断罪イベント365ー第52回 泣かない王子の涙を一滴だけ落とさせるには?
泣かない王子――
それは、感情の堰を固く閉ざした人。
黒幕ラボの構成師たちは今日も考える。
「どうすれば、あの王子の心をほんの少しだけ動かせるのか?」
**“涙を許せる空気”**を創り出す――それが、構成家の本懐である。
「泣かない王子、ですって?」
クラリ嬢の声が、静かにサロンに響く。
「ええ、王都でも有名です。“断罪されても笑ってた”って噂の」
メイドBが資料を広げる。
壁のスクリーンには、王子の横顔写真。
表情は穏やかだが、瞳の奥には凍りついた湖が見える。
「涙を拒絶する構造ね」
クラリ嬢は紅茶をひと口。
「……感情を抑圧した人間に、直接泣けと言っても無理よ。
構成で“空気の温度”から変えるの」
「空気の温度?」
アリステアが首をかしげた。
「そう。彼は“冷気属性”のような思考をしている。
だから、まず**周囲を温める構成**を組むのよ。」
ルシルがメモを取りながら尋ねた。
「具体的には?」
「まず、“静寂”。次に、“懐かしさ”。
最後に、“ひとつだけ後悔を匂わせるセリフ”を置くの」
クラリ嬢はチョークを走らせる。
黒板に三つの円が描かれた。
第一段階:静寂の設計
観衆のざわめきを消す。
沈黙の間を五秒取るだけで、王子の防御魔法が緩む。
第二段階:懐かしさの回路
幼い頃の思い出や、誰かの優しさを思い出させる構文。
例:「あなたは昔、誰かの涙に手を伸ばしたことがあるはず」
第三段階:後悔の余韻
直接は責めない。
“もしあの時、違う選択をしていたら”と観衆に想像させる。
「構成とは、押しつける言葉じゃないの。
**“思い出させる風”**であり、“心を撫でる間”なのよ。」
クラリ嬢の言葉に、アリステアが風を起こす。
カーテンがやわらかく揺れ、紅茶の香りが広がった。
「……王子の氷が、少し溶ける気がする」
ルシルが呟く。
地下の通信がつながった。
「感情ログ、確認しました。王子の心拍数、微上昇。
涙腺反応値、**+1.4%**。成功です」
フィオナの声が、静かに響いた。
クラリ嬢は満足げに微笑む。
「涙は、押して出るものじゃない。
**流してもいいと思える構成**を作ること――
それが、黒幕ラボの仕事よ。」
湯気の向こう、誰かの心が確かに揺れた。
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