咀嚼音の向こうで
しいなここみさまの「秋のホラー企画【いろはに】」の参加作品です。
1682文字です。
キーワードは「食欲」です。
「今日もお腹いっぱい、夢いっぱい!皆さんこんにちはー。大食い系配信者のめあです!」
コメント欄を見ると、見慣れた名前が流れていく。
≪こんめあです≫
≪こんめあー≫
≪こんめあ≫
≪こんめあー≫
それをうれしく思いながらも、ほんの少しの罪悪感が胸をちくりと刺す。
――私は、この人たちを裏切っているんだ。そんなことを、今日もするんだ。
「本日は!餃子の大食いをしていきたいと思います~!」
そう言いながら、用意した大量の餃子をカメラに映す。
≪おいしそう≫
≪楽しみ≫
≪もしかして手づくり?≫
「≪手作りですか≫……うん、手作りだよ!作ったんだ~!」
≪すご≫
≪うらやま≫
≪食べたい≫
「それじゃあ食べていくね~」
≪いいな≫
≪がんばれ~≫
流れるコメントを眺めながら、手元だけ映っているのをいいことに、私は餃子を後ろにある皿に移した。
――そう、私は大食いなんてしていないのだ。
◇ ◇ ◇
「今日の同接もいつも通りだな~」
配信が終わった後、私はデータを見て安心した。
アーカイブにもコメントがついていく。
≪今日の配信も楽しかった≫
≪00:21:53 ファンサ≫
≪ほんと毎日やってて尊敬≫
その中に紛れ込んだコメントに、サッと血の気が引く。
≪こいつ絶対食ってないだろ、器に移す箸の動きしてる 00:32:47≫
――バレたか……?
とりあえずコメントを消す。
コメントした本人がどう思うかは知らないが、このまま残しておくのは危険だ。
「もっと気を付けないと」
一旦外に出て心を落ち着かせよう。
――ピロン
悪いことは重なるものだ。
スマホに来た通知を見て、眉を顰める。
【〇〇市で不審死相次ぐ 市「不要不急の外出は控えるよう」】
――外出はできなさそうだな。
仕方なく、SNSでエゴサして過ごすことにした。
エゴサは自分についてどう発言されているかみる、ということだ。
アカウントを持っているSNSの検索窓に「#大食いめあ」と入れて検索する。
――っ、え?
≪こいつ食べてないらしい
#大食いめあ #詐欺 #拡散希望≫
一番最初に出てきた文章に目を見開く。
――なんでこれがバズってるの!?
そのままスクロールしていくと、すぐに原因が分かった。
≪#大食いめあ が食べてない証拠↓≫
ブレてはいるが、他の皿に移しているとギリギリわかる写真が添付されていた。
ぼーっと眺めていると、#大食いめあ詐欺 がトレンドに入るのが見えた。
「……っ、あーあ。これじゃ配信できそうにないな」
そう吐き捨てると、スマホの電源を切り、ベッドに寝転がった。
「だってしょうがないじゃん、食べようと思っても食べれないんだもん」
そう、今では全く食べてない私も、最初のころは全部食べていたのだ。
最初は大盛ラーメンを食べる配信などをしていたが、その時は正々堂々と全部完食していた。
――いつからだろうか。食べられなくなったのは。
その日、朝起きると喉の上のほうまで食べ物が詰まっているような、そんな感覚があった。
直後、当然のように満腹感が私を襲った。
――何か食べただろうか。
昨日は習慣化された大食い配信をして、寝た。
大食いはいつもより量が少なかったほどだ、それが原因とは思えない。
――じゃあ、なんで……?
突然背中を冷たいものが駆け上がった。
その日の配信は、珍しくお休みした。
◇ ◇ ◇
その日からだろう。食べ物が喉を通らなくなった。
私の最後のご飯は、前日の大食いだったようだ。
――今日も食べられなさそうだな。
SNSで配信のお休みを告知すると、ベッドにダイブした。
――あ、ねむ……けが……おそって……
外には満月が輝き、人々を照らしていた。
隣の窓からふとこちらを見た男の子は、カーテンの窓に映るオオカミのような影を見た。
◇ ◇ ◇
その日も、私の家の近くの公園で食いちぎられたような死体が発見されたそうだ。
まるで、山から下りてきた獣が食い荒らしたような……。
「はー。怖いな」
私はそう呟くと、配信の枠を立てた。
相変わらず喉を通らないのをごまかすため、今日は咀嚼音がそれほど大きくないだろうお菓子たちを用意した。
「今日もお腹いっぱい、夢いっぱい!皆さんこんにちはー。大食い系配信者のめあです!」
心なしか、しゃがれた声が出た。