第三話 守るべきもの
アレスと出会って数日後。教会の一室に私とアレスは集められた。そこには、領主のセルゲイ様の姿もあった。
私とアレスの対面の席に座り、二人の女を侍らしている男が口を開く。
「君たちを王宮に迎えようと思ってね。少年は王子直属の騎士。サキリスは第三夫人 “候補” 。こんなに喜ばしいことはないだろう」
“ユーリ ドラグノフ” 。この国の唯一の王子は、サラサラの黒髪をかき上げ、ニヤリと笑う。彼の後ろには王子直属の騎士が物々しく立ち並び、鋭い視線でこちらを睨みつけている。
どうやら、一人で十人もの盗賊を捕まえたアレスの噂を聞きつけて、王都からわざわざこの街にやってきたようだ。
この傲慢な王子に待ったをかけたセルゲイ様。
「いやいや。そんな急に言われても困りますよ王子。彼は盗賊の脅威から街を守るために雇った傭兵ですし、聖女サキリスもドラゴンの脅威から街を護ってもらっているんですから」
「一介の領主が次期国王のこの僕に口答えかい?」
「……ですが、基幹産業である魔鉱石の採掘するこの街の守護は、国にとって最重要事項。この街が無くなるということは、この国が無くなると同義ですよ……」
「それをなんとかするのが、君の仕事ではないのかい?」
王子は終始にこやかに笑う。それと対象的にセルゲイ様は言葉を失い、唖然としているようだった。
カラクリに用いられる魔鉱石は貴重だ。そのため、この街で採れる魔鉱石は、この国の収益の大半を締めている。ドラゴンの住処が近いこの地にわざわざ街を構えるのはそのためだ。
なのに、王子がこの街を軽視する行動を取るため、セルゲイ様も言葉を失ったのだろう。
この王子は本当に分からず屋だ。自分が全て正しいと思っているタイプの人間なのだろう。
このようなことも今回が初めてはない。私も何度も断った。でも、王子は諦めない。昨年まではその度にグラシアが間に入り、王子をなだめてくれていた。
「そもそも、君の息子が竜滅騎士団を名乗り『ドラゴンを倒す』と息巻いていたのに、いつまで経っても倒さないのが問題なのじゃないか? いつになったらこの島から我々は脱出できるのだ?」
「それについては一番隊の人員を削減したのが——」
「君はさっきから言い訳ばかりだね。そんな調子だと、いつまでも領主でいられるかな?」
「なッ!?」
重苦しい空気が室内に充満する。セルゲイ様の顔色がどんどん悪くなっている。
はぁ。と、深いため息をする王子。そして、彼の視線がこちらに向く。
「サキリスもそろそろ素直になりなよ。第三夫人になれるチャンスだよ」
「いえ、私には聖女としての仕事がありますので……」
「じゃあ、ボクも王宮には行かないよ—。ボクには “守るもの” ができたんだ」
「少年もかい? 王子である僕より大事な守るものなんて、ないじゃないかい? それに、君たちは理解しているのかい? 次期国王のこの僕が直々に要請していることを」
にこやかに笑う王子だが、空気がより一層ピリつく。王子という肩書を振りかざし、従わせようとする圧。
この傲慢王子の強引な要求にアレスが怒らないか不安だ。
だが、一緒に暮らすにあたって決めた約束『誰かを守る時だけに力を使うこと』を守ってくれているのだろう。
この約束をした時は、「ワカッター」と、棒読みの生返事をしていた。絶対にわかっていないと思っていたが、きちんと守っているところを見るに素直で良い子なのだろう。
ってか、第三夫人になるかもしれない女の前で、両脇に女を侍らせるんじゃないわよ!
誰よ、その女は。第一夫人でも、第二夫人でもないじゃない。
この女たちも第三夫人候補なの? 何人候補がいるのよ?
この男は誠実さという言葉を知らないの? 王子だったら何してもいいと思っているの?
