ってなくて油断してたけど、全く何も聞いて無い訳では無かったらしく、ギルバートさんと同じ答えを返してくれた。


「これは春に親族が集まった時のお話なんですが、狩人に興味のある従兄弟や私の兄が、凄腕と言われてる叔父さんに話をせがんでた時に聞いたお話です。」


そう前置きをして私の尊敬するオジサンの話を進めていく。


「私はそれを聞いて本物の狩人はとても凄いと思いました。

狩人が逃げることを決める時、獲物の知識とか現場の環境とか自分や仲間の体力とか技術とか、そう言うのをとても短い時間で間違えないように決められる人が凄腕って思う、この村の狩人を誇りに思って感動したんです。

何せ外から沢山の若くて未熟な戦士達が来るので、狩りやすい安全な狩場ではロクな狩りにならないから危ない所に行かないといけないんだと思います。

家族を養うことと安全を両手に乗せて、安全を選べる心の強さを感じたと言いますか⋯。

逃げてばかりだと家族が飢えるので、とうしても安全を犠牲にするのが普通なので、そのギリギリを求められる狩人しか、ウチの村では生き残れないんだと思ったんです。」

「⋯なるほど。逃げられる狩人が凄腕とは、確かに口で言うほど簡単な事では無いな。

死ねば家族を養えないが、逃げてばかりも養えず、命を落とす者が多いなかで見つけた真理なのだろう。」

「うむ。素晴らしい話だと私も思う。逆に騎士は逃げてはならんと教えられるからな。」

「騎士様が逃げると守られている者が困るからですね?

それはそれで厳しいお話だと思います。」

「騎士は死ぬのも仕事のウチに入るのだ。」

「家族は苦しいでしょうね。」

「そうだな。それでも守らねばならぬものが有る。それが誇りだ。」


私は2人の話を聞いてホーっと大きく息をついた。


「有り難いお話です。

カルマンさんとギルバートさんが騎士様で本当に良かった。

ギルバートさんはサラディーン・ラジェス・ダンジェロ様の護衛だと言わてたので、護って頂けると信頼出来ます。

戦士の護衛ならお金を払えば売られちゃいますから。

大事な情報。」


それまで柔らかかった空気がピシリと固まった気がする。


「私は凄腕の狩人の姪なので逃げようと思います。

農民出の平民の子供ですし、命をかけたり家族と離される様な危険とは関わりになりたく有りませんので。」

「⋯それは⋯」

「無理よ。」


気まずそうにギルバートさんが呟いた時、小川を見つめたまま感情の消えた淡々とした声でお嬢さんが割り込んだ。


「貴方が見つけた理論は闇に葬れるような軽いものじゃ無いわ。

私の錬成師としてのプライドにかけて、単独での功績なんて望むつもりも無いもの。」

「ではお姉さんとお姉さんのししょーさんとその功績とやらを分けて下さい。

私は要りません。」

「錬成師になるんでしょう?この功績が有れば世界が貴方を認めるわよ。」

「要りません。

捨てた所で普通の功績とやらをまた見つけます。」

「ふ⋯天才様だものね。」

「いえそうじゃ無いです。

えーと⋯錬成師はお姉さんみたいなお金持ちの人ばかりなんじゃ無いですか?

だからあんまり価値観にズレがないので、みんなが同じような視線になってるんじゃ無いかと思うんですよ。」

「⋯まぁ否定はしないわ。似たような環境で生きてたらそうなるのは普通でしょうね。」

「多分私みたいに恵まれ無い環境の人間が錬成師を目指すのって珍しいですよね?」

「皆無と言っても良いんじゃ無いかしら。

まだ魔法師の方は魔力さえ有ればなれるから、平民出の話は聞くけれど⋯錬成師は使う資金が大きすぎるから難しいわね。」

「今回の話にしてもですよ?

