第十二話 祈りの果て
盗賊の襲撃から数日前。盗賊のアジトで密会するダビットと、盗賊のボスであるトレバー。
ダビットが島の地図を広げて作戦を立てていた。
「まず、各村から救難信号のカラクリを発射して、騎士を街から遠ざける。それから、街から騎士が減ったタイミングで街を襲うぞ」
「……そんなにうまくいくのか? それに、各村から向かえば街に到着するのも遅れるぞ。なにより、街へ向かう途中で騎士と遭遇したらどうする?」
「村の襲撃は前日。火事のどさくさで盗んだ騎士の甲冑を着ていれば、村の護衛の騎士を奇襲できるさ。当日は各村に一人配置して、そいつに救難信号を打たせりゃいい」
得意気に作戦を話すダビット。
その作戦に抜け目がないかと、考え込むトレバー。
「……だが、騎士が出陣すれば門は閉ざされるだろう?」
「二時間もすれば警戒が緩む。騎士の甲冑を着て街に向かえば尚更だな。さらに、怪我を装えば、確認も碌にせずに慌てて門を開くだろう。そのあとに俺が制御室のカラクリを潰せば……あとはわかるだろ?」
「……なるほど。……でも、二時間も経てば騎士が帰ってこないか? もっと早くてもいい気がするが?」
「配置を調整すれば問題ない。団長は俺が作戦を考えるといえば聞くさ。どうせ脳筋のイヴァンは、何も考えちゃいねぇだろうしな」
地図に記載された村の位置と街を指差すダビット。
すでに騎士の配置も想定しているようだ。
「それに、王都からの援軍も来られないようにする方法も考えてある」
「抜かりねぇな! さすがだぜ!」
「王都の連中に邪魔されるわけには行かねぇからな。この街を奪ったら、次は王都だ!」
ダビットは地図上の王都を軽く指で弾く。彼の鋭く険しい目つき。その目はすでに王都に向いていた。
「……許さない! ……あいつだけは絶対に!」
こめかみに青筋を立てるダビット。ワナワナと震える手を机に叩きつけた。
◇◇◇
大量の血を流して倒れているセルゲイ様。それを見たイヴァンが、ダビットさんの方へ走り出す。
「ダビットーー!!」
顔を真っ赤にして感情がむき出しのイヴァンは、まるで獣のように奇声を上げながらダビットさんへ斬りかかる。
イヴァンの大振りな攻撃はダビットさん当たることはなく、簡単に避けられてしまう。
それでも、イヴァンが止まることはない。その圧に気圧されたように、ダビットさんは後退していく。
セルゲイ様が一人になった今なら助けられるかもしれない。
急いでセルゲイ様の下へ向かう。
彼は甲冑の隙間から剣を刺されたようで、大量の血が流れている。
血の量からして、かなり危険な状態。
「甲冑を脱がさないと」
傷口が確認できるように邪魔な甲冑を脱がそうとするが、大の大人から脱がすことは困難。
焦る気持ちと震える手が私の邪魔をする。
「ちょっとあんた! サキリスを手伝いなさい!」
フレアが近くの騎士を連れて来てくれたようだ。
騎士が甲冑を脱がしている間に、詠唱を開始する。
「治癒の燈が苦しみからの解放をもたらす。
燦爛たる癒光——ハイヒール」
セルゲイ様の傷口が淡い緑色の光に包まれていく。徐々に傷口が閉じていくが、完全には閉じきらない。
血もまだ止まらない。この傷口では一回のハイヒールで、回復させることは難しそうだった。
一回で無理なら何回でもやればいい! 大丈夫、私ならやれる! 絶対に助けるの!
