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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第五話「もしも、間違いに気がつくことがなかったのなら?」
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その11


「え?」となって祝部ひかりはうしろをふり返った。「内海くん、今日来ないの?」


「あっ」となって女子生徒は口をおさえた。が、それでもすぐにその手をはなすと、「さっき、ブラバンの子に聞いたんだけどさ」声をひそめてこう続けた。となりに座る別の女子生徒にも目配せしつつ、「一組の風見さん、千尋ちゃんもお休みらしいんだけど――」


 ここは、ひかりが通う高校の彼女のクラス。彼女は昨夜のごたごたについて、父・優太から内海祥平は無事ひとり帰宅していたと聞いていたのだが、それでもなにか不安が残っていたのだろ、いつもより早く家を出ると、ひともまばらな教室で彼の到着を待っているところであった。であったが、


「どうやら彼女、内海くんの病院に付き添ってあげてるんだって」と女子生徒は続けた。


「病院?」ひかりは訊き返した。「ケガかなにかしたの?」


「それがさあ」さらに女子生徒は続けた。さらに声をひそめ、ひかりの方に身を乗り出しながら、「なんか健忘症? 記憶喪失? みたいな感じになってるんだって」


「記憶喪失?」別の女子生徒が訊いた。


「そうそう」最初の女子生徒が答えた。「なんか、ここ数週間の記憶? 場合によってはもっと昔の記憶なんかも曖昧? な感じになってるらしくって。千尋ちゃんのことも一瞬分からなかったとかなんとか――」


 ちなみに。ここで名前の出ている「千尋ちゃん」こと風見千尋とは、例の、ひかりと清水朱央のデート写真を撮影・拡散した張本人、クーデレというかサイコパスちっくな内海祥平の幼なじみである。であるが、


「でも、“あの”千尋ちゃんが付いて行くくらいでしょ?」


 それほど内海の症状は重たいのではないか? と千尋の所属するブラスバンド部内では憶測が飛び交っている、ということであった。そうして――、


     *


「え?」となってマリサ・コスタもうしろをふり返った。「ペトロが?」


「ええ、はい」と一瞬、彼女のその美しさに気おくれしつつも、その女性警官は答えた。「どうやら、街にもどって来ているようです」


 ここは、マリサが暮らすマンションの前。昨夜、山岸富士夫の失踪? 消失? のあと彼女は、天台の秘書・友枝の誘いを断わると、あのホテルには泊まらず、そのまま義母の――つまりはペトロ・コスタの実母の――住むアパートへと戻っていた。借金は帳消しになったとの友枝の言葉を受け、義母に預けていたアーサー・ウォーカーを迎えに行ったわけであり、そうしていま彼女は、アーサーを小学校へと送り出し、今日からふたり、ふたたびこのマンションで暮らすべく戻って来たところだったのだが――、


「彼に似た方を見掛けたとの情報が我々のもとに」そう女性警官は続け、


「ほんとですか?」とマリサは彼女の手を取った。つい、いきおいで、「よかった、ほんとうによかった」と。


 正直、彼ら警察が我々外国人の失踪届けを真剣に捜査してくれているとは想わなかったが、それでも、天台への借金も無くなり、これでまたアーサーと三人、このマンションで以前のように――、


「ただ、それがですね、奥さん」がここで、また別の警察官――雰囲気から、こちらの男が上司だろう――が彼女の希望に水をさすことを言った。「我々が来たのは家出人、失踪の捜査ではないんですよ」


「え?」マリサは訊き返した。「いま、なんて?」


「実は、たいへん言いにくいんですがね、奥さん」男は続けた。「おたくの旦那さん、ペトロさんに、ふたりの男を殺した容疑が掛けられているんですよ、いま」


 そうして――、


     *


「なーんか、やっぱり色々分かんないんですよね、左武さん」と、とうとう小張千秋は声に出した。が、その声は、ずっと黙っていたからだろう、なんだか妙に甲高いものになっていた。「いっそ、『女の部屋でずっと寝てました』とか言ってくれた方が話早いんですけど――って、ま、女性に限りませんが。いまのご時世」


 ここは、彼女や左武文雄が勤務する石神井東警察署の署長室――と言うことはつまり、彼女・小張千秋の部屋ということだが――で、彼女はいま、昨日無断欠勤をした左武文雄の報告というか言い訳というか事情を聴取しているところであった。であったが、