ご飯を作る時に燃える薪を実際に見たことある人って、錬成師の中にいると思います?」

「お生憎様暖炉があるから全員見てるわよ。」

「では私みたいな子供の錬成師はいますか?」

「いるわけ無いじゃない。

錬成師の勉強は魔法師や魔道具師の比じゃ無いのよ。

子供になられてたまるもんですか。」

「そしたら子供の視線と大人の視線で違いが有るとは思いません?」

「⋯どう言うこと?」

「私は毎日が謎だらけなんです。魔法が何かも知らないし、お空が青いのもどうしてだか分かりません。夜じゃなくてもお月さまが見える昼もあるから、不思議な感じがしています。

お姉さんはどうですか?」

「⋯空の青さ⋯?」

「はい。お空はどうして青いんですか?」

「⋯神がそんな風に作ったと聞いてるわ。」

「それは誰かに聞いたお話ですよね?」

「そうね。」

「それならお姉さんはお空が青い答えを知ってるから、私みたいに悩みませんね。」

「それが視線の違いと言いたいのね。」

「世界中にいる知らない誰かから褒めて貰うより、お母さんにギュッて抱き締めて貰える方が私にはずっと嬉しいです。

お姉さんがそう思えないのは、私みたいな子供じゃ無いし、頑張って沢山錬成師の勉強をして色んな知識を持ってるから、功績と言うものがキラキラした宝物に見えてるんじゃ無いですか?」

「⋯」

「世界の謎もおんなじです。

お姉さんは沢山物を知ってるから、不思議に思わないことも、私は知らないから謎だらけ。 お姉さんが私を天才だと勘違いするのは、私が同じ年の子供よりちょっとだけ賢くて考え方が違うから。


皆は身体を使って小石を転がして、小川から食べられる物を探すことしか知らないけれど、私は魔法草を探してお金を稼ぐ方法も、お姉さんから甘い粉を買える事も知っている。


甘い粉の価値を知らない人からしたら、あんなに少ない粉を買うぐらいなら、お腹が膨れる小川の獲物の方が良いと思うと思いませんか?

私が思う視線の違いと言うのはそう言う事だと思います。

まだ知識が少なくて言葉を知らないので、上手く説明出来ないから、分かりにくくてごめんなさい。」


お姉さんだけじゃ無く、ギルバートさんやカルマンさんにまで大きなため息を吐かれてしまった。


「いいえ、とても分かりやすかったわ。貴方は私が思うよりずっと広く物を考えている。だから私には宝石に見える物が小石に思えるのね。価値観や見ている目が違うから。それが貴方の言う私と貴方の視線の違い。