震える手で必死に祈り、詠唱。
「治癒の燈が苦しみからの解放をもたらす。
燦爛たる癒光——ハイヒール」
傷口は再び淡い緑色の光に包まれていく。もう少しで傷口は塞がりそう。
だが、セルゲイ様の顔色は青白く、血の気がない。あまりにも大量の血を失ってしまったのかもしれない。
セルゲイ様は絶対に死なせない。この街で私を普通の人として、接してくれた数少ない人。あなたの推薦があったから聖女にもなれた。
だから、あなただけは——。
「治癒の燈が苦しみか——グフッ!」
魔力を失いすぎたかもしれない。吐き気が止まらない。さすがに三回も連続でのハイヒールはきつかったか……。
でも、セルゲイ様はなんとしても助けたい……。
「サキリス大丈夫!? 血を吐いているじゃない!」
「えっ!?」
吐き気で押さえた手が真っ赤に染まっている。
いくら魔力を失いすぎたからといって、血を吐くなんて……。
でも、このままではセルゲイ様が……。
魔力を回復しようと、魔力回復ポーションに手を伸ばす。震える手で必死にポーションを掴む。こんなにもポーションの瓶は重かっただろうか? 落とさないように両手で持ち上げる。
だが、魔力回復ポーションはすでに空。先ほど全て飲みきってしまっていた。
「……そんな。……このままじゃ、セルゲイ様が助けられない……」
「何言っているのよ!? あなたが倒れてしまうわ!」
「……でも」
「でもじゃない! 部屋からポーション取ってくるから、座って休んでないさい!」
フレアはそう言うと、大慌てで飛んでいく。
最初からもっと持ってきていれば……。緊急事態だとわかっていたはずなのに……。
私のせいで……。私が準備を怠ったせいで……。
目も霞んでいく。座っていることがやっとで、立ち上がることもできない。
もう、自分でもどうすればいいのかわからない。
後悔だけが頭の中をぐるぐると駆け回っていた。
そっと手を握られた。
「……だい……じょうぶ」
「喋らないほうがいいです。傷口が——」
「……すまない……きみに……あやまら……ないと……」
握られた手は力なく、か細い声で必死に話そうとするセルゲイ様。
「セルゲイ様に謝られることなんてないですよ。私は助けられてばかりでした」
「……わ、わたしは……きみを…………」
「セルゲイ様!? セルゲイ様!? 駄目です! あなたまで、いなくならないで!」
握られていた手はだらりと力が抜けたように落ちる。
いくら声を掛けても。いくら揺さぶろうとも。セルゲイ様からの返事はない。
……そんな。……いやだ。……目を開けてよ。
孤児の私のことをいつも気にかけてくれていた。私はまだ恩返しができていないのに。
……私の大切な人はみんな亡くなってしまうの……私のせいで……。
門の方からは氷塊を攻撃している、であろう不穏な音が響き渡る。
絶望へのカウントダウン。この氷塊が崩壊してしまったらもうこの街を守る手立てはない。
朦朧とする意識。色褪せていく視界。ただただ、周囲の音が鈍く脳内で響く。
誰も守れなかったと、自責の念に駆られてしまう。
冷たくなっていくセルゲイ様の手。
ふと、思い出が蘇ってきた——。
◇◇◇
——数年前。まだ、サキリスが聖女になる前のこと。
まだ、日が昇りだしたばかりの肌寒い時間。眠っているグラシアを起こしに行く。
「起きてグラシア!」
「……ん゙ん。……まだ、早いわよ」
目をこすりながら起きるグラシアは、まだまだ眠そうで。
それでも、彼女を叩き起こしたのには理由があった。
聖女の試験の合否が王都から届く日だからだ。
これからグラシアと一緒に働けることが楽しみで、昨日は一睡もできなかった。
「セルゲイ様の所へ行きましょう! 合格通知が届いているかも」
「そんなに慌てなくても、手紙は逃げませんよ」
王都からの手紙は領主邸にまとめて届き、そこから仕分けされる。
待ち切れない私はグラシアとともに、セルゲイ様の下へ徒歩で向かう。
だが、領主邸が近づくにつれて、不安が徐々に押し寄せてくる。
「……だ、大丈夫かな? 不合格だったらどうしよう……」
「あなたなら大丈夫。なんたって、この私が指導したのだから!」
「……そうよね。……大丈夫、だよね……?」
「あなたは優秀。自慢の娘よ」
「……ありがとう」
グラシアにそっと抱き寄せられる。
褒められたことが嬉しくて。娘と言ってくれたことが嬉しくて。
でも、久しぶり抱きしめてくれた彼女の体は骨ばっている。
いつの間にか抜いてしまった身長。
それでも、彼女の抱きしめる力は昔と変わらず強かった。
領主邸へ向かう道中、兵舎横を通過すると騎士の話し声が聞こえてくる。
「一番隊隊長が王子の近衛兵になったことで、イヴァンが一番隊の隊長に就任するらしいぞ」
「マジか!? まだ二十歳そこそこだろ!? まぁ、実力は確かだが……」
「なんでも、騎士団の名前を “竜滅騎士団” と銘打って、本気でドラゴンを討伐するらしいぞ」
「えっ!? 俺たちは戦わない……よな?」
どうやら、イヴァンが一番隊隊長に就任するらしい。
あんな自己中で嫌なことばっかり言う奴が、隊長になっても大丈夫かしら? 隊員のこと置き去りにして単騎で突っ込みそうだけど……。さすがに……ね?
