第二話 竜滅騎士団
机に並べられた金貨。こんな大量の金貨は見たこともない。百枚はあるのではないかと思われる金貨を目の前に息を呑んでしまう。
その金貨に飛びつくように近づくアレス。鼻歌交じりに金貨を仕舞う姿は、ウキウキした様子が後ろ姿からも感じ取れた。
そして、袋に入れられた金貨は彼の手の中へ吸い込まれたかのように、消えていく。
当たり前のように無詠唱で収納魔法を使う姿に、何度見ても驚かされる。
騎士団のお偉いさん方があんぐりと口を開けていのを見ると、きっと私の驚きは正常なのだろう。
ってか、こんなにもらえるの? 私の給料の何年分? 確かに盗賊十人も捕らえたのはすごいけど……少し聖女の給料を増やしても罰は当たらないと思うわよ?
アレスが嬉しそうに金貨を仕舞う姿を羨ましく思ってしまう。と、同時に、彼がただの子どもに見えて、恐ろしさを忘れしまいそうになってしまう。
「今回の盗賊討伐、誠に感謝する」
この大量の金貨を用意した男。この街の領主。兼、騎士団の団長 “セルゲイ アルゾフ” 。一番隊隊長のイヴァンの父である。
長い黒髪を乱雑に結っている、無精髭のセルゲイ様。見た目だけでいえば、領主や騎士団長には見えないが、この街で話がわかる数少ない人。きっと忙しすぎて見た目に気を使うこともできないのだろう。
セルゲイ様は深々と頭を下げ、アレスに感謝を述べていた。
その姿を見たイヴァンが机を叩き、声を荒げる。
「どこの馬の骨かもわからないこんなガキに、こんなに金貨を払う必要があるのか? それに、あれは本当に盗賊なのか?」
「あぁ、確かにあの袋の中は盗賊団の “パウル” で間違ありません。その他の奴らもパウルの部下です。でも、あのパウルが簡単にやられるなんて……。信じられないな……」
アレスのことをまじまじと見つめている男は “ダビット オロフ” 。盗賊と魔物の脅威に対応する二番隊隊長をしている。
魔物討伐を行う彼ら二番隊は、食料調達も兼任。そのため、今回の盗賊の襲撃時に魔物討伐へ出かけており、盗賊の襲撃に対応できなかったらしい。
ダビットさんは黒髪の頭をポリポリとかきながら、鋭い視線をアレスに向けていた。
彼もきっとアレスを警戒しているのだろう。
まぁ、十人の盗賊を捕らえた少年なんて、警戒しないわけがないか。
「少年よ。我が “竜滅騎士団” に入り、力を貸してはもらえないだろうか?」
「ッ!? 何を言っているんだ親父! 大陸のスパイかも知れないんだぞ! こんな怪しいガキを入れるなんて俺は認めないぞ!」
「敵国のスパイなら盗賊を討伐する必要もないですよ? 国力を下げるなら、盗賊に暴れさせたほうがいいのですから」
ダビットさんが冷静にイヴァンを諭すが、今にも殴りかかりそうなほど、セルゲイ様に詰め寄った。だが、セルゲイ様はイヴァンには目もくれず、じっとアレスを見つめていた。
「んー。傭兵としてならいいよー。報酬次第だけどねー」
「なに勝手に話を進めているクソガキ! それに、俺たち竜滅騎士団はドラゴン討伐が最優先事項だろ! 魔法使いのガキなんて、魔法耐性が高いドラゴンには通用しないだろ!」
「たしかに、ドラゴン相手には魔法使いは分が悪い。だが、盗賊の襲撃が増えているのも事実。一人で十人もの盗賊を倒したこの少年の力が必要なのだ」
セルゲイ様の握りこぶしはワナワナと震えており、表情は悔しさと怒りが入り乱れているように見えた。
彼の表情から今まで盗賊に苦戦してきたのだろうと、察しがついた。
きっと、こんな十歳前後の少年に力を借りなければいけないほど、盗賊の脅威が増しているのだろう。
イヴァンが得体のしれないアレスのことを警戒するのはわかる。でも、十人の盗賊を一人で倒したアレス。盗賊に向けて放たれたあの魔法の威力を考えると、彼の怒りを買わないか内心ヒヤヒヤとしてしまう。
もしも、彼がここで暴れてしまったら、きっと大半の人間はやられてしまう気がする。
「……俺は認めない。決闘だガキ! 表にでろ! ボコボコに叩きのめして、この街に二度と入れないようにしてやる!」
「いいよー。傭兵として、雇い主に力を証明しないとねー」
「俺たちは竜滅騎士団。魔法の使用は禁止だ。騎士らしく、剣で勝負だ!」
「わかったー」
なんと卑怯な男。魔法使いということを知っていて、剣だけの勝負を仕掛けるとは。
アレスは大丈夫なのだろうか? 魔法使いのようだが、剣は使えるのだろうか?
