1.白の都スーケッド
その日もその小さな工房にまだ若い人形師は一人籠っていた。
少女の人形が壁伝いにずらりと並べてある。
人形師の手の中には小さな、少女の首がある。
人形師は少女をじっと見つめる。
少女の唇が一瞬ほほ笑みの形を作る。が、次の瞬間には唇はまた一文字に結ばれていた。
人形師はがっくりと肩を落とす。
「やっぱり、僕には無理なんですかね……」
小さくぼやく。
「ルマ、いる?」
工房の外から誰かが声をかけた。そして遠慮がちにドアがそろそろと開く。
ドアの隙間から光が差し、薄暗い部屋の中に人形師の姿を浮かび上がらせた。
肩で切りそろえられた銀色の髪、細い銀縁眼鏡の奥の同じく銀色の瞳は涼やかで美青年といっても過言では無いだろう。
「ティル?どうしたんですか?」
人形師―――ルマは眩しそうに目を細め開いたドアを見た。
ドアの向こうには少女が立っていた。
「食事の用意ができたぜ」
少女―――ティルはそう言ってにっこり笑った。
フワフワとした柔らかそうな栗毛。よく動く好奇心旺盛そうな大きな瞳。
どこにでもいるような可愛らしい少女。ひとつ違うのは。
「もう、そんな時間ですか。どうりでお腹がすくわけですね」
「あんまり、根を詰めるのはよくないよ?」
「あなたに新しい身体をと思ったんですが……」
ティルははっと目を見開いて自分の身体を見下ろす。
60cmあるかないかの小さな身体。そう、ティルは……人形だ。
ティルはギュッと自分を抱きしめ眉をよせた。
「あれから十年……ガタも来ているでしょう?」
「そうだけど……オレはやっぱり……」
「言いたいことはわかりますよ」
「ん……お父さんがくれた身体だから」
「まあ、どちらにしてもまだ先ですよ。僕の作った人形はいまだに命をもってくれないから。兄さんのような魔造人形師になるのはまだまだ先のようです」
魔造人形師とは、その名の通り魔法で造る人形師である。魔造人形師の造る人形は命が宿る。
ティルは10年前に今は亡きルマの兄が造った人形だった。
「そもそも、今ある石では力が足りないのかもしれませんね。今度行ってみましょうか、あなたの故郷へ」
「ふるさと?」
きょとんとしてルマを見る。
「兄があなたを造るとき石を手に入れた所です」
「へえ!行ってみたい」
ティルの目が好奇心で輝く。
「すべての魔造人形の故郷といってもいいかもしれませんね。今の仕事が終わったら行きましょうか。……白の都スーケッドへ」
+++
ほら見ろよルマ、街が見えてきたぜ」
そう言ってルマの肩の上に乗ったティルは前を指した。ルマは嬉しそうに目を細め街を見る。
「あの街がスーケッドですよ」
「あれがスーケッド……」
「美しい街でしょう?ごらんなさい。あの街は家も道もすべて白い石で出来てる」
「うん」
「あれはスーケッドの魔石と呼ばれるものです。あの石は魔力を帯びていてあの街はあの石に守られています……そして」
ルマはにっこり笑った。
「すべての魔造人形はあの石から出来ています」
ティルは大きく目を見開いてじっと街を見る。
「さあ行きましょう、疲れたでしょう。街に着いたら宿をとりましょうね」
こくり、街から目を離さずティルは頷いた。
+++
街に入りルマはあたりを見回す。
「さて。どこの宿がいいですかね」
「うわ、すげぇ!すげぇ!オレの故郷ほんとに綺麗だな!」
ティルは定位置のルマの肩の上でそう叫び、興奮で頬を上気させる。トンとルマの肩を蹴りティルの身体は宙を舞った。どうやらティルは空を飛べるようだ。
嬉しそうに空中でくるくると飛び回るティル。柔らかい髪とスカートがひらひらとしてさながらその姿は妖精のようだ。
「よかったですねぇ」
やっと落ち着いて、ティルはゆっくりとルマの肩に戻る。
「オレ嬉しいよ!故郷がこんな綺麗な街なんてさ」
「そりゃ良かったですねぇ……ん?」
ルマがものすごい足音に気付き前を見ると、金色の髪の幼い少女がものすごい形相でかけてくるところだった。
髪を振り乱した少女は、なぜかルマに突進してくるように見えた。
「おや、可愛らしい……ってえ!?」
「やっ……」
ドシン。二人同時に尻もちをついた。
「うわー、ルマ大丈夫?」
「……そう思うなら逃げないで助けてくださいよ」
「オレにんなこと出来るわけないだろ」
「はいはい、わかりましたよ。……お嬢さん?大丈夫ですか?」
立ち上がると、まだ尻もちをついたままの少女にさっと手を差し出した。
「あ……ごめんなさい」
少女はそう言ってペコペコ頭を下げる。
「いえいえ、あなたに見惚れ……いやいや。えっととにかくぼーっとしてた僕も悪いですから」
少女を見つめるルマの瞳はなぜかトロンとしていて、頬はわずかに赤くなっている。
「またか……」
ティルは冷めた視線をルマに送りそう言った。
「……なんですか?そのまたというのは」
「またお前の病気が出たって思ってな」
「は!?僕が病気?意味わかりませんね」
「だってそうだろ?お譲ちゃん気をつけな!この男大人の女よりあんたみたいなのが好きなんだ!だからオレもこんなヒラヒラした女みたいなな格好させられてるんだぜ」
「は、はあ」
少女はきょとんとして二人のやり取りを見つめている。
「気をつけなってどういう意味です?そ、そりゃあ僕は可愛い女の子は大好きですよ?」
「気色悪いこと言うな」
「でもでもでも、そんな変なことなんて僕はしません!!!!」
「なんだよ。変なことって」