そう言う事でしょう?」

「はい、そうです。」


私はホッとして笑顔を咲かせた。


「私は宝石を捨てられ無い。

もう二度と手に入れられない、貴重なものだと知ってるから。

でも見つけたのは私じゃ無い。あげると言われても喜べない。

それがしたらいけない事だと、教育を受けていて、そんな考え方を誇りに思うから。

⋯そうね。貴方には無いものね。

努力してきた時間が違うもの。生きて来た時間が違うから。

私がどれだけ言葉を尽くしても貴方に理解して貰えない様に、貴方がどれだけ言葉を噛み砕いてくれても、貴方の考え方を私が共感も賛同も出来ないのと同じ⋯か。

ようやく貴方が伝えたかった事が分かったわ。

それと同じ理屈で私以上に時間を積んで努力してきた人達に、貴方の想いは伝わらないわね。

私ですらこんなに難しいもの。

困ったわ⋯。」


華奢な肩を落として小さく零すお嬢さんが、とても疲れてる様に見える。


「サンダース。

貴方にはこの子が何に見えてる?」

「⋯とても賢く、善良な幼子に見えます。」

「カルマン。貴方は?」

「は。⋯⋯見た目は平民の赤子。ですが魔物?いえ⋯とても善良なので精霊⋯でも幼いので妖精ですか?」

「フフ。面白い考え方ね。

同じ騎士でもこうまで違うのも不思議だわ。

ギルバートには人間の子供に見えるのに、カルマンには人外に見えるだなんて。」

「申し訳有りません。おとしめるつもりも(けな)すつもりも無いのですが⋯」


お嬢さんは気晴らしになったのか、ちょっと雰囲気が明るくなり。

カルマンさんを見たら、ゴメン!て顔をして焦ってる。

渋いイケメンが可愛くなった。


「私には黒魔石に見えてるから、貴方の方がよっぽどマシね。」

「は?」

「黒魔石ですか。」

「そうよ。色んな意味でね。

神が錬成して作ったミシリャンゼの黒魔石と言った所かしら。」


お嬢さんが得意家に人指を振りながら言うと、カルマンさんは意味が分かんない!て、顔をした。

ギルバートさんは声色が沈んだ形で考えながら呟いてる。

真後ろなのでどんな顔をしてるか気になって振り返ったら、眉尻を下げて困った顔で見下された。

超がつくイケメンを、至近距離で見ちゃって少しドキドキする。

イケメンて鼻の穴の形も綺麗だった。

ちょっとビックリ。

カルマンさんも髭を剃ってるけど、なんか薄っすら生えてるのに、ギルバートさんのお肌はツルツルしてる。

男性にしか見えないのに、美人て男の人に使っても違和感の無い人が居るんだと、世界の不思議を見つけた気分がした。


「その黒魔石をこの子は捨てろと言うの。自分は炭だって言い張って。」

『あー⋯』

「黒魔石って何ですか?」


騎士2人がメッチャ分かる!みたいな同意の声を漏らした所で、そもそも私だけが黒魔石が何なのか分からない事に気付いた。


「8級以上の魔物を倒さなければ手に入れられ無い高価な魔石ね。魔物の名前を言ってもどうせ分からないでしょうから、そうね。今回見つけたヤラマウトの成体が5級の魔石を持ってるわね。幼体は少なくとも2級。

数が増えれば増えるほど魔石の価値は上がって魔物もより強く大きくなるの。

8級の魔物は存在も少ないけれど、倒すのがとても難しいわ。

倒せても必ず黒魔石が出ると限らないし、9級はそれ以上に希少ね。

そして10級の魔物を倒せる人間は居ない。むしろ手の届かない魔物を10級指定にしてるわね。

だから黒魔石は存在するけれど、とても貴重で白金貨の上の更に上の貨幣として扱われてるわ。」

「白金貨の上の上⋯」

「ちなみに白金貨の上が神赤金よ。」

「⋯しんかきん?」

「神の金貨。作るのがとっても大変な金貨ね。光を纏ってる赤い色をしてるわ。黒魔石は加工が出来ないのを思えば、貨幣の形としては最後になるわね。」

「実は私、昨日父に貨幣を教えて貰ったんですけど、金貨より上に白金貨が有るぐらいしか知らなかったんです。

でも貨幣って、銅貨100枚の上は銀貨1枚、銀貨100枚で銀板1枚、銀板10枚で小金貨1枚、小金貨100枚で金貨1枚。金貨50枚で金板って具合に全部バラバラで⋯金板何枚で白金貨なんですか?