この国で屈指の剣士のイヴァンを相手にするのは、いくら盗賊を倒したアレスとはいえ心配になってしまう。
きっと子ども相手でもあのイヴァンなら手加減しない。
自然とアレスを応援している自分がいた。イヴァンが嫌いだからなのもあるが……。
そして、決闘をするために騎士団の訓練場へと足を運んだ。
アレスは木剣を手にすると、ブンブンと剣を振るう。その姿は子どもが拾った木の棒を振り回しているかのようで、緊張感も戦う気概も感じられない。
「剣は使ったことあるのですか?」
「ないよー。けど、大丈夫。負けやしないよ」
本当に大丈夫なのだろうか? どこからそんな自信が湧くのだろうか?
ただただ、アレスの無事を祈ることしかできない。
「では、始め!」
ダビットさんの掛け声で、決闘が開始した。
様子をうかがう二人。異様な空気に緊張感が増す。イヴァンの殺気に満ち溢れた雰囲気。それとは対象的に、リラックスしていそうなアレス。
時が止まっているかと錯覚しそうな静寂。
痺れを切らしたイヴァンが一気に距離を詰めた。その勢いのまま、目にも止まらぬ連撃がアレスを襲う。剣の風切り音が聞こえてくるほどの剣速。
斬りかかり。突き。時にはクルッと身を翻しての回転攻撃。多彩な剣術でアレスを翻弄しているように見える。
素人目に見ても無駄な動きが無さそうな、綺麗な太刀筋。
「行け! 隊長!」
イヴァンの連撃に一番隊の隊員は歓声を上げた。
だが、アレスには当たらない。当たりそうで当たらない攻撃。紙一重のところで、後退しながら攻撃を避け続けていく。
ほんの少し遅れただけで。ほんの少しズレただけで。今にも直撃しそうなほどギリギリで避ける姿に、心臓がバクバクと音を立て始める。
「ちょこまかと小賢しい!」
怒り混じりのイヴァン叫び声。剣撃は加速。
イヴァンは完全に本気で攻撃しているように見えた。
その殺気は十歳くらいの少年に向けるものとは到底思えない。
しかし、アレスはただ避けるだけに徹しており、反撃をする素振りはない。
もしかすると、平然を装っているだけで、反撃する余裕がないのかもしれない。
確かに、あんなスピードの攻撃では反撃は厳しいのかもしれない。
ゼェゼェと肩で息をしているイヴァン。少し疲れが出たのかアレスとの距離を取った。
「すばしっこいガキだ。だが、避けるだけでは勝てんぞ!」
「大丈夫? おじさん疲れちゃった? もう少しだよー。頑張ってー」
「誰がおじさんだ! まだ二十三歳だぞ!」
怒れるイヴァンと対象的に、まるで緊張感のないアレス。
避けているだけの彼がどうしてそんなに余裕をかませるのだろうか? 強がっているだけなのだろうか? あんなに余裕があるのに反撃しないのは、何か理由でもあるのだろうか?
