第十三話 守る想い
——数分前。セルゲイが倒れる直前。
たぶん、こいつが盗賊のボスだろう。こいつさえ倒せば、この街を救える。
エレスニヤ人は絶対に許さない。一人残らず絶対に——!
甲高い剣と剣がぶつかり合う音。
走った勢いをそのまま乗せたこの一撃を受けるか……。でも、ふらついたその足なら当てられる!
盗賊のボスがふらふらと後退。斬りかかりの勢いを殺さず、そのまま次の攻撃へ繋げていく。
翻した体。顔をひねり相手を視界に捉え、回転の勢いと全身の力をこの剣に込める。
ゆっくりと進む世界。剣術の極地に辿り着いたかのような感覚。
今の俺は誰にも負けない! あの時の恨み! 代わりにこのエレスニヤ人で晴らす!
頭部目掛けて放たれた回転斬り。盗賊のボスが転んだことで、空を切る。
だが、尻もちをつく彼を前に、勝利を確信した。
怯えた目をする盗賊のボス。
これで終わりだ!
剣を振り上げようとしたその瞬間——。
「ぐわぁーー!」
後方から野太い悲鳴。聞き覚えのある声に体が勝手に振り返る。
「お、親父!?」
親父の腹部に貫かれた剣。その剣をなぜか、ダビットが握っている。
ダビットが剣を引き抜くと、大量の血飛沫。
偉大だったはずの父が。
憧れだった親父が。
ゆっくりと、力なく倒れていく。
一緒にドラゴンを倒して、大陸に戻ると誓っただろ?
……エレスニヤ人に復讐するんだろ? ……こんなところで、倒れている場合か?
……また俺は……誰も守れないのか……?
幼き日の悪夢が蘇る。それと同時に、あの日の怒りも蘇る。
沸々と湧き上がる怒り。
あの日なかった “力” が今ならある。
親父と培ったこの剣術が——。
「ダビットーー!!」
コイツだけは許さない。絶対に——。
ありったけの力を剣に込める。
地を蹴る力を。
振りかぶった腕の力を。
そして、怒りを。
しかし、その攻撃は、鋭い風切り音を鳴らしながら空を切る。
だが、諦めない。すぐさま斬り上げ。ダビットに攻撃の隙など与えない。
どれだけ疲れようとも。どれだけ息が苦しくなろうとも。
心の痛みを超えることはないのだから。
「当たらなければ、当たるまで振ればいいだろうが!!」
自分を奮い立たせるように叫ぶ。
止まらなければ、倒れなければ、負けることなんてないのだと。
ブレる視界、ふらつく足、鉛のように重くなる腕、その全てが自分の勘違いだと言い聞かせる。
訪れる限界。いくら自分を奮い立たせようとも、いくら負けたくなくても、抗えない現実。
訓練では感じたことがない異常なまでの疲労感。どれだけ息を吸おうとも、足りないと感じてしまうほど。
こんなにも消耗したのに、ダビットに与えられた傷はかすり傷程度。
だが、こんなところで負ける訳にはいかない——。
「どうした? もう終わりか?」
ダビットは余裕の表情を見せる。
言い返したいが呼吸をするのに必死で、言葉が出ない。
それでも、次の戦闘に備えて目一杯の呼吸をする。
「お前が一番に帰って来るとは、以外だったな。そのために一番遠い街にお前を追いやったのに」
「……るだろ」
「喋る余裕もないのか?」
「……わかるだろ。……あれだけ時間の経った死体。……バカでも、今朝のできことじゃないことくらい」
「俺としたことが……お前でもわかるレベルのヒントを残しちまったか。まぁいい。お前一人で覆せる状況でもない」
ダビットが再び剣を構える。
依然としてブレる視界。手も足も力が入りにくい。
それでも、攻撃するには十分回復できた。
ダビット目掛けて走り出す。
無駄な動きなど一つもできない。する余裕はない。
大地を蹴り、腰を回転させ、遅れてきた腕が連動するように、全ての力を一心に背負う。
この足が歩みを進める限り。この腕が相手を斬り裂こうとする限り。俺の魂が相手を倒そうとする限り。
——俺は絶対に諦めない。
だが、無情にもその攻撃は弾き返されてしまう。
親父と研鑽を積んだはずの攻撃が。
一度もダビットに負けたことなんてないはずなのに。
動揺して思わず距離を取る。
ジリジリと間合いを測りながら、反撃の機会を伺う。
たったの一撃を放っただけで、再び全身を疲労に襲われる。
だが、どれだけ呼吸をしようとも、その疲労感が回復することがない。
視界は霞、ダビットが二人に見えていた。
「怒りのままに力任せ。実にお前らしい攻撃だな。だが、その怒りはお前に力を与えている訳では無い」
「黙れ!」
「さっき言われたことを、忘れたのか? お前は魔力を奪われているんだよ。感情の起伏は魔力の制御に影響する。自分でも気づいているだろ? 魔力の枯渇に」
「黙れ!」
ダビットの余裕の表情。
自分でもわかっていた。異常な疲労感に。魔力の枯渇に。
それでも止まるわけにはいかない。
この街を守れるのは俺しかいないのだから。
しかし、攻撃をしたいのに、動かない体。
相手の攻撃に合わせたカウンターを狙うことしかできない。もう、その一撃に掛けることしかできない。
だが、うまくいくのだろうか? 魔力を失った状態で攻撃できるのだろうか?