確かにイケメンな王子だ。女の子からの人気も高い。でも、全ての女が自分のことを愛していると思っていそうな態度が苦手だ。
早く帰ってと心の中で何度叫んだことだろう。
「おじさんはわがままだねー」
アレスの一言で終始笑顔だった王子の眉がピクリと動く。
すると、王子の背後で待機していた護衛がそっと近づき一言。
「お時間です」
「また来るよ。それに僕は寛大な人間だ。差別なんてしない。たとえ、君たちの出生や見た目が人と違ってもね」
硬い笑顔で振り返る王子。きっと、アレスの一言が効いているのだろう。
「それはそうと、セルゲイ。ダビットに言っといてください。“タチアナ” とはうまくやれているよ。彼女も身籠れば、王子妃の仲間入り、と」
「……承知しました」
背を向けたまま話すと去っていく王子。セルゲイ様は何故か少し気まずそうに答えた。
タチアナ? 誰のことだろう? 街にタチアナって人はいたっけな?
……確か、ダビットさんは数年前に王都からこの街に来たはず。王都での知り合いかな?
部屋を出ていく彼の前には、聖女たちが群れをなし、キャーキャーと騒ぐ。
王子の隣に侍らした女を押しのけ、彼の横を奪い取る。それが本当に聖女のする行動だろうか? 女の醜い争いを目の当たりにしてしまった。
聖女の反応に王子の後ろ姿も楽しげで、機嫌は戻ったのであろう。王子の背中はモテている自分に酔っていようにさえ見えた。
王子が帰ったことでホッとする一方、心の靄が色濃くなっていく。
女の嫉妬とは恐ろしいものだ。これでまた仕事を押し付けられてしまうのだろう。こちらがいくら王子に興味がないと言おうとも、聞く耳を持たない。
はぁ。疲れた。これで諦めてくれたらいいけど、あの王子が諦めるわけがないよね……。
「変な王子だねー」と、一言ポツリ。
アレスごめんよ。こんな変な王子が次期国王とか信じられないよね。
うん。私もそう思うよ。
でも、アレスは金に目がないと思っていたので、王子の提案に乗らないのは意外だった。
王子の直々の誘い。きっと破格の給料が出ただろうに。
まぁ、私も第三夫人になれれば、いい暮らしができるのだろう。でも、あくまで候補。なれる保証もなければ、なりたいわけでもないからね。
ってか、あの男の夫人になるのは、ね……。
私たちもこの部屋から去ろうと思った時、セルゲイ様が私たちを引き止めた。
「 “さっきの話” はダビットに内緒で頼む」
「……わかりました」
「それにしても、あの王子が次期国王とは……。先が思いやられる……」
セルゲイ様もあの王子には呆れている様子。
まぁ、そりゃそうよね……。正義感の強いセルゲイ様なら当然の反応だと思うよ。
「イヴァンも過去に王子直属の騎士に誘われていてね。だが、イヴァンがきっぱり断ったものだから我々は王子に目をつけられていてね……。君たちもあの王子には気をつけた方がいい」
深いため息がセルゲイ様から漏れる。
そして、セルゲイ様は少し思い詰めたような表情で部屋から去っていく。
その背中は疲れがにじみ出ており、王子の対応に辟易しているようだった。
◇◇◇
王子との対談のあと、馬房前の広場にて——。
「行くぞ! “タキオン” !」
暴れる栗毛の馬。そのじゃじゃ馬に跨がり楽しそうなアレス。どう見ても馬はアレスを振り降ろそうとしている。
アレスはこの気性の荒い馬を騎士団から購入して、 “タキオン” と名付けたそうだ。
誰も背中に乗せなかった駄馬を押し付けられただけな気もするが、本人は楽しそうだから良しとしよう。
あのあと、他の聖女にバレないように教会から逃げ出し、アレスの馬を見に来ていた。
子どもの頃から馬に乗ってきたが、あの馬には乗れる気がしない。即効で振り下ろされるだろう。
アレスの “守るもの“ 。かなり一方通行な気もするけど。いつかタキオンにも伝わるといいね。
アレスとタキオンを眺めていると、ダビットさんがやってきた。
「今日もまた魔物の狩りを頼んでいいですか?」
「いいよー! 報酬さえちゃんとくれれば、いくらでも狩ってくるよー」
これまでも治安維持と食料確保のために、傭兵として二番隊の仕事の一部を請け負っているようだ。
ただ、肉系統の食材は通常、騎士たちの物になりがちだ。命を懸けて戦う騎士は、食べることも仕事らしい。
聖女の私たちだって精神を犠牲にして、この街を護っていますけど? もっと分けてくれてもいいのでは?