冷たい目がルマをにらむ。
「と、とにかく……。えと、あ、そうだ。女みたいな格好といいますが、あなたは女の子なんだからそれはとうぜんでしょう?」
「あ、あのっ!」
「オレが女なんてことは百も承知だ!だからってオレはこんな少女趣味な服きたくねえんだよ!」
「はぁ!?女の子が可愛い服着るのは当然でしょう?僕が作ったんですよ?そんなに気に入りませんか?」
「ああ!作った野郎の趣味がモロ出ててな!!」
「あ、あのあたしの話……」
「あーそうですかそうですか。だったら今すぐ脱ぎなさい、さあ脱げばいいでしょう!」
「ああ!脱いでやらあ!!!!」
ティルが服にてをかけた時。
「あの、あたしの話聞いてください!!!!」
少女が切れたように叫んだ。
はっとして二人は我に返る。
「あ、はいすみませんなにか?」
「あ、あのあたしよくわからないんだけど」
「はい?」
「つまり、お兄ちゃんはあたしのこと好きってこと?」
「え」
ルマはぽかーんとして少女を見つめる。
「す……?」
少し潤んだ青い瞳が上目遣いでルマを見つめる。
ルマは……いつのまにかうなづいていた。
「本当?嬉しい!あたし嬉しい!!」
ぎゅーっと少女はルマにだきついた。
「あ、い、う……」
抱きしめ返そうか迷ったルマの両腕が空中をパタパタと無意味に動く。
「これだから変態は……」
ため息混じりでティルがつぶやいた。
「あのね、あのね……えっと……あたしパトリシアっていうの。パティって呼んでね」
そういうとパトリシアはにこっと笑う。
「パトリシア……パティ……可愛い名前……ん?パティって」
「ど、どうしたのお兄ちゃん?」
なぜかパトリシアは動揺している。
「なーーんか聞いたことあるんですよね、その名前」
ルマの顔つきが急に険しくなる。
「え?……まあよくある名前だし」
パトリシアの視線が宙を漂う。
「確か、僕の知り合いの妹がそんな名前だったような」
「ま、まあ、偶然ねぇ」
ホホホホホホホホ、と乾いた笑いが続く。
冷たい、ルマの瞳がパトリシアを見つめる。
「ど、どうしたのお兄ちゃん」
ルマは深くため息をつく。
そしてパトリシアを見据えた。
「いいかげん、わざとらしい芝居はやめたらどうですか?クロウ」
ルマはそう言ってにっこり笑う。
「あ、あらクロウって誰かしら?」
「あなたは相変わらず、化けるのは凄く上手いですね。可愛かったですよ。危うくこの僕が騙される所でした」
「何だよ……なんか変だと思ったらお前クロウだったのか」
「違う違うのお兄ちゃん!」
「やめてください。あなたとわかった今は気持ち悪いだけです」
「いいかげんにしろクロウ」
「だから、違うって!ティルちゃんまでそんなこと……あ」
「……なんでオレの名前知ってるの?」
パトリシアの顔が醜く歪む。ルマは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「なんかその顔悪役みたいだな」
「うるさいですよ。ティル」
「ちくしょう、ばれたら仕方がねえ!」
パトリシアの体か白煙りにつつまれる。そして煙りがはれた時そこには黒づくめの青年の姿があった。浅黒い肌、長い黒髪は片目を隠している。
クロウはルマをじっと見つめる……いやルマの銀色の髪をじっと見つめていた。
「今日こそその髪は俺のものになるはずだったのに」
「もう諦めたらどうですか?いくら頑張っても僕のこの美しい髪は……」
さらりと髪に手をかける。
「あなたのものにはなりませんよ?」
「うるせぇ!その髪は俺のもんだって言ってるだろ!?てかお前」
「はい?」
「誰に断りなく髪を切った!?」
以前のルマは腰のあたりまで髪があったのだ。
「だから、あなたのものではないと。……売ったんですよ髪は。人形師なんてねそんなに儲かるものではないですから」
「売るんだったら俺に売れよ!いくらでもだすぞ!?」
「あなたに売るのは嫌です。……なんか……気持ち悪い」
「ふざけんな!!」
ばんっ、足をふみならす。
「パティに化けて近づいてこっそり髪を切ろうと思ったのに」
「なかなかいい作戦でしたよ。でも爪が甘かったですね。前にパティちゃんの話を僕にしていたの忘れてたでしょう」
ルマはニコニコとする。
「僕、可愛い女の子の話は忘れないんです。今度会わせて下さいね?」
「黙れ!!」
クロウはルマを睨むと再び姿を変えた。
漆黒の羽根のカラス――――それがクロウの本当の姿だ。
「今度会う時まで髪のばしとけ!!あと……俺の妹に手を出したらぜったい許さないからな!!」
クロウはそう捨て台詞を言うとさっと踵を返し飛び立っていった。
「やれやれやっと行きましたね。……面倒くさいから坊主にしちゃいますか」
「それはやめとけよ……あいつきっと発狂するぜ。ねえルマ」
「はい?」
「前から気になってたんだけどどうしてあいつあんなにルマの髪に執着してるの?」
「さあ、僕にもよくわからないんですが。まあカラスの事ですからねキラキラしたものが好きなのでしょう」
「そういうものなのか……?」
「そういうものです。まあ、あんなのの事は忘れてあなたの身体さがしに行きましょう」
「……あんなのって」
「あの店が良さそうですね」
そう言ってルマは一軒の店を指した。古ぼけたとか小汚いだとかそんな言葉が似合いそうな店だ。
「あの店?」
「ああいう店に以外にいいものがあるものですよ?」
ルマはにっこり笑った。




