ちっぽけな復讐譚
全て壊された。
尊厳も、過去も、未来も、何もかも。
〜〜〜
私は生まれつき、魔術の才能が無かった。
魔力を取り入れる事も、取り出す事も出来ない。最大魔力量もゼロ。魔導学的に有り得ないとされてきた、ある意味幻の存在。
しかも白髪で赤みがかった瞳。吸血鬼を連想するから不吉だ、って。
おまけに虚弱体質。王族なのにこの有様、私が疎まれない筈は当然無かった。
親にすらマトモに相手して貰えなかった。最低限、王族としての体裁を保つくらい。
だけど、15歳になった頃、遂に棄てられた。
〜〜〜
そこから先は地獄だった。
有りもしない犯罪で奴隷に堕ちた。
子どもを作る能力を奪われた。
どうして?私が何かした?
貸出先で玩具として汚される日々。
痛めつけられる事もあった。
無茶な労働を要求され、罵声を浴びせられる事もあった。
〜〜〜
いつしか、感情が薄れてきた。何も感じなくなってきた。
四肢は、いつの間にか殆ど壊死していた。付け根近くの触覚しか生きていない。右眼は汚い棒を捩じ込まれて潰された。
こうなったら、処分されるだけだろう。そう思っていたら、誰かが私を購入した。
なにするんだろ。
金属製の硬い長机のようなものに寝させられた。何をされるのか皆目見当がつかない。
えっ
いたい
いたいいたいいたいいたいいたいやめてきらないできらないでああああああわたしのうでをかえしてやだやめてなんでこんなことするのやめてもうやめてごめんなさいなんでもするからあしはやめてあしはやめていたいいたいああああああいぎいいいいやめてやめていやあああああああああああああああ
この痛いの、いつまで続くの…
…
何、この、これ…
私の腕が付いていた所に、何する気…?
いっ…いぎあああああああああああああああああああああああああああああ
はぁっ………はぁっ………
…何、これ。腕を模した、腕…?
って、動いた!?あっ痛たたた…
…
え?は?
あっ…左腕もなんだ…奥に脚もある…人間の脚じゃないけど…
…
また、あるけるの?あるけるように、なるの?
…
…今度は、目?人間のものに似ているけど…
あっあっあっえっなにするのきもちわるいはきそうおええええええええええ
はぁ…あ、手術終わり?えっと、その…結局、何の手術だったんだろ。腕と脚と右眼を治してもらったけど…
〜〜〜
その日から、私はヒトならざるものとなった。
少しだけ抱いた希望は、奪われる事は無かったけど、別のもので滅茶苦茶にされた。
人を数え切れない程殺した。
建物を数え切れない程壊した。
王家の抱える研究所で生み出されたバケモノは、命令に逆らえないまま、王家に逆らったものを殺し回った。
一瞬魔が差しただけだった。
目の前には、かつて家族だった肉塊があった。
何も感じなかった気がしていた。
気が付くと、全員の四肢を原型が無くなるまで踏み潰していた。
さっきまで眼窩に嵌っていた目玉は、くり抜かれて潰れていた。
私の身体に甘美なものが走った。
数秒後には、王城の敷地に立派な瓦礫の山が出来ていた。
私は壊れた擬似交流機械のように笑った。
この力があれば。
今まで他人の思い通りにされてきた自分が。
他人を好きなようにできる。
あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
〜〜〜
あの後、私を蔑んだ人は、私を痛めつけた人は、私で遊んだ人は、私を汚した人は、全員殺した。
だけど、その先を出来なかった。
最初は、一族全員殺した。
繰り返す度に、段々と虚しくなってきた。
最後まで、一族全員殺すつもりだった。
最後の家だった。
子どもが居た。
4、5才くらいだった。
例外は作らないつもりだった。
怯えていた。
たたかないで。
ごめんなさい。
声が聞こえた。
急に馬鹿らしく思えた。
自分のしてきた事が。
自分の行動理念が。
自分という存在そのものが。
気付けば。
酷く醜く歪んだ腕で。
たくさんの人を殺めたこの腕で。
虐めていたとは言えこの子の家族だった人達を殺めた腕で。
この子を抱いていた。
全て壊したのだ。
この子の過去も、未来も。
それが良かったのか、悪かったのか、分からない。
けれど最低限、その責任は取らなければ。
〜〜〜
「ほーら、高い高ーい」
「きゃははは!たのしい!」
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「みてみて!けいさん、ぜんぶあってた!」
「可愛っスゴっ!!!?ご褒美増やしちゃお!」
「えー、えりかねーちゃんだけずるいー」「わたしもー」
「はいはい、皆増やしてあげるよー」
「「「わーい!」」」
〜〜〜
「今更だけどさ」
あの時拾った子どもは、立派に成長していた。
長い時間ほど、楽しい時間ほど、あっという間に過ぎていく。あれから10年、少女は15歳に、孤児院の院長は26歳になっていた。
「どうしたの?」
「何でここを作ったの?」
「孤児院の事?」
「うん」
「何でだろうね」
11年前。私は、人としての何もかもを奪われた。
切っ掛けは兎も角、二度と私のような存在が生まれない為に。
それと、子どもが欲しかった。生憎と生殖能力は奴隷堕ちした時に失ったから、血の繋がらない子どもの面倒を見るしか、方法が無かった。
バケモノな身体のお陰で、一度に何人もの子どもの面倒を見られる。それを活かすなら、孤児院が良いだろうと思ったのだ。
…それと。王家の奴らは孤児院を軽視どころか蔑視していたらしい。孤児院で楽しく過ごす事で、そいつらに対して少しでも仕返ししてやろうと思った…事もある。
「まあ、何でも良いけどね」
「いいんだ」
「うん」
「卒院おめでとう。はいこれ、卒院祝いのアルバム」
「ありがとう」
最後に、ハグをした。涙でぐしょぐしょの顔を見られたくないのは、相手も同じだったようだ。
落ち着いた頃にハグを解き…
「わっ、鼻水!?汚い!!」
それまでの感動とか寂しさとかを全て台無しにされた。
〜〜〜
ローバイ孤児院。
カルーナと名乗る女性がたった一人で運営する孤児院。
いつも子ども達の楽しそうな笑い声が聞こえてくるらしい。
カルーナ
“自立”
“連理の枝”
“旅立ち”
“誠実”