まぁ、教会に肉が納品されたところで、一番下っ端の私には回ってこないのでしょうけどね……。
「じゃあ狩りに行ってくるねー」
「頼みましたよ」
「気をつけてくださいね!」
ダビットさんと二人。
タチアナさんのことを聞いてみたいが、セルゲイ様に口止めされたしな。
何か話さないと……と思うが特に話題もない。
沈黙の気まずい空気が流れる。
「そういえば、さっきユーリ王子が来ていましたよ。」
「……そうですか。あの王子が来たということは、どうせアレスの引き抜きといったところですかね? 気に入った者はすぐに自分のものにしようとしますからね……」
苦笑いのダビットさん。彼は振り返りそのまま去っていく。だが、その振り返る瞬間の顔は険しかった。
あれ? もしかして、王子とダビットさんも仲悪いのかな?
ってか、王子はみんなから嫌われているのね。
一人馬房に取り残されたので教会へ帰る。すると、先輩の聖女が待っていた。
ですよねー。待っていますよねー。 折角の休みが台無しだよ……。
「ユーリ王子は優しいお方だから、孤児のお前を憐れんで優しくしてくれているだけよ。勘違いしないほうが身のためよ」
勘違いしていませんよ。別に。こっちから願い下げですよ。
その後も続く罵倒。結局、当然のように今晩の夜勤を押し付けられてしまった。
あぁ。やっぱりね。こうなることは予想していましたよ。王子が来た時は大体こうなんですよ。
◇◇◇
一方その頃、島の反対側では——。
「た、大変です! ボス!」
「落ち着け。どうした? そんなに慌てて」
酒をあおりながら、ドタドタと慌てた様子の部下を落ち着かせる “トレバー” 。
彼は大陸からこの島流しされた罪人たちを纏め上げる盗賊団のボス。無一文でこの島に来た罪人を拾い上げている。
もちろん、大陸の罪人が最初から素直に一味に加入するわけではない。だが、盗賊を纏め上げて軍団を率いるトレバーを前に、罪人の威勢は忠誠に変わっていく。
「パウルの部隊が消息を絶ったんです!」
「なに!? 奴らまた勝手な行動しているのか!」
「いえ、それが、パウルのアジトを確認した連絡隊によると、誰一人もいなかったそうで……。ただ、血溜まりだけが残されていたらしいです……」
「……なん、だと? “奴ら” 裏切りやがったか?」
トレバーが持っていた酒瓶を投げつけ、室内の空気が凍りつく——。
「奴らの言う通り、村人には手を出さないようにしてやったというのに——。仲間を襲いやがって」
「あと、これは関係ないかも知れないですが、一週間前くらいからパウルの部隊に金髪のガキがうろついていたらしいです」
「金髪のガキ? 島流しされたガキを拾っただけだろ? それよりお前ら、いつでも戦える準備をしとけ!」
「「「へい!」」」
トレバーは沸々と湧き上がる怒りを誤魔化すように、新たな酒を再びあおりだす。
「あの野郎、裏切ったらただじゃおかねぇぞ!」
街の人間は信じていた。アレスの活躍で平穏な日々が迎えられると。盗賊の脅威は去ったのだと。
だが、捕らえた盗賊は氷山の一角に過ぎない。くすぶった火種は今もなお、街に忍び寄る——。
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