「しかしですね、署長」とかすれた、つかれた声で左武は言った。というのも彼は彼で、


「言い訳はいいんだよ、左武」という彼の同僚――というか非公認の相方――右京海都が、


「女が出来たとかなら祝ってやるし、逆に仕事がつらくてうつ気味とかってんなら相談に乗ってやるって言ってるワケだよ、俺も署長もよお。だけどお前、そのためには、お前はお前で正直に、その胸のうちってやつを俺たちに明かしてくれないと、こっちはこっちで相談にも乗れねえし、祝福もしてやれないって話じゃねえか。だろ? ちがうか? ちがわねえよなあ。 あ、それともなにか? おまえ、女が出来たら俺はお払い箱ってことか? こんなに心配して尽くしてやってる同僚を無視して、ひとり女と幸せになろうって言うのか? この野郎。いいか? 俺とお前はそもそも警察学校で同じ部屋になってから――」


 と、交通課のお姉さま方(腐女子率高し)が聞いたら色々と勘違いしそうなセリフを連発、昨日一日、左武と連絡が取れないことで自分がどれだけ心配し帆走し要らぬ妄想を抱いては心を痛めていたかを熱く語って来たからであるし、それに対して左武は左武で、反論というか説明というか釈明・弁明を、情理を尽くして説明し、なだめすかしては諄々と語っていたため、語り過ぎて喉が痛くなったからであった。


「一応ね、やれるだけのことはやったんですよ、私たちも」と、ここでふたたび小張が言った。右京の長広舌を止めさせる意味も含めて、「一昨日夜からの左武さんの足取りを追って貰ったり、スマホの位置情報を解析したり、街中の監視カメラを違法にハッキング、その録画データを――」


 ちなみに。先ほど書いた「(小張が)ずっと黙っていた」の理由は、彼女が、彼らの熱いやり取りに色々と腐女子的妄想を膨らませていたからであるが――この辺の妄想は、これはこれで話すと長くなりそうなので割愛するとして、


「え? でも俺、仕事用のスマホは持って帰っていませんよ」そう左武は聞きとがめたが、「――位置情報を解析した?」


「まあ、私用だろうが公用だろうが番号さえ分かればなんとでもなりますから」と、こともなげに答える小張であった。「あんまりスマホでエッチなサイトとか見ない方がいいですよ、左武さん」


 もちろんこれも、本庁とかには内緒で、彼女の私用PCだけを使って、なんとでもしたということなのだろうが、それでも、


「それでもやっぱり、おかしいんですよね」と彼女は続ける。


 一昨日の夜、例の事件、病院での例の大立ち回りと事情聴取のあと、確かに一度、左武は一度署にもどり、そのまま自宅へ戻ろうとしていた――ここまでは確かである。


 が、そのあと彼は、署とアパートの間にある一軒の居酒屋に入ったらしく、これは居酒屋近くの住人の証言や彼の私用スマホの位置情報などからも、どうやら確かなことである。であるが、ここで奇妙な点がひとつ。


「奇妙な点?」左武が訊き、


「誰も左武さんのことをおぼえていないんですよ」と小張は答えた。「お店に入ったのはどうやら本当らしいですが、そのお店の中のひと、店主はもちろん、バイトの女の子――あの子かわいいですよね――や、その場に居合わせた他のお客さん――まあ、確認の取れたお客さんだけですけど――の誰ひとりとして、一昨日の夜、左武さんが来店したことをおぼえている人はいなかったんです」


 住人側の目撃情報が間違っているのか、それとも入ろうとして気が変わり、実は入店していなかったのか? それは分からないが、ここで奇妙な点がもうひとつ。


「まだあるんですか?」ふたたび左武が訊き、


「あるんですね、これが」とふたたび小張も答えた。改めて私用PCを確認しながら、「この居酒屋に入って暫くしてからの位置情報がないんです。左武さんのスマホの」


「は?」みたび左武は訊き返し、


「ね? 奇妙でしょ?」とみたび小張も応えた。うれしそうに、「いろいろと手を尽くしてみましたが、きれいに、その時間帯のものだけが消えている。そうして――」


 そうして彼は、というか彼のスマホは、というか彼のスマホの位置情報は、左武が店を出たであろう時間あたりで復活、いつの間にやら家へと戻り、


「今日の朝まで、ずっとそこに居たことになっているんです」がしかし、「右京さん達にもアパートへ行ってもらいましたが、あなたはずっと、そこにいなかった」いったい、「いったいホント、なにがあったんですか? 左武さん」



(続く)

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