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その10


「でも、終わったら学校に戻るわよ。私とひかりちゃんの、ふたりで」


 と祝部ひかりを中心とした三角関係(仮)に若人たちが青春群像していたころ、ペトロ・コスタとマリサ・コスタの中年夫婦は奇妙な感じを受けていた。どこで? それは彼らのレストランで。何から? それはこれから分かる。


「マリサ?」厨房からペトロが訊いた。


「ペトロ?」フロアからマリサが応えた。「いまの気付いた?」


 彼らはいま、アーサーに留守を任せ、休業中の彼らのレストランへと来ていた。前回話したとおり、ここで消えた天台の手下たち、その痕跡のようなものでも見付かれば、彼らの能力、ひいては天台烏山が彼らを付け狙う理由のようなもの、その一端でもつかめるのでは? そう考えたからであった。であったが、


「おまえか?」続けてペトロは訊いた。


「ううん」とマリサは応えた。周囲を見回し、彼女の《結界》、光るロープが出ていないことを確認してから、「あなたは?」


 この質問にペトロは首をふって答えた。彼の目の前で天台の手下が消えた時とも、また先ほどマリサに呼ばれる形で彼の目の前に“アレ”が現われた時とも感じが違うし、それに、


「それに、なんか……長くないか?」


 と彼も言うとおり、いま行われている“ジャンプ”は、要は巻き込まれ事故のようなものであって、ここ最近立て続けに造られた経路、トンネル、ケモノ道みたいなところを、足をすべらせはまり込んだ少女がひとり、うさぎ穴に落ちたアリスよろしく、


「きゃぁあぁあぁあぁあぁあぁああああ」


 と落ち先、出口も分からず、堕ち続けているだけだったからである。


 であるので、もし彼女にどこかの出口、あるいは会いたいひとのイメージのひとつでもあれば、すぐにでもそこに堕ちれたのかも知れないが、不意にそこにはまり込んだだけの彼女にそんなイメージが持てるはずもなく、その為このトンネルも、手当たり次第に彼女をあっちへピョンッ、こっちへボ――――ンッと運びまわることになるわけだし、そうしてまたまた、こちらも痙攣的かつ行き当たりばったり的かつ手当たり次第的に、


 カーーーーーーーーーーーーーーーッペ!


 と彼女をどこかに吐き出しては、


「へ?」とペトロに上を向かせ、


「女の子?」と同じくマリサにも上を向かせ、


「きゃぁあああ!」とその少女・木花エマを、レストランの天井付近からフロアの床に、


 どっしーーーーーーーん!!!


 と落っことすことになるのであったし、そうしてまたまたこの経路、トンネル、ケモノ道は、


「いったたたたたたた」と寝ころんだまま顔を上げた彼女が、「え? え? ここ? どこ?」とマリサやペトロに気付く間もなくそのまま、


『ああ、すみません。ここじゃあなかったですか?』


 とばかりにふたたび、彼女が寝ころぶその床へ、ある種の裂け目、時空間の歪みのようなものをつくり出すと、


「え? え? また? また? まだやるの?」と嘆く彼女は無視したまま、「だめ、だめ、もう、だめ、限界、わた――」


 ぐっ。


 ぎゅっ。


 ひゅっ。


 と彼女をまた何処かへと飛ばすことになるのであった。そうして――、


     *


 そう。


 そうしてそれと同じころ、『ウィリアム書店』の前の通りでは、何人かの男子学生が連れ立って歩いていた。既に酒でも入れたのか、彼らの大学の校歌をふてぶてしくも歌い上げながら、ある者は手でリズムを取り、残りのものはそれに合わせてまるで行進でもしているかのようだった。


 すると、その中のひとりは一瞬、『ウィリアム書店』の中に立つ制服の少女に目をうばわれた。その古びた店の内装にも外装にも不釣り合いな、すらりとした少女であったから。


 であったがしかし、と言うかもちろんと言うか、そのとてもきれいな少女は、その男子学生の視線に気付くこともなければ、ふてぶてしい彼らの校歌が通りを過ぎて行くことに気付いてもいない様子であった。


