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第十一話 裏切り者

 ——二十年前。大陸のとあるリベリオス領の街。


 轟く悲鳴と燃え盛る炎はまるで地獄。金髪や赤髪、白髪のような派手な髪色の敵兵は悪魔のようで。戦場と化したこの地からリベリオスの人々は、逃げ惑うことしか出来ない。

 逃げ遅れた母子は裏路地の細い通路に身を隠し、見つからないようにと祈ることしか出来ず。ただただ、息を潜めていた。


「もし、敵がここにきたら奥に逃げなさい。ここなら子どものあなただけにしか通れないわ。……必ず……必ず生き残るのよ」

「……イヤだよ、かぁちゃん。……みんないっしょでしょ」

「……あなたは私の希望よ。……イヴァン、愛しているわ」


 敵兵にバレないように声を押し頃して話す、まだ三歳のイヴァンとその母 “イリーナ アルゾフ” 。

 イヴァンから溢れる涙とすすり泣く声が漏れる。瞳いっぱいに溜まった涙をそっと拭う母イリーナ。

 しかし、その微かな泣き声が敵兵の耳に届いてしまう。


「ガキの泣き声がするぞ!」


 彼らの下へ足音が一歩。また、一歩と近づく。

 イリーナはイヴァンをギュッと抱きしめた。時間にしたら数秒という一瞬の時間。だが、その一瞬の時間に全ての愛情を注ぎ込む。

 そして、イリーナはイヴァンを細道へと無理やり押し込んで叫ぶ。


「行きなさい! 走るのよ!」


 押された勢いで数歩前へ進んだイヴァンが慌てて振り返る。

 その直後、大柄の白髪の男が剣を振り上げていた。その剣はイリーナを貫き、鮮血が舞う。


 優しかった母が。

 愛していた母が。

 ゆっくりと、力なく倒れていく。


 イヴァンは母の下へ駆け寄りたい気持ちを押し殺して走る。震える手足を必死に動かして走る。小さな心臓がはち切れんばかりに脈打ち、息が苦しくなろうとも走る。

 『必ず生きるのよ』という、母の願いを叶えるために。


 そのまま路地裏を抜けて森へと逃げ込んだ。

 振り返ると炎が街を飲み込み、夜空を赤く照らしていた。


 母を守れなかった後悔。無力な自分を呪った。

 それでも、彼は生きることを選んだ。

 そして、イヴァンは誓う。


「……ゆるさない! ……ぜったいに!」


 燃え盛る街の炎より激しく、イヴァンの心を燃やす炎。

 小さな少年の心に深く刻まれた “復讐” の二文字は、消えることはない。




 ◇◇◇




 門の前に破壊された氷の粒が、光を反射させながらキラキラと宙を舞う。

 その中から現れたのは、肩に担ぐように持った剣から赤黒い血が滴り、赤く染まった白馬に跨ったイヴァンの姿が私の目に飛び込んだ。


 その瞬間、盗賊の言葉が頭を過る。

 盗賊が言っていた “仲間” とは、イヴァンのことだったの?


「待たせたな! 一人残らず皆殺しだ!」


 イヴァンが叫ぶと私の心臓は握りつぶされそうなほど、ギュッと締め付けられてしまう。


 彼は白馬から飛び降りると、一目散に盗賊に斬りかかり始めた。

 一人。また、一人。と、盗賊を殲滅。

 彼の登場で沸き立つ騎士は歓声を上げた。疲れ切っていたはずの騎士たちの動きが良くなっていく。


 その光景を見たフレアは嬉しそうに私の周りを飛び回る。


「勝てるわよ! あの男やるわね!」

「……そうね」


 一騎当千。圧倒的なイヴァンの戦力。敵の攻撃が彼を掠めようとも、止まること気配はない。

 この街を守るため傷だらけになろうとも戦う、イヴァンに目を奪われてしまう。


 イヴァンのことは自分勝手な嫌な奴だとずっと思っていた。猪突猛進で何も考えてないと思っていた。

 でも、街を守るために戦う彼の姿を見ると、自分の考えは間違っていたのかもしれないと思わされてしまった。


 イヴァンの登場で戦況は一変したかと思えた。

 だが、門の氷塊が破壊されたことで、盗賊の軍勢もなだれ込む。


 魔力が無くて気持ち悪いなんて言っていられない。

 怖いなんて言っていられない。

 私は聖女としてこの街を守ると決めたのだから。

 戦っているのは一人ではないのだから。



「氷結の大地が防壁に変貌し、強固な盾をもたらす!