と言うかどうしてそんなにバラバラになるんです?」

「簡単だわ。金以上の形態は神赤金まで同じよ。小貨、貨、板で単位も同じ100と50。

金貨100枚が金板1枚じゃ無くて半分なのは重すぎて不便だから。板が100じゃ無いのも同じ理由ね。

あと銅に板が無いのは柔らかくて曲がるからって聞いてるわ。


それで銅や銀は貨幣の種類が少ないのは、それ以外に使い道が多いからよ。

銅は加工しやすいから生活用品や魔道具なんかに良く使われてるし、鉄や銀は武器や装備に使われるわ。だから貨幣として消耗したく無くて種類が少ないの。

銀に小貨が無いのは貨の大きさがそもそも小貨だから。

あと金鉱山の数がこの国には他の鉱山より多いから金貨が一番作られるの。

白金は金を採る時微量に出て来るから価値があるのと、神赤金は赤魔石と金を合成して作ってるの。

ちなみに赤魔石は4級以上の魔物を倒せば手に入るわ。一番小さいものでも1つ小金貨1枚から買えるわよ。」

「わぁ、すっごく分かりました。」

「最近黒魔石の価値が高くなり過ぎて、神赤金以上の貨幣を作る話が出て来てるから、増えるかも知れないけどね。」

「おっふ⋯」

「それぐらい黒魔石って価値の有るものと認識出来れば良いわ。」

「そんなもので私を例えないで下さい。」

「何を言ってるの。これ以上似合う表現なんて無いじゃない。貴方の認識がそれだけ世間からズレてるのよ。」

「世間じゃ無くて錬成師の認識では?」

「価値のあるものを錬成師がそれだけ産み出してるの。だから上の認識は錬成師の認識と同じだと思いなさい。」


傲慢が過ぎる気がするけれど、作った物の需要で値段が決まると思えば、錬成師の認識が上の認識と言っても良いと言うのは、あながち間違いじゃ無いのかも知れない。


「つまり錬成師はお金が一番稼げる職業ってことですか?」

「そうね。でも問題は一番稼げるけれど、一番お金を消費するのも錬成師って所ね。」

「んん???」

「この国で一番人数が多い職業の戦士達が持って帰ってくる魔石を、仕事で一番消費してるのが錬成師なのよ。

魔導師や魔導具でも使うけれど、使用量が錬成師と比べ物にならないわ。」

「つまり一番お金を稼げるのに貧乏になる錬成師もいると⋯」

「そうよ。商人より破産しやすいんじゃ無いかしら。」

「うわぉ。」


怖!錬成師怖!!!

思わずアメリカンな声が漏れるぐらいビックリした。


「まぁそれで戦士達を養える面も有るから、国としては何も問題が無いのよね。

破産しても犯罪さえしてなければ、やり直しが効くのも錬成師だし。」

「あー⋯なるほど。」


ちょっと救いのある話に全身でホッとした私を見て、上品なお嬢さんの顔がイタズラ小僧みたいにニヤリと歪む。


「国立魔法学院に入って卒業したら、魔法師や魔導具師はそれで見習いでは無くなるけれど、騎士や錬成師はそこで初めて見習いと名乗れるの。

何故なら人気の高い職業だから、学問を修めただけでは1人前と認めて貰えないぐらい、難易度が高い職業になってるのよ。」

「あー⋯なるほど?」

「錬成師はお金も名誉も得られるし、騎士も同じね。

騎士は稼ぐ単価は錬成師より劣るけれど、消耗する金額が錬成師より遥かに少なくて済むから、死亡率は高くても割とお金持ちになりやすいわ。」

「なんと!だから騎士は逃げない選択を選べるんですね?稼いでるから、死んでも家族を養える⋯」

「状況にも寄るでしょうけれど、そういった意味も有るでしょうし。

騎士が逃げたら護られる者も死ぬ事も有るから何とも難しい所でしょうけれど。

本当の意味で1番騎士が逃げられない理由は、騎士に憧れて来た大勢の人間を蹴落として、その立場に居るからでしょうね。


逃げ出す者に騎士の資格は無いとされれば、騎士は生きて逃げるよりも死を選ぶ。

そうすれば騎士の枠が1つ開くから、そこに他の騎士見習いが滑り込めると言った所ね。

騎士見習いが騎士になるには、権威のある者に雇われるか、7級以上の魔物を倒せる実力が無いとなれないから。」

「うわぁ~、厳しい!」

「そうよ。7級以上の魔物なんて単独で倒す様な魔物じゃ無いわ。挑んで死んでいく見習いは少なくないわ。


それと同じ様に錬成師見習いから上に昇格して1人前の錬成師と名乗るには、学会が認める成果を必要とされてるの。

私が必死になって変質したヤラマウトを探しに来たのも、研究するのに値する良い題材を求めていたからよ。

とっても厳しいわよ。

騎士と比べれば死ぬ事は少なくても、黒魔石が高騰化するぐらい金銭の消耗が激しくて、破産しては夢を見て藻掻いてる見習いも、諦めて一生を見習いで過ごす者も多いわ。

そこで貴方が見つけた概念を立証する理論をぶち込んでみなさい。どれだけの数の見習いが1人前になれるか。

勿論中には無駄な研究をしていたと分かって絶望する人も多いでしょうね。それこそ死人が出ても可怪しく無いぐらい。

かかった費用と年数が多ければ多いほど⋯。」

「ひぃぃ〜!やめてーー!」


両手で頬を覆って叫べば、ようやく分かったか!と言わんばかりにお日様みたいな笑顔を向けられてしまった。


「ミシリャンゼの黒魔石⋯」

「もはやウェスタリアの黒魔石では?」


愕然とした様子でギルバートさんが呟けば、カルマンさんが小首を傾げながら突っ込んだ。

それを聞いてお嬢さんが両手でパチパチ拍手をし始める。


「嬉しいわあ〜!