 彼女はいま、店の入り口付近に傾きながらもまっすぐに立ち、腕を胸のあたりで組んでいた。店の少し奥、彼女の視線のその先では、彼女の友人――と言っていいだろう――小柄でやせ型の少女が、背の高いひょろとした少年と何事かを話し合っ……あ、いや、話そうとしたまま固まっていた。


「ふん」と入り口付近に立つ少女は息を吐いた。ちいさく。言葉はなかった。友人とその恋人――そう彼女は勘ちがいしていたが――に向けられた視線は、それでも心ここにあらずといった感じで、遠いどこか……あ、いや、遠いいつかを想い出そうとしているようでもあった。


「ふん」とふたたび少女は息を吐き、彼女は、ある種のメランコリーとともに、麦秋の空の青と、黄金色の畑にはいる大鎌の音、それに、“あの人”が耳の後ろに差していた白いテンジクアオイを想い出していた。


「ふん」そう。その頃彼女は、その彼女よりも随分ちいさく、彼女が丘の上の修道院まで野菜を運ぶ姿や、バラ色の大きな口から楽し気な笑い声を発するところをよく見ていたからである。


     *


「あー、またウソを吐きましたね、坊ちゃん」とそのころ彼女は、彼女のことを“坊ちゃん”と呼んでいた。彼女が収穫を手伝っている畑の持ち主が、彼女の父親だったからである。「そんなウソばかり吐いてると、天国に行けなくなりますよ」


 この「天国に行けなくなりますよ」は彼女の口ぐせであった。であったがしかし、“坊ちゃん”と呼ばれる方の彼女はそんなこと信じてはいなかったし、また仮に信じていたとしても、そのウソをやめることはなかったであろう。なぜならそれは、いつも彼女がだまされたふりをしてくれたからだし、それが彼女にはとてもうれしかったからである。


「まったく。むこうで私と会えなかったらどうするんです?」あるとき彼女は言った。彼女は訊き返した。「**は行けるの?」


「もちろん」彼女は応えた。「私ほど信心深い女はいないって、世間もっぱらの評判ですから」


「ふーん」彼女は考えた。天国なんてものがあるかどうか、幼い彼女にはよく分からなかったが、それでも、出来れば向こうでも彼女とこうして話がしたい、と。


「どうです? やめますか? ウソを吐くの」


「うーん」しばらくうなって彼女は応えた。「ちょっと、考えさせてよ」


 がしかし、その答えは結局、出されないままに終わった。


 というのもあの日、それから一週間ほどが経ったあの日、途方もなく大きな月が空を覆ったあの初夏の日の夜、彼女――栗色の髪とバラ色の大きな口を持った彼女は、自ら命を絶ったからであるし、そのため彼女――“坊ちゃん”と呼ばれた彼女は、ある老婆が、彼女の魂は決して天国に行くことはないだろう、とつぶやくのを聞いたからであった。


     *


「ごめん。かすみちゃん、お待たせ」とここで彼女の――祝部ひかりの声がして、彼女――先名かすみの意識は、遠いいつかのどこかから引き戻された。


「いいの?」かすみは訊いた。腕を、胸のあたりで組んだまま。


「うん」ひかりは応えた。話したいことは色々あったが結局、自分の中でも整理し切れていないことに気付いたとかで、「朱央――あ、彼、朱央って言うんだけど……って、あの、彼、彼氏とかじゃ全然ないんだけど……」彼の方はいつでも、ひかりが話せる時に話してくれればいいと言っているし、「かすみちゃん待たせてても悪いだろうからって」


「ふん」と、ここでもかすみは息を吐いた。怒っているように想われないか不安になって、すぐに組んでいた腕をほどいて、ひかりの手を取った。「分かったわ」つい、昔みたいなウソを吐きそうになっている自分に気付いた。急いで口を閉じた。


「なに?」ひかりが訊き返した。


「なんでもないわ」と答えてあちらを向いた。「はやく戻りましょう。学校に」


 こちらに来てまで結局、彼女と再会しても結局、彼女は答えを出せないままでいるようだった。



(続く)

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