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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第二話「オルバースのパラドックス」
24/92

その5

「ごめん、ひかりちゃん。今日はまだ帰れないんだ」


 さて。


 祝部ひかりと先名かすみの友情に終止符――と書くとあまりに大げさだが――彼女たちの仲が上手くいかなくなったいきさつは、実はよく分かっていない。


 ふたりはもともと友人で、小学五年の春からこっち、クラスが分かれることならあったが、それでも同じ中学・高校へと進学。よく似た服装・髪型で街を歩くこともよくあり、そんな彼らの格好は――かすみの背が若干たかく、ひかりの背が若干ひくいこともあってか――なんだか仲のよい姉妹のように見られることもよくあった。


 あったのだが、例えばそれでも、ひかりが他の子のお誕生会にお呼ばれしただとか、たとえばかすみが部活で一緒に帰れなかっただとか、そんなこんながいくつか続いて重なり、気が付くとふたりの間の歯車は、次第にうまく機能しなくなっていたのだった。


 もちろん。それでも彼女たちは、互いが互いの雑事をこなし、互いが互いのクラスや家へと赴き、場合によっては新しい友人なんかを紹介し合うこともあったのだが、それでもやはり最後には、そんな新しい友人知人が増えるに従い彼女たちは、互いが互いの背景からも意識からも遠のき、いまは互いに互いの舞台からの退場を待っているように見えるのでもあった。


     *


「えーっと、それでは」司会役の生徒が言った。改めて黒板の文字を確かめながら、「いよいよ本格的に文化祭の準備をはじめることになるわけですが――」


 祝部ひかりと先名かすみは現在高校二年生。同じクラスの級友で、右に書いたような状況もあるにはあるが、しかしそれでもふたりとも、今月行われる文化祭の準備に、すこし浮足立っているのも事実であった。


「舞台は一回四十五分。演目は、石田先生のたっての希望で、『ロミオとジュリエット』。舞台用の台本にも、どうにかこうにかやっとオッケーが出ましたので、早速、今日の午後からでも、本読みに入りたいと想います」


 と、司会役の生徒は続けたが、彼の顔には、連日連夜の台本リテイクによる疲労の痕がはっきり見て取れた。彼をここまで追い込んだのは、先述の「石田先生」こと、このクラスの担任・石田文子(32)である。石田は言う。


「はーい。ありがと、村上くん♡ 司会および台本製作おっつかれさまでした♡ とーってもいい本に仕上がっていて、入念な打ち合わせ(ダメ出し)が功を奏したのかな、と、先生たいへんうれしく想っておりまっす♡」


 と、こちらはこちらで、出来上がった台本がよっぽどお気に召したのか、お肌はつやつや、なんだかすっかり若返り、手にした台本には既にいくつもの指示が書き込まれている様子であった。彼女は続ける。


「あとは! この素晴らしい台本をもとに私の方で演出&指導。ロミオ役の内海くん、ジュリエット役の先名さんをはじめとしたキャストはもちろん、照明、音響、衣装に美術、大小お道具係、みんな一丸となって! この舞台! 成功させてやりましょう!!」


 と、まあ、クラスの出し物とは想えない程の熱量で――ちなみに。


 ジュリエット役で名前の出た「先名さん」とは、もちろん件の「先名かすみ」のことであり、ロミオ役の「内海くん」とは、例の野球部の筋肉デブこと「内海祥平くん」のことである。


 であるが、実は、このロミオのキャスティングについては、石田先生的には、ちょおっとイメージと違っているところもあるらしく――彼女は重度のヅカファンでもあった――少しばかりの異議申し立てを行おうかどうしようか迷ったりもしたのだが、それでもこう、女子生徒の圧倒的支持もあり――内海祥平は頭は悪いがさっぱりとしたさわやか系のイケメンであった――彼が今回のロミオ役となったわけである。であるのだが、


「むーん?」と彼女は口をとがらせる。「ほんとはねー」と。にぎやかに騒ぐ生徒たちを横目に見ながら、「先名さんロミオ、祝部さんジュリエットってのが、私的にはベストなんだけどねー」


 ひかりは今回、本人の希望もあり、小道具およびメイク係を担当することになっていた。



(続く)

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