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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十四話「たとえば朝のバス停で。」
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その9


 さて。


 これから描くエピソードについては、祝部優太氏から、


「※※の部分は出来れば上手く誤魔化して頂きたく……」


 と平身低頭お願いされていたのだが、しかし、それでも、その「※※」の部分を隠してしまっては、お話の整合性が取れなくなるどころか、面白さも半減してしまうし、また、もう一方の当事者である祝部守希さんに確認してみても、


「あーっはっはっは、いいのよいいのよ、そんなの気にしないで」


 との快い承諾も得ていたりもするので、優太氏のお願いはシレッとスルー、守希さんのお言葉に甘え、その辺まったく気にせず描くことにしたいと想う――のだが、これだといったい何の話をしているのかまったく分かりませんよね。


 えーっと?


 つまり、これは要は、今回の(その7)で、優太さんからのメールを受け取った守希さんが、その文面に首を傾け、テトテトテト。と、また違う誰かにメールを送った件についてのお話であり、この「誰か」については、この後改めてご登壇頂くので一旦横に置いておくとして、問題は「首を傾け」の方である――件のメールをもう一回読んでみよう。



 『守希へ。

  大事な資料を忘れた。

  書斎の机に置いてある。

  新人の宮野くんが取りに行くので、

  彼に渡して下さい。

             優太』



 うん。


 「いまどき紙の資料なんて」とか、「新人だからって使い走りさせるの?」とか、まあ言いたいことは色々あるが、ここで一番肝心なのは、冒頭の『守希へ。』の一文である。


 と言うのも、こちらの祝部夫妻は、これまでちょこちょこ書いて来たいくつかのシーンからもご賢察頂けるとおり、二十年ちかい結婚生活を経てもなお夫婦仲は良好、ラブラブラブのラブであり、なんなら、作者である私や、愛娘であるひかりちゃんの目の届かないところに隠れては、そりゃもう十代のカップルみたいに手をつないでは抱き合って、チュッチュしたりキャッキャしたり、ウフフフフフフ、アハハハハハハとしていたりするらしく、そーんな奥さまラブな旦那さまが、愛する奥さまへのメールに、『守希へ。』なんて味もそっけもないえっらそうな呼びかけ文を書くはずもなく、その一点について彼女は、「うん?」と首を傾け、彼女が信頼するとある人物にメールを送ったわけである――が、ここまではよろしいだろうか?


 よろしければ、祝部優太氏が普段、我々の見ていないところで、どんな風に愛する奥さまのことを呼んでいるのかその説明に――って、あ、いや、でも、そうだな、これは守希さんの口から直接言ってもらった方が楽しいし、その方がきっと、祝部優太氏もより恥ずかしがるであろう。


 と言ったところで。


 ここでカメラは守希さんを追うことになるのだが……って、えーっと? あれ? 守希さんていまどこだっ――、


     *


 ドンッ!


 と突然生まれた空気の固まりあるいは空間位相のズレによって祝部守希は弾き飛ばされていた。真横に。2mほど。


 ぐっ!


 と想わず彼女は声をあげたが、リビングのドアが開け放されていたのは幸運だった。何故なら、それがなければ彼女は、走っていた廊下の壁に頭を叩き付けられたり、割れたドアガラスで手や足や顔を大きく傷つけらていたかも知れないから。


 ドサッ!


 とそうしてまた、彼女が小柄な女性であったのも更なる幸運であった。何故なら、空間位相のズレ、あるいは空気の固まりにより与えられた衝撃は、彼女をリビングソファの上に、奇跡的に放り出すことになったからである。


 バッ!


 とそれから彼女は、自身の幸運に感謝するよりも早く、ソファの上に起き上がると、


「あなた! いったい!」そう男に叫びかけた。が、しかし、この声は、


「シーーーーーーーッ」と言う男の声にすぐさま遮られた。男は続けた。人差し指を口に当て、彼女の目をジィッと見ながら、「静かに。奥さん」と。


 盗んで間もない能力だからか、男は、例えば彼女を弾き飛ばした時とはまったく違う慎重さでもって、その能力――『パープルマン』の能力――を使おうとしていた。声がどこか、とろけるチョコや、砂糖をまぶしたシルクのように変質して行くのが分かった。男は続けた――いいかい? 奥さん。


「いいかい? 奥さん。なんであんたが突然走り出したのかは分からないが、それには別に興味もない。俺は、あんたの娘の“ひかり”に用があ――いや、まてまて、『動くな』

 どうだい? 動けるか? これなら動けないよな。いいかい? くり返しになるが、俺は“ひかり”に用があるだけだ。あの子の能力にな。それさえ手に入れば、あんたはもちろん、あの子を、それ以上は傷付けたりしない。約束するよ――分かるか?」


 守希は答えなかった。口をかたく閉じ、相手の男――灰原神人――の瞳と瞳の間をジッとにらみ付けるだけであった。どこかの救世主みたいな顔をしている。そう彼女は想った。男は続けた。より一層、言葉にチョコやアイスやストロベリージャムをまぶし込みながら、


「傷付けたくはないんだよ、奥さん。今日もほんとは来るつもりなんてなかったんだ。あんたの旦那が口を割らず、ひかりの学校に行ってもいなかったから来たんだ。聞けば風邪をひいて寝込んでるって言うじゃな――」


 とここで一瞬、うしろをふり返って、


 カチャリ。


 と先ほど守希を弾き飛ばしたのと同じ力で玄関の鍵を締め、そうしてまた別の力で家の様子をスキャンし、更にまた違う力で玄関先の様子を想い出し――いや、違うな。


「いや、違うな」男は言った。「彼女は家にはいない。学校の靴はあったが、普段履きのシューズがなかった。俺から逃げたときに履いていたやつだ」


 彼、灰原神人の能力は向上していた。いちど死に、ふたたび黄泉がえった際に。それまでは、奪った能力の同時使用はほぼほぼ無理で、切り替えるにも相応の時間を要していたが、それが今は呼吸ひとつを置くかどうか、軽いものなら意識なしの同時使用すら可能になっていた。が、それでも、


「彼女はどこだ?」と彼は問う。ひかりを、彼女が持つ力を求めて、「教えて下さいよ、奥さん」


 あなたを殺し、その血から情報を抜き取ることも可能だ。しかし、そこまではしたくない。あなたは普通の、よく言えば善良そうな人に見えるし、きっと彼女の力のことや、旦那さんがどんな仕事をしているのかも知らないんだろう。いいですか、奥さん。僕は、ひかりさんの居場所が知りたいだけなんです。もちろん彼女のことも、彼女が抵抗しないなら、傷付けるつもりはありません。お願いです、奥さん、彼女の居場所を――、


 ピロン。


 とここで不意に、廊下からメールの着信音が聞こえた。先ほど弾き飛ばされた際、守希の手から落ちた彼女のスマートフォンであった。そうして、それに続いて、


 ブー、ブー、ブー、ブー、

 ブー、ブー、ブー、


 と電話の着信を伝える振動音がせまい廊下にひびき渡り、


「『やあ、ハニー』」と、ようやく守希が口を開いた。「『ぼくの愛しいシナモンチェリ―パイ♡』」


「は?」男は訊き返した。「なんだ? いきなり?」


「あのね、坊や」彼女は応えた。「あのひとずっと、私にメロメロなの♡」――『守希へ。』で始まるえっらそうなメール、これまで一度も貰ったことないわよ。



(続く)

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