でも、イヴァンの言う通り、このまま反撃できなければアレスは勝てない。
頑張れアレス! イヴァンのムカつく顔に一発叩き込め!
呼吸を整えたイヴァンが再び攻撃を開始した。
だが、今までとは様子が少し違う。
今まで後退して避けていたアレスが、一歩も動かず攻撃を剣で受け止めた。一瞬驚いた表情を見せたイヴァン。
連撃を浴びせるがアレスは下がらず、足を止めて攻撃を剣で止めたり受け流したりしている。
イヴァンの高速の連撃はことごとく、アレスの剣により弾かれる。
まるで、イヴァンの攻撃を先読みしているかのようで。
最初は紙一重で当たりそうと思えた攻撃も、今となってはアレスから余裕すら感じる。
木剣がぶつかり合う鈍い音。舞う砂埃。
歓声を上げていたはずの隊員も、いつのまにか息を呑んでいた。
息を吸うのすら忘れてしまいそうなほど、緊張感がこの場を支配する。
少し距離を取ったイヴァンの表情が歪んでいる。疲労のせいか、攻撃を全て止められたせいか。
「おじさんの剣術の “解析” 終わったよー。じゃあ、反撃しまーす」
アレスの宣言でイヴァンは身構えた。と、ほぼ同時。
距離があったはずの二人。だが、アレスはすでにイヴァンの目の前にいる。
瞬きしたかどうかほどの一瞬。何が起きたのか理解できない。
アレスが元々立っていた箇所には、砂埃だけが残像のように立ち込めていた。
アレスの連撃がイヴァンを襲う。斬りかかり。直後には突き。さらには、クルッと身を翻すと回転攻撃を放つ。
最初の斬りかかりと突き攻撃はなんとか耐えているイヴァン。しかし、回転攻撃を木剣で受け止めた瞬間、その威力にイヴァンの剣が弾き飛ばされた。
剣を失ったイヴァンに、アレスの攻撃を止める手立てがあるはずもなく。
「参っ——」
イヴァンが『参った』と言いかけた瞬間、アレスの大きく振りかぶった剣がイヴァンの頭部を直撃。
木剣の鈍い音が響き渡り、イヴァンは宙を舞いながら数メートル吹き飛んでいく。
あの小さな体のどこから、これほどの力が湧き出ているのだろうか?
人間なのかさえ疑ってしまいそうなほど、鮮烈な戦い。
信じられない光景に訓練場が凍りついたかのように、静まり返った——。
その攻撃の軌道はイヴァンの攻撃に瓜二つ。完全に模倣したかのような攻撃。
なんなら、アレスの方が速さも威力も上な気がした。
とても、剣を初めて持ったと言うアレスの言葉を信じられるものではなかった。
けど、無詠唱で魔法を使う少年だよ? 私の知らない魔法でも使ったんじゃないかな?