 堅牢(けんろう)氷塊(ひょうかい)——アイスシールド!」



 詠唱を終えると、凍えるような冷気が吹き荒れる。門の周囲は盗賊ごと凍りつき、氷塊が再びこの街の入口を堅く閉ざす。


「ウッ……」


 強烈な吐き気に襲われる。全身から魔力とともに熱が奪われていく。自分まで凍りついてしまったのではないかと、錯覚するほどに。

 視界がグニャグニャと歪み、立っていられなくて座り込んでしまう。


 震える手で魔力回復ポーションに手を伸ばすが、手に力が入らない。

 それを見かねてか、フレアがポーションを取るのを手伝ってくれる。


「もう少しの我慢よ! アレスは必ず戻ってくるわ!」


 普段ならチビチビと少しずつしか飲まないが、我慢できずにポーションを一気飲する。

 体の震えは少し落ち着き、視界も落ち着く。

 完璧に体調が戻ったとは言い難いが、ポーションのお陰でかなり良くなっていた。


 門は閉じられた。これでしばらくは敵が街に入れない。

 けど、強力な魔法を使うことはもう……。


 後は騎士たちに任せるしかない。彼らの無事と勝利を祈ることしかできない。

 戦況はイヴァンのお陰で優勢に進む。

 すると、盗賊のボスがイヴァンの前に立ちはだかる。


「さすがは一番隊隊長のイヴァン! 俺が相手してやろう!」

「どうして俺の名を知っている!?」

「さぁな」


 二人は剣を向け合って対峙。

 一瞬の静寂。と、思った次の瞬間——イヴァンは勢いよく敵に飛びかかる。


 イヴァンの連撃が盗賊のボスを襲う。その連撃により反撃ができない様子。

 剣と剣がぶつかり合い、甲高い音が響き渡る。

 そして、攻撃が盗賊のボスの頬を掠めて、タラリと血が流れた。


 防戦一方の盗賊のボス。だが、彼の表情から焦りや不安は伺えない。なんなら、薄笑いを浮かべており、余裕すら感じる。


「どうした? これで終わりか? その程度でドラゴン討伐すると、ほざいていたのか?」

「黙れ!」


 盗賊のボスの煽りにイヴァンの攻撃はさらに加速していく。


 そんなに猪突猛進に突っ込んで大丈夫なのだろうか?

 止めどなく攻撃しているが、一度呼吸を整えた方がいいのではないだろうか?

 明らかにムキになっていうようで、そんな調子で大丈夫なのか? と、心配になる。

 イヴァンらしいといえば、イヴァンらしいけど……。


 鋭い斬りかかりが盗賊のボスに迫る。斬り掛かったと直後、そのまま体を翻した勢いのまま回転斬り。

 その回転斬りがついに盗賊のボスの胸部へ直撃。金属がへこむ低く鈍い音が響く。


「ヴッ!」


 盗賊のボスの苦しそうな低い声を上げながら、後方へ吹き飛ぶ。その衝撃で砂煙が上がり、盗賊のボスの姿は見えなくなった。


 イヴァンが勝った! これで、この戦いは終わる……よね?


