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信仰の飛躍。


『秘めたる結びに、誓いのことばはなく。

 秘めたる結びは、壊されることもない。』


『秘めたる結びに、誓いのことばはなく。

 秘めたる結びは、壊されることもない。』



「頼まれたって誰に?」と彼女――“山岸ナオ”と呼ばれた少女――は訊いた。目の前に立つ奇妙なピエロの青年に、「あなた一体、誰に頼まれて――」そうして、「私の知ってる人たち、いや、私の知ってた世界は、もうどこにもないはずなのに」そう彼女が続けようとした瞬間、


 ピピッ、ピピッ、

 ピピピピピピッ。

 ピピッ、ピピッ、

 ピピピピピピッ。


 と突然、男の左腕から音がした。


「ウソだろ?」驚いた様子で男は袖をまくると、そこに巻き付けられているダッサイ感じのデジタル時計を見ながら、「こんなに早いなんて聞いてないぞ?」


 それから彼は、その時計の表示から、この世界の残り時間があと正確に九分と五十三秒九ミリ秒しかないことを理解すると、


「クッソ」と言って立ち上がり、「ダメだ、ナオちゃん」彼女をそばへと引き寄せた。「逃げよう。すぐに嵐が来る」


「逃げる?」ナオは訊き返した。すこし驚いた様子で、「って、あなたも“嵐”を知ってるの?」


「最初に論文に起こしたのは僕さ」男は返した。不思議な顔のピエロのメイクは、いまではすっかり消えている。「ここに来るまでにも、いくつか通って来たしね」


 それから彼は、お誕生日の空気に浮かれる周囲をかるく見まわすと、「すまない」一瞬かたく目をつむり、「うまく行けば、ひょっとして」とひとりこころにつぶやいてから、またすぐに開いた。手もとの奇妙なレンチをひと振り、トンッ。とナオの右肩へと当てた。すると、


 ジージ、ジジッ、

 ジージ、ジジッ、

 ジージ、ジジジジジ――ジジッ。


 突然レンチは音を立て、軽く震えながら、奇妙な黄色い光を放ち始めた。


「ちょ、ちょっと、なによ? これ」ナオは叫び、男の手から離れようとしたが、


「君の時空間エネルギー」そう続ける男に、さらに近くへと引き寄せられた。「これを使ってポータルを開ける」


「“ポータル”?」ナオは訊き返した。男のアゴのホクロを見上げながら。


「宇宙が違うからね」男は答えた。まるでナオを、九才の女の子などではなく、もっと大きな、相応の科学的知識を持った女性であるかのように扱いながら、「物理定数その他の置換や、アノマリー修正などする必要はあるけれど」と言って続け、レンチのドライブ角を調整した。「それでも君や、君のお母さんの持ってる力のおかげで、こいつの演算能力でもなんとか間に合うはずさ」


「“お母さん”?」ふたたびナオは叫んだ。「“お母さん”って言ったの? あなた、いま」と。「知ってるの? あなた、私のお母さんを知ってるの? お母さんに頼まれて来たってこと?」


「知ってるとも言えるし、知らないとも言えるな」男は答えた。が、「ぼくの知ってる君のお母さんなら、それこそいまの君くらいの年のころから知ってるし――」ここで言葉をすこし濁すと、レンチをナオの肩から離し――、


「あ、いや、ごめん」とハンドル部分に現われた奇妙な数字を確認し始めた。「結局、直接は知らないんだけど、それでも、君のお母さんに頼まれたことは確かさ」そうしてそれから、


「下がって」と言って続けると今度は、未だ光を放つレンチの先で、目の前の空間に直径1mほどの円を描いた。もう一度だけ周囲の人々を見まわし、「すまない、みんな」と一瞬かたく目を閉じてから開き、しかし、それでも、「通れるのは、ぼくと君だけ」と言ってナオの肩を強く抱いた。「とにかく、ぼくを信じてくれよ」


 それは、朱と金でふちどられた円形、何処かへと続く白くて玄い穴、しかしそれでも、光と闇にかがやくナニカ、異次元、異世界、別の宇宙――名前はなんでもいいが――それらに続くジャンプポータルだった。


「あなたを信じる?」みたびナオは叫んだ。これはこれまで自分が通って来たモノとはまたちがうなにかだ。「あなたのなにを?」


「え?」男がこちらを向いた。目をまるくして、「なにを?」そんな問いがあるとはこれまで考えてもこなかった様子で、「えーっと?」


「ちょ、ちょっと?」ナオはうろたえ、


「ああ、ごめんごめん」それでも男はわらって答えた。ふたたび彼女を、ギュっと抱きしめながら、「取り敢えずは、ぼく自身を」


「は?」――さっき会ったばかりなのに?


「こう見えてぼくは、結構信じられるやつだからね」――未来の君も、きっとそう言うさ。


 男は、まっ赤な髪とまるい顔、そうして少年であり老人であり、と同時に青年でもあるような、そんな目をしていた。


「あなた、いったい何者なの?」ついにナオは訊いた。


「ぼく?」男は答えた。待ってましたとばかりに。「ぼくはミスター」


「ミスター?」


「ぼくの知ってる君のお母さんに頼まれてやって来た。君をまもって、彼女のもとに君を連れて来るようにってね」


「わたしを守る?」


「ついでに、ありとあらゆる宇宙も救うけど」


「へ?」


「よーし。いくよ、ナオちゃん。しっかりつかまって――」


 そうして――、


 ポッ。

 キュッ。

 ヒュン。


 そう。そうしてふたりは、穴へと、ジャンプポータルの中へと消えて行った。そんな彼らの様子を眺めていたパーティーの出席者の何人かは、これも赤毛のマジックであると、大変不思議な手品であるとおどろき、パチパチパチパチ。まるで狐につままれその後目覚めた人たちのように拍手を送ったが、しかしそれでも悲しいことに、それより丁度五分と二十八秒一ミリ秒後、先にも書いた通り、彼らの住むこの世界、この宇宙も、彼らとともに“嵐”に呑まれ、消え去ることになるのであった。



(続く)


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