そんなことより、嬉しい! アレスが勝ったからというより、イヴァンがぶちのめされたことが。
きっと、すぐに治癒魔法使ったほうがいいのだろうけど、もう少し放おっておこう。
気付いてないフリ。気付いてないフリっと。
イヴァンは意識が朦朧としているのか、立ち上がることができず片膝をついている。
つかつかとイヴァンの方向へ歩みを進めるアレス。
言葉を失った様子の騎士団員たち。誰も声一つ出すことができない。
誰もが勝負は決したと思っていた。
しかし、静まり返った訓練場に鈍い音が響く——。
終わったはずの決闘。けど、アレスは攻撃の手を止めなかった。
異様な光景。ただの残虐。慌てて止めに入った周囲の騎士たち。
だが、その時にはすでにボロボロになったイヴァンが転がっていた。
全身から流血。地面には血溜まり。意識を失い、動けないようだ。
「さぁ! 次の挑戦者は誰かなぁ? 全員でもいいよー」
アレスの一言でイヴァンを助けようとしていた騎士たちは後退り。
「もう終わりだ。少年よ、愚息からけしかけた決闘だったが、少々やりすぎだ」
「えぇ!? 『ボコボコにしてやる』って言ったのはおじさんだよ? 人にしようとしていたことは、やられても文句言えないでしょ? 殺されなかっただけ感謝してほしいんだけど」
「それはそうだが……。聖女サキリス。とりあえず、イヴァンに治癒魔法を」
バツが悪そうなセルゲイ様。イヴァンのことだ、きっと勝っていたらアレスを本当にボコボコにしていただろう。
確かにやりすぎな気もするけど、ボコボコにされたのは自業自得。少しは反省して謙虚に生きていってほしいものだ。
「大地の恵みが痛みを和らげる。
小癒の雫—— ヒール」
痛ましいイヴァンの姿がヒールにより少しずつ回復していく。
ヒールではこの怪我を完全に治せないが、十分だろう。
この男にハイヒールは勿体ない。日頃の恨みだ。少しくらい苦しむといい。
ついでに、魔力回復ポーションが無くなったこともアピールしとこう。
村から戻る間に魔力は多少回復したから、体調は問題ないけどね。
ポーションの瓶を大袈裟に振り、空になったことをアピール。
「ゴホン、ゴホン。魔力回復ポーションが……。ゴホン、ゴホン」
「誰か聖女サキリスに魔力回復ポーションを」
さすがセルゲイ様。上に立つものは気が利くね。
これで、ポーション代が浮いた! ラッキー!
あぁ、あとはベッドでぐっすり眠るだけ。幸せはすぐそこだよ!
その後、アレスとともに教会へ足を運ぶ。身寄りのないアレスは私の部屋で一緒に暮らす事になった。
この街には宿がない。ドラゴンに襲われる可能性のある街なんて、誰も旅には来ないからね。
というより、この国には誰も……ね。
最初はセルゲイ様が領主邸宅に招待していたが、露骨に嫌な顔をしたアレス。
イヴァンからの仕返しを恐れているのか? 単純におじさんとは暮らしたくないのか?
そして、アレスは私を指名した。それにより、アレスと奇妙な共同生活が始まろうとしていた。
しかし、時間が経って冷静になるとアレスのことが少し怖い。いや、まあまあ怖い。
断れない性格の自分が憎い。いつもそうだ。面倒事は押し付けられてしまう。
でも、私もグラシアに育ててもらったからね。困っている子どもには優しくしないとね……。
なんだか、私のことは気に入ってくれているみたいだから、大丈夫。……だよね?
教会横の宿舎にアレスを案内。すでに太陽は沈みかけ、夕焼けが教会を赤く染め上げていた。そして、今日の事の顛末を報告するために、部屋にアレスを残して教会へ向かう。
教会に到着して事の顛末を話すなり、数名の聖女が責め立ててきた。
「困りますよサキリス! あなたが勝手なことをすると、私たちが迷惑を被るのよ」
「あなたのせいで昼勤の穴埋めは私たちがしたのよ! 代わりに今晩の結界はあなたが担当しなさい!」
「しかも、得体のしれない子どもまで拾ってきて! 自分のこともままならないのに、偽善者ぶるのも大概にしないさい」
「す、すみません……」
あれ? 昨晩は私が夜勤で結界を張ったから、昼勤は先輩方の仕事では?
昼勤と夜勤は交代制ですよね? そのために、聖女が複数名いるんですよね?
それに偽善者って……。聖女が善行して何がわるいんですか?
到底、納得できない。でも、ここで反論すると、もっと責められてしまうのだろう。
あぁ。やっと眠れると思ったのに。そういえば、バタバタしすぎてまともにご飯も食べてない。
また、小さな幸せが遠のいていく——。
あぁ。いつもこうだった。私がいつも責められる。子どもの頃からだ。
きっと、孤児だから。私に優しくしてくれるのは、数名だけだった。
あぁ。そうか。グラシアが亡くなってから、私に自由なんてないんだった。
暗くなっていく空と同じように、私の心も黒く淀んでいく——。
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