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第7章 氷と真実、そして揺らぐ心

秘密のサロンでの夜は、私たちの計画にとって、かつてないほどの実りをもたらした。貴族たちは、私を単なる「気の毒な元婚約者」としてではなく、セドリック殿下の後ろ盾を得た**「危険な策士」**として見るようになった。そして、私の口から語られる「哀れな天才」の物語は、彼らの警戒心を解き、私たちが本当に求める情報を引き出すための完璧な道具となった。

サロンを後にした帰り道、馬車の中は、王都の喧騒が遠い幻のように感じられる静寂に包まれていた。御者台の音だけが、カタン、コトンと規則的なリズムを刻んでいる。馬車の窓からは、夜空に煌々と輝く月と、宝石を散りばめたような王都の夜景が見えた。その光の一つ一つに、欲望と陰謀が渦巻く人々の営みがあるのだと思うと、私は背筋がぞくりとした。

「貴女は、アルバート殿下とリリアーナ嬢の幸せを願っていると口にしていたが、あれは、嘘だったな」

セドリック殿下が静かに問いかけた。彼の声は、まるで氷の刃のように冷たかったが、その中には、私への探求心のようなものが含まれているように感じられた。私は、窓の外の夜景を見つめながら、静かに答えた。

「ええ、嘘ですわ。わたくしにとって、彼らの幸せなど、どうでも良いことです。彼らが幸せになろうと、不幸になろうと、わたくしの計画には関係ありませんもの」

私の言葉に、セドリック殿下は満足げに頷いた。彼は、私の「悪役令嬢」としての仮面の下に隠された、本質的な冷たさを評価している。それは、感情に流されることなく、目的のためなら手段を選ばない、彼の考えと共鳴する部分だった。

「では、貴女の真の望みは何だ?」

「…自由ですわ。誰にも縛られない、静かな生活。そして、この国から追放されること」

私がそう告げると、セドリック殿下は、ふっと笑みを浮かべた。その笑みは、まるで闇夜に咲く一輪の毒花のように、美しく、そしてどこか危険な香りがした。

「ふふ、面白い。貴女は、悪役令嬢を演じることで、追放という名の自由を求めていた。そして、私は、この国を変えることで、兄の遺志を継ぐという、私自身の呪縛から解き放たれようとしている。私たちは、似ているのかもしれないな」

彼の言葉は、私の心を深く揺さぶった。彼は、私という人間を、誰よりも理解している。そして、私もまた、彼の孤独と、秘められた悲しみを感じ取っていた。私たちの関係は、単なる利害の一致を超え、互いの孤独を分かち合う、奇妙な共犯関係へと進化しつつあった。

数日後、私はセドリック殿下の指示で、王家の図書館を訪れていた。そこには、表向きには公開されていない、王家の歴史を記した書物が保管されている。私の目的は、亡き第二皇子、ルドルフ殿下の生前の記録を探し出すことだった。

図書館の重厚な扉を開くと、カビと古書の独特な匂いが鼻腔をくすぐる。窓から差し込む光は、無数の埃をキラキラと輝かせ、まるで過去の記憶が舞い踊っているかのようだった。私は、指定された区画へと足を進めた。そこには、王家の人間ですら立ち入ることを許されない、禁書が収められた棚が並んでいた。

(…ここが、この国の真実が隠されている場所。ゲームの攻略本には載っていない、物語の裏側。私は今、そのページをめくろうとしている)

私の手は、微かに震えていた。転生者として、私はこの世界の「物語」の外側にいるはずだった。しかし、セドリック殿下と出会い、彼の「脚本」に加わることで、私は物語の核心へと引きずり込まれようとしていた。

ルドルフ殿下に関する記述は、セドリック殿下の言葉と重なる部分が多かった。

「聡明なるが故に、周囲を警戒し…」

彼の人生は、まるで氷の城の主であるセドリック殿下の生き写しのようだった。しかし、読み進めていくうちに、私はある矛盾に気づいた。ルドルフ殿下は、表向きは病弱で人前に姿を現さないとされていたが、書物には、彼が王都の貧しい地区で、市民の暮らしを改善するための活動をしていた記録が、密かに残されていた。