 盗賊のボスを倒したことで終わると思われたこの戦い。

 辺りは騎士と盗賊が倒れており、血生臭い匂いが充満。

 しかし、吹き飛ばされた盗賊のボスが立ち上がる。

 それでも、甲冑の胸部は大きくヘコんでいて、呼吸も苦しそう。口から血を流しており、明らかにダメージを負っているようだ。


「今がチャンスだ! トドメを刺すのだ!」


 セルゲイ様が興奮したように叫ぶ。

 しかし、イヴァンも息切れしているようで、肩で息をしてまだ動けない様子。

 盗賊のボスは甲冑を脱ぎ捨て、ポーションのようなものを口に含む。


「気づいているか? 魔力が奪われていっていることに?」

「負け惜しみか?」

「無知とは罪だな! まぁ、こんな辺境の国では無理もないか」

「黙れ!」


 盗賊のボスを守るように他の盗賊がイヴァンの前に立ちはだかる。

 しかし、部下を押しのけるように、イヴァンの方へ向かう盗賊のボス。


「魔力とは生命力。それは例え剣士だろうと例外ではない。この世界の人間全員に魔力が存在し、魔力は戦闘力と言っても過言ではない」

「フン! 言ってろ!」


 イヴァンは次の戦闘に備えるように深く息を吸い、呼吸を整えている。


 確かに魔力が無くなっていくと、精神的にも肉体的にも支障をきたす。

 でも、魔法を使わない剣士にも同じだとは知らなかった。


 すると、盗賊のボスはポケットから小さな四角い箱を取り出す。


「このカラクリは周囲の人間から魔力を奪う。直にこの街の人間の魔力はこのカラクリにより奪われる」


 だから、異常に魔力が失われていたの!?

 そんなカラクリがあるなんて……。


 イヴァンは馬鹿にしたように鼻で笑う。


「フン! じゃあ、おめぇたちも魔力が無くなっていくじゃねぇか!」

「お前は馬鹿か? 対策しているに決まっているだろ!」


 盗賊のボスはそう言うと、左手を掲げる。その手には腕輪。


「これがあれば魔力は奪われない。当然、俺たちは全員付けているぞ!」

「魔力が無くなる前にお前をぶっ殺せば関係ねぇだろ!」

「感情は魔力の制御を乱す。魔力がすぐに無くなったらつまらねだろ!」

「うるせぇ! 俺は冷静だ!」


 呼吸を整えたイヴァンは勢いよく走り出す。その勢いのまま盗賊のボスに斬りかかる。

 剣でその攻撃を受け止める盗賊のボス。火花が飛び散るほどの激しい剣と剣の衝突。甲高い音が響く。

 その衝撃に盗賊のボスは数歩後退。体制が崩れた盗賊のボスが剣を構え直す前に、イヴァンは体を翻して回転斬りを放つ。


 盗賊のボスは転んだように後方へ尻もちをつき、辛うじてイヴァンの攻撃を躱す。

 その攻撃は空を切るが、剣の鋭い風切り音が少し離れたここまで聞こえてくるほどの威力。


 今がチャンス! 敵が倒れているうちに——!

 ……お願い、絶対に勝って。頑張ってイヴァン!


 祈るように戦況を見つめる。自分には祈ることしかできなかった。

 あんなにも嫌いだったはずのイヴァンを、応援している自分に気付いたが、そんなことはどうでも良かった。

 ただただ、街のために戦うイヴァンに祈りを捧げる。



「ぐわぁーー!」


 突然聞こえた別の方向からの悲鳴。

 視線をその方向へ向けると、セルゲイ様の背後に立つダビットさん。二人の背中しか見えなくて状況がよくわからない。


「お、親父!?」


 イヴァンの叫びに近い声が響く。

 その直後、セルゲイ様がバタンと倒れた。その周囲の地面が赤黒く染まっていく。


 えっ!? 何が起こったの!?


 あまりに突然の出来事に理解が追いつかない。

 助けに行きたいのに足が動かない。


「やっと動いたか! 遅いぞダビット!」


 盗賊のボスが嬉々として叫ぶ。


 そ、そんな。……ダビットさんが……セルゲイ様を?

 どうして!? 彼が裏切るなんて——。


 だが、ダビットさんの手には血が滴る剣。その明らかな裏切りの証拠が、現実だと突きつける。

 イヴァンの登場で優勢に思えた戦況が一気に逆転した瞬間。

 この街を守る手立てが無くなってしまったかのような状況に、全身から血の気が引いていく。


 ……もう、この街は終わりなの……?


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