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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十四話「たとえば朝のバス停で。」
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その3


 そう。そうしてひかりは、不安と期待の間で浮いたり沈んだりをくり返していた。


 枕に顔を押し付けて思考を止めようとしたり、押入れの奥から滅多に使わない旅行用のショルダーバッグを取り出したり、


「あのちーへいせーん~♪」


 と子どもの頃から大好きなアニメ映画の主題歌を口ずさんだりしながら。


 もちろん、そのオレンジ色のバッグに詰めこむのは、パンやナイフやランプじゃなくて、タオルやノートやいざと言うときの着替え、それにちゃんとチャージされている交通系のICカードとかだったけれど。


     *


「※※※市? って千葉県の?」


 母親に千葉行きを切り出したとき、彼女の顔は一瞬けわしいものになったが、すぐにそれを忘れたかのように首を傾げると、


「あそこになにかあったかしら?」とそのまま、「そんな学校のレポートに役立つようなもの」とひかりではなく、彼女の横に立つ清水朱央に訊いた。「そちらの親御さんはなんて?」


「うちの許可は取れています」朱央は答えた。すぐに。健全な青少年らしさを壊さないよう注意しつつ、「あとあそこには、歴史や民俗学に詳しい博物館がありまして――」と先ほどスマホで仕入れたばかりの知識を披露しながら。


「ふーん」母親は応えた。ふたりの顔を交互に見つつ、「ま、いんじゃない?」と想いのほか軽い調子で、「お父さんには私の方から言っておくわ、あのひと今日泊まりになったらしいから、明日もどって来てからだけど」


「ありがとう! お母さん」ひかりが言った。想いもかけず大きな声になったが、それには構わず、彼女を抱きしめながら、「ほんとありがとう」


「なによ、大げさね」母親の守希は応えた。娘のハグを解きながら、「ほら、清水さんも困ってらっしゃるじゃない」


 しかし彼女はその手を離さず、逆に守希の肩に顔を沈めて行った。


 今回の旅の目的を彼女に言うわけにはいかなかったが、それは、旅行に関する彼女の不安が、実の母が自分を娘と認めてくれるのかという不安であると同時に、実の母に会うことが、会おうとすることが、育ての母の守希を悲しい気持ちにさせるのではないか? という不安でもあったから。


「まったくもう」守希が言った。娘の肩をなでながら、「ごめんね、清水さん」と。「この人こんなだけど、守ってあげてね」そう続けてほほ笑みながら。


 ちなみに。右のような事情とは別に、ひかりが期待し浮かれている理由、それは、想いもかけず――と言っても片道二時間ほどだけど――朱央とふたり、小旅行に向かうことになったからでもあった。あーあ、青春だねえ。


     *


 さて。


 一部ネットで大人気の星占い系Vチューバー、『マダム・バタフライ』こと本名・小宮山真央にも実は魔女の血は流れていた。


 とは言っても、彼女のそれは大変薄く、当人にも自覚はないし、出来ることと言ったら、一般的な星占い師よりも1.7~2.3倍ほどの精度で星を占えることや、他人のオーラを特に意識せずとも見られるということくらいだった。


 ちなみに。彼女がどのくらい意識せずにオーラを見られる、見ているのかと言うと、ものごころついた頃にはすでに普通に見えていたせいで、小学四年の林間学校で隣のクラスのユキちゃんとお話していた時にやっと、「あ、他の子には『これ』が見えていないんだ」と分かったくらいだった。


 オーラは基本、その人の全身を覆っているが、一番よく見えるのは頭まわりである。ここならぼーっとしていても見えるし、逆に手や足の先は見えにくいので目を凝らして見る必要があった。


 小宮山真央が公園横の図書館で借りた本によれば、オーラを見れば、その人の健康具合や幸福度、それに開放的な人物かどうか、創造的な人物かどうかが分かるそうで、実際、テレビのニュースを見ていても、こころが狭く頑なな政治家のオーラなんかは弱く暗く、輪郭も不安定に揺れていたし、いつぞや街で見かけたマンガ家、カトリーヌ・ド・猪熊先生なんかは――締切り明け且つ愛しの旦那さまとのお出かけ中だったこともあり――身体から20~30cmは広がった、バラ色の大きなオーラを持たれていた。

オーラは誰にでもあるのである。


 図書館の本にもそう書いてあったし、彼女の経験から言ってみてもそれは当たっているように想えた――たった一人の例外を除いて。


 その一人の例外とは、ときどき行く喫茶店のウェイトレスの子だった。


 彼女は大学生で背が高く、真っ赤な髪がトレードマークで、お客さんの受けもよく、いつも笑顔でにこにこほがらか、彼女がいるだけで何だかこっちの気分や体調すらよくなるような気がしたが、それでも真央は彼女から、いつもなんだか、ちょっとおかしな印象を受けていた。


「なんなんだろう? この感じ」


 そうしてある日彼女は気付いた。珍しくお客さんの少ない日に。見るともなしに彼女を眺めながら、あれ? と。


 彼女はオーラを持っていなかったのである。


 え? 本当に? 真央はいぶかしんだ。あんなに明るく元気で活気に満ちた子が?


 流石にカトリーヌ・ド・猪熊ほどとはいかなくても、絶対きれいで大きなオーラを持っているはずでは? と。


 それから真央は、持っていた文庫本で顔を隠すと、それを読むふりをしながら彼女をジィッと見つめ直した。が、それでもやっぱり、彼女からのオーラはまったく見えず、代わりにお会計の際、その店の厨房係から、


「ダメですよ、小宮山さん」と困ったアドバイスを貰うことにもなった。「あの子ムチャクチャ鈍感なんで、見つめるくらいじゃ気付いて貰えませんよ」とか云々。


 もちろん彼女にその気はなく、必死で誤解を解いて家へと戻ったが、結局その謎はまだまだ解けてはいなかった。


 なぜ真央は、問題のウェイトレスのオーラが見ることが出来なかったのか?


 それは、石神井公園にいる人には、練馬区が見えないのと同じ理由である。



(続く)

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