ようやく分かってくれたのね、私のこの絶望!」


実に輝かんばかりの良い笑顔。

逆に私はどんよりとした気持ちで、背中がまるまって行く。


「発表したら殺されそうです。でも逆に女神様にもされちゃいそう?」

「そうよ。そうなの。

この世紀の大発見を明かせば、正しい研究をしてても先に進めずに潰れる者を救えるでしょうし、逆に心を潰して闇落ちする者も出て来る⋯」

「ほんとに発見になるんです?みんな薄々そう気付いてたんですよね?」

「そうよ。気配はほとんどの者が察してたでしょうね。

でも目が曇って見え無いと言うか、勉強や経験による思い込みの弊害と言うべきか。

この発見までにはどうしても至らないのよ。

それこそ貴方が2歳で、何も知らない子供だから出て来た発見なの。そして2歳では大人に分かる様な説明なんて出来ない。

説明が出来る頃には、きっと消えてしまうわ。

何故なら物の価値が分かれば、錬成師を農民出の娘が目指す難しさを学んでしまうから。」

「でも私はサラディーン・ラジェス・ダンジェロと出逢った。私に足りない知識と経験をもった賢人が、農民出の子供の呟きから、そのうち消えて行く世界の真実を掴み取ったと言った所です?」

「アハハハ!まるで神話ね!」

「まだ教会に行ってないので、神話は何も知りません。」

「呆れた。7歳でなくても教会には何時でも行って良いし、神話も聞けるわよ。教育に利用するだけ利用して、どれだけ信心が薄いのかしら此処の村人は。」

「生活が大変なだけで、信心が薄い訳では無いですよ?」

「貧乏だものね。農民は。」

「黒魔石よりもアムルの方が美味しいし、生きるのに必要だと思うんですけど⋯」

「そうね⋯そんな貴方だから、世界の概念が見えたのでしょうね。

やっぱり無理だわ。

貴方が貴方の価値観と言葉で説明しなければ、誰もこの発見を受け入れられない。

私は潰されてしまう⋯」

「お姉さん⋯」


馬モドキからストンと降りたお嬢さんが、一歩だけ近づくと手を伸ばして来た。

冷たい指が私の右手にそっと触れる。


「お願いよ。

私は今まで寝る間も惜しんで本を読んで勉強して来たの。

親や世間の重圧を死に物狂いで払う為に、血の滲む様な想いをして生きて来たわ。

そしてようやく掴んだ誇りを、私はどうしても踏みにじる事が出来ないの⋯ごめんなさい。

本当にごめんなさい⋯」


トカゲに額を押し当てたお嬢さんが、涙を溢しながら呻いている。


「貴方は紛れもなくウェスタリアの黒魔石よ。でもそんなもの、貴方には地面に落ちた小石ほどの価値が無いことも分かるの。

どれだけの危険が貴方の身に起こるかも分からない様なものなんて、凄腕狩人の姪の貴方が捨てたくなるのもちゃんと理解したわ。

それでも世界中で研究を続けてる錬成師や困難を迎えてる人を救う力が、貴方が見つけた小石には有るの。

なるべく貴方に被害が及ばない様に守ろうとしても、私の腕は短くて力はとても弱いのよ⋯

師匠でも私よりは少しマシな程度ね。

それでも偉大なる私の師匠なら、貴方を世界の脅威からミシリャンゼの黒魔石ぐらいに誤魔化してくれるかも知れない。

それもとても難しい事だと私は考えてるわ。

でも私に出来ることは、それが精一杯なの。

どうかお願い。

貴方が見つけた小石を使わせて欲しい。

それがあれば私も師匠も世界から消されずに、誇りを守れる気がするの⋯」


私は悩んだ。

でも悩むのには情報が足らないことに直ぐに気付いた。


「⋯具体的に言うと?」

「全ては師匠の御心のままね。」

「おっふ⋯」


こうして私はドナドナされる事に決定する。

ドナドナって、なんぞ?