(ルドルフ殿下は、病弱なんかじゃなかった。彼は、この国の腐敗に気づいて、裏で動いていたのね。そして…)

私は、さらに深く書物を読み進めた。そして、ルドルフ殿下が、アルバート殿下の支持者たちと、ある**「汚職事件」**を巡って対立していた事実を突き止めた。彼らは、ルドルフ殿下の動きを警戒し、彼を排除しようと画策していたのだ。

その瞬間、私の頭の中で、すべての点と点が繋がった。ルドルフ殿下の「病死」は、彼を危険視した者たちによる**「暗殺」**だった。そして、その首謀者は…

「まさか…アルバート殿下…!?」

私の口から、思わず声が漏れた。しかし、その記録には、アルバート殿下本人の名前は記されていなかった。彼は、この計画の直接的な実行者ではなく、彼を支持する貴族たちが、彼の利益のために、ルドルフ殿下を排除したのかもしれない。そして、アルバート殿下は、その事実を知っていたにもかかわらず、黙認した。

(…なんて皮肉な話。ゲームでは、ヒロインを虐げる「悪役」として断罪されるはずだった殿下。でも、本当は、彼自身が、闇に飲み込まれそうになっている「被害者」なのかもしれない)

私の心に、これまでアルバート殿下に抱いていた憎しみや軽蔑とは異なる、複雑な感情が湧き上がってきた。彼の行動が、悪意からではなく、臆病さや無力感からくるものだとしたら…私は、彼を「断罪」する資格があるのだろうか?私の「悪役令嬢計画」は、彼を悪者に仕立て上げるだけの、独りよがりな物語だったのではないか?

その時、図書館の扉が静かに開き、セドリック殿下が姿を現した。彼の漆黒の瞳は、私の手元にある書物を一瞬捉え、そして、私の顔へとゆっくりと戻ってきた。

「貴女は、真実を知ってしまったようだな」

彼の声は、いつにも増して重く、悲しみを帯びていた。私は、彼がこれまで抱えてきた孤独と、兄への深い想いを理解した。彼は、兄の死の真実を暴き、その遺志を継ぐために、私という「共犯者」を必要としていたのだ。

「ルドルフ殿下の死は…」

「そうだ。彼は、この国の腐敗を正そうとした。だが、その理想は、闇に葬られた。私は、その無念を晴らさなければならない。そして、アルバートは、その事実から目を背け、自分の地位に固執している」

セドリック殿下の瞳には、深い怒りと、兄を失った悲しみが複雑に絡み合っていた。彼は、アルバート殿下を「敵」として認識しているのではなく、むしろ、兄の死の真相から逃げている**「愚かな弟」**として見ているのかもしれない。この複雑な兄弟間の愛憎が、この国の未来を左右しているのだ。

「…では、わたくしは、何をすればよろしいのですか?」

私は、彼の瞳をじっと見つめて問いかけた。もはや、私にとって、これは単なる「自由」のためのゲームではない。私は、この物語の**「脚本家」**として、セドリック殿下の悲願を成就させるための、新たな展開を書き始めなければならない。

「王家が隠蔽してきたルドルフ殿下の死の真実を、公にすることだ。貴女の言葉で、貴族たちに真実を突きつける。そして、アルバートを、彼の信者たちの前で、裸の王様にしてやるのだ」

セドリック殿下の言葉は、まるで夜空を切り裂く雷のように、私の心に深く響いた。彼の計画は、単なる王位の簒奪ではなく、この国の根幹を揺るがす、壮大な**「革命」**だった。

私は、彼の瞳に映る、兄への深い愛情と、この国への憂いを感じ取った。そして、彼の握る手に、そっと自分の手を重ねた。彼の冷たさが、私の手のひらにじんわりと広がっていく。

「…承知いたしました。わたくしが、この国の真実を、人々に伝えましょう」

私の言葉に、セドリック殿下の唇が、ごく僅かに、しかし確かに弧を描いた。その笑みは、悲しみと決意に満ちていた。私たちが、この国の未来を書き換えるための、本当の「舞台」が、今、幕を開けるのだ。


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