領主邸に到着。執事に導かれて応対室へ。執事が言うには、王都からの手紙は届いているとのことだった。
高鳴る鼓動。心臓が口から飛び出てきそうになりながら、セルゲイ様を今か今かと待ち続ける。
大丈夫。やれることはやった。課題も全てクリアした。それに、グラシアも大丈夫って言ってくれた。……大丈夫……だよね?
汗でビチャビチャの手を拭うように、服の裾をギュッと握る。
すると、応接室の扉が開く。
「け、結果は、結果はどうでしたか!?」
「落ち着いて。ここに届いているよ」
セルゲイ様の手には未開封の封筒。にこやかに渡された封筒の表紙には、 “聖女試験合否” の文字。
震える手で封筒を開けていく。
「ふぅ、確認します。えー、厳正なる審査の結果、貴女が孤児であることを鑑みて、……身元引受人の高齢を理由に “不合格” と……なりまし……た」
「はぁ!? どういうことよ!」
グラシアに奪い取られた不合格通知。その手紙を見てワナワナと震えて怒っている。
突きつけられた現実。どうすることもできない出生での判断。
孤児なことは仕方がない。でも、グラシアのことまで否定されたようなきがして。悔しくて。
もう、聖女になれないってこと? グラシアと一緒に働けないってこと?
私が働いてグラシアを楽にさせたいと思っていたのに……。
ただ、聖女になって恩返ししたかっただけなのに……。
「ちょっと……風にあたってくる……」
トボトボと部屋を出る。だが、部屋を出ると力が抜けてへたり込んでしまった。
部屋から二人の会話が微かに聞こえてくる。
「あの子は特別だよ! 魔力も詠唱もこの街の聖女より優れている。なのに……出生で決めるなんて、あんまりじゃないか……」
「……」
「なんとか言ったらどうだい! あんたのドラ息子を一番隊隊長にしたんだろ? サキリスを聖女にだってできるんじゃないのかい?」
「……私がサキリスの身元引受人になろう。そうすれば、まだ可能性がある。……それに、私にはその責任が——」
「まだ、なれる可能性があるの!?」
気がつくと扉を開けていた。いきなり扉を開けたからか、二人は肩をビクッと跳ねさせていた。
「……でも、セルゲイ様がどうして……」
「……領主として、困っている住人は助けないとね。だから、諦めてはいけないよ」
にこやかに笑うセルゲイ様。その優しさが身に沁みる。
私のことを想ってくれているのはグラシアだけだと思っていた。領主としてだとしても、その気持が嬉しかった。
思い返せばこれまでも色々と支えてもらっていたと思う。
孤児のことや見た目のことで、偏見を持たれることも多かった。けど、セルゲイ様はそんな私にもずっと優しかった。
この人が父親だったらと願うことも……。
それから数日。セルゲイ様が身元引受人になってくれたお陰で、無事に聖女になれた。
恩返しするために、この街を守ると誓った。
グラシアのように——。
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