なんか切ないイメージが有るけど、良く分からなかった。


「そのうち師匠には逢ってもらう事になるとは思うけれど⋯いつどんな風に逢う様にするかは、師匠と厳密な相談してから貴方に伝えるわ。」

「あの⋯」

「貴方の希望は家族と共に過ごす事と、錬成師の知識を学ぶ為に必要な援助をする事で良いかしら?」

「えーと⋯」

「少し錬成師の知識を与えるかも知れないけれど、錬成する技術は全て学校へ通うまで伝えられないから、そこに行くのに必要な知識を与える事にするわね。」

「それは有り難いです。」

「でも資金はビタ1文援助しないわよ。」

「へ?」

「当たり前じゃない。

貴方の持つ感覚が、貴方の視線を育てるのよ?

貴族の様な援助なんてしたら、黒魔石を砕くのと同じことだわ。」

「あー⋯なるほど⋯えー!

それって金銭援助は出来るけれど、苦労しとけってことですか?!」

「ウフフ。だって貴方は簡単にお金を稼げるのでしょう?

だったら何も問題無いじゃない。」

「ぐは!」


後頭部をゴチンと鎧にぶつけて頭が痛かったけれど、それよりも少しでも情報が欲しくて広げた大風呂敷に、首を絞められた心地で息が苦しくなった。

今私の目の前から白金貨が飛んで逃げた。

これは苦しい。


「それに面白いじゃない!

銅貨1枚も持ってない貴方が、知識を使って何処までお金を稼げるのか、楽しみだわ!」

「私は玩具じゃ無いです!」

「えぇ!勿論そうよ。

玩具みたいな可愛い代物で有るものですか。

ミシリャンゼの黒魔石に擬態するのも難しい、ウェスタリアの黒魔石ですもの。

小石を捨ててどれぐらいで、新しい知識を使って白金貨を掴めるのか、私は楽しみにしてるわね。黒魔石さん。」


マルセロを噛んだヤラマウトを退治するのに使ってた、マルクのナイフの幻覚が、ドスドスと私に突き刺さって来る。


「なるほど!凄腕の狩人の姪は凄腕の狩人では無いから、逃げられぬのだな!」

「うっわ!

カルマンさんがいい事言ったって顔してる!」

「アハハハ!確かに!

カルマンの言う通りだ。

姪は単なる姪だからな。

教えを受けた所で逃げる技術も知識も無いから、逃れるのは難しいと言うことか。」

「くうう!頑張って逃げれるようになる!」

「その意気よ。

頑張って世界の脅威から逃げられる様に賢くなりなさい。

貴方がミシリャンゼに居たいのならね。」

「つまりミシリャンゼの黒魔石からは逃げられない?!」

「当然でしょう。

ミシリャンゼから逃げるつもりが無いならそうなるわね。

貴方は錬成師になるんですもの。」

「あー⋯確かにぃぃ⋯契約なんてする必要もないですもんね⋯」

「今の所はね。

成人前にはする必要も出て来るでしょうけれど⋯それぐらいになればミシリャンゼの擬態も難しくなるでしょうし、丁度良いんじゃ無い?」

「はぇ?」

「だって貴方は元々ウェスタリアの黒魔石なんですもの。

錬成師になる為にお金を稼いでれば、いずれはそうなるわよ。」

「あーーーー!!!

錬成師になるのに頑張れば頑張るほど目立つって事になる?!」

「ですからそれまでの間、世界の脅威からちゃんと逃げられる様に、狩人の言う技術を磨いときなさいね?」


ポンポンと気楽な様子で太腿を叩かれた。

呆然としてる私にお嬢さんは朗らかな笑い声を残して、ヒラリと馬モドキに乗ると。


「さぁ~帰るわよ!」


意気揚々と走って行く。

ドカドカ響く音と振動に揺られた私が気が付いた頃には家の中にいて、心配そうな顔をしている家族達に囲まれた状態で見つめられていた。



黒魔石ムーブ

チートは無い

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