あとどれくらい攻撃できるだろうか?
……この男に……勝てるのだろうか?
負の感情が。不安が。魔力を枯渇した心を襲う。
必死に不安を押し殺す。
迫りくるダビット。ゆっくりと近づく彼に恐怖すら感じてしまう。
逃げ出したい気持ちを押し殺して、剣をグッと構える。
間合いに入ったダビットが剣を振り下ろす。
攻撃を躱したはずが、腕を掠める。力が入らない腕。滴る血が剣を握る手を滑らせる。
当然のように待ってはくれないダビット。彼の連撃が四肢を斬り刻む。
その攻撃は殺すためというより、嬲るためのようで。
痛みに耐え、反撃の機会を伺う。
だが、剣は握っているだけ。
失われていく血。体から熱を奪っていく。
それでも、振り上げた剣。これが最後の攻撃。
残りの力を捧げ、この攻撃に全てを掛ける。
しかし、振り上げた剣を振り降ろすことすら許されず——。
ダビットの攻撃は腹部を襲う。
強烈な痛み。息すら吸えない。
引き抜かれた剣。と、同時に立っていることもできない。
倒れた俺の髪を引っ張られ、引きずられる。
「ほら見ろ。お前は誰も守れない。この街の終わりを無様に眺めとくんだな」
ボヤける視界に辛うじて映ったのは、血を流し倒れている親父。その横には吐血しているサキリス。
その二人の隣にゴミのように投げ捨てられた。
結局、誰も救えなかった……。母も親父も……。
エレスニヤ人に復讐すると誓ったのに。母の敵を討つと決めたのに。この国を自由へ導くと決めたのに。
薄れゆく意識。全身から血が失われていく感覚。戦場で騒然としているはずなのに、音も聞こえない。
瞼が重くなっていく。視界が闇に覆われていく。
最後の視界に映ったには、——親父。
あの世でも、かぁさんと三人で暮らそうな……。
小さかった頃、親父は忙しくて三人で過ごす時間が少なかった。
それでも、楽しかったことだけは覚えている。
天国で……みんな……いっしょだね……。
………………。
…………。
……。
「……きろ! ……起きろ!」
ペシペシと頬を叩かれている気がする。
重かったはずの瞼が開く。そこに映ったのは小さな天使。
あぁ。お迎えが来たのか。
そんなことを考えていると、
「いつまで寝ているの! 戦え! あんたしかいないんだよ!」
天使が髪を引っ張り、起こそうとしてくる。
もう、戦えない。腹を貫かれて……?
あれっ!? 痛みがほとんどない!?
よく見ると天使と思っていたのは、最近サキリスとよくいるフレアという妖精。
体を起こすと、サキリスから差し出されたポーション。
助かったのか……? いや……助けられたのか。
しかし、もう魔力が……。それでも、戦うしかない。
ポーションを一気飲み。
震える手で剣を握る。
一度なくなったと言っても過言ではないこの命。
また、命を賭して戦うだけだ!
ガシャーーーン!
盗賊の侵入を防いでいた氷塊が崩れる音。その音はあまりにも残酷で。
あぁ、終わった……。
盗賊とダビット以外の人間の心を打ち砕く——。
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