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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十三話「ワイルド・ブルー・ヨンダー」
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その19


「あれ?」とアーサー・ウォーカーは叫んだ。小さく。


 それから彼は、テーブルの上のパソコンをカタカタカタ、準備していた画面を閉じると、また別の画面を開いてから、


「うそだろ?」と今度はすこし大きな声で叫んだ。


 と言うのも、前回伯母のマリサを見付けた画面――石神井東署の監視カメラの映像――から、肝心の彼女の姿が消えていたからである。


「どうした?」とここで伯父のペトロが訊いた。「マリサを見付けたんじゃなかったのか?」


 彼は、日用品の買い出しや公共料金の支払い、それにレストラン再開に必要な諸々の資料等々など、最近のドタバタで完全に滞っていた作業のため、家の外を東奔西走~右往左往してやっと戻って来たところ、


「やったよ、おじさん! おばさんを見付けたよ!」


 と言う甥っ子に手を取られ、買って来た食材もそのままに、パソコンの前に座らされていたところ、であるのだが――、


「あれ? おかしいな? あれ?」


 と当のアーサーはパソコンに手を触れたまま目を閉じ何事かを始め、こちらの質問に答える余裕もなくなっている様子であった。


 以前にも少し書いたが、この辺のアイティーだとかディーエックスだとかに関するペトロ・コスタの知識・リテラシーは、平均的小学四年生のそれと同等かいくらか低いくらい。なので、正直な話、いまアーサーが何をやっているのか、何に困っているのかさっぱり分からないし、彼がしていることがどれほど特異なことなのかすらもまったく分かっていなかった。パソコン画面には練馬区周辺の地図が映し出されているので、どうやら前回、マリサを捜し出したのと同じようなことをしているのは分かるが、どこか前回よりも切羽詰まった感じを彼からは受ける。


「なあ、おい、大丈夫か?」ペトロは訊いた。アーサーの肩に手をかけようとしたが、


「さわらないで!」と彼に叫ばれ、想わずその手を引っ込めた。「そんな、そんな、そんな、そんな、そんな」


 閉じた彼の目からは、なにやら光が漏れ出しているように見えた。


「そんな……、いやだよ……、おばさん、おばさん、おばさん」


 それから、その後もずっと彼は、街中の監視カメラ――だけではなく、パソコンやスマートフォン、その他あらゆる電子機器に付属しているカメラ類――にその精神を接続、マリサの行方を捜したのだが、結局、彼女を見つけることは出来なかった。よほど巧みにカメラをかわしているのか、それとも何か、彼の『目』を逸らせる力がマリサの周囲に働いているのか、それは分からないが――、


「ごめん……おじさん」とうとう彼は言った。「どこにもいないや、おばさん」


 そうして――?


     *


 クー、スピーッ。

 クー、スピーッ。

 クー、スピスピーッ。


 という気持ちよさそうな寝息は聞こえていた。


 どこで?


 朱塗りの社殿の前、立派な松と、何かの石碑のその下で。


 だれが?


 それはいつものエイリアン。我らが赤毛のミスターが。


 きっと、『シグナレス』でお腹いっぱいになって血糖値が上がっていたのだろう、こころの底から気持ちよさそうに。まるで古いマンガの登場人物が作るような鼻提灯すら作って。


 ひとりで?


 いや、ここにはもうひとり。彼と同じ――と言ったら色々怒られそうだけど――赤い髪の少女・佐倉八千代がいた。彼女は、この一時間ほど前に、


「先ずは力の制御から。修行の時間だよ、八千代ちゃん」


 とこの宇宙人に言われ、立たされ、流石に暴走トラックの前に押し出されることはなかったが、代わりに、


「はい。じゃあ、ちゃんとつかまって」


 といきなりギュッと抱き寄せられると、変な装置でポッ、キュン、ヒュン。彼と一緒にこの場所へとジャンプさせられていたのである。


「ふーん?」


 と気持ちよさそうに眠る彼の顔をのぞき込む八千代。改めて周囲を見回し、


「むーん?」


 と言うと、彼の眠る石碑の横にちょこんとその腰を下ろした。


 変な装置でここまでやっては来たものの、なんだかんだでここは、『シグナレス』からもほど遠くないいつもの練馬区石神井公園。その一角、三宝字池のほとりに建てられた厳島神社のようで、そこに見える朱塗りの社殿や、この中島に至るための太鼓橋、それから、その向こうに見える石造りの鳥居等々は、彼女もよく知るものだった。


「ここで師匠を待つんだよ」とミスターは言っていた。「君の力は特殊過ぎて僕の管轄外だからね。もっと適任な人にお願いしようと想う」


「適任?」


「魔女には魔女の師匠がいいだろう?」


 たしかに。彼女の血筋や能力、それに容姿を想い返すとき、『魔女』という言葉が連想されるのも、特段おかしくはないのかも知れないが、それでも、それこそこの見た目でからかわれて来た彼女にとっては、やっぱり少し、引っかかる言葉ではあった。


「なに言ってんだい。こんなにうつくしい存在なのに」


 と、まあ、ミスターは言ってくれるが、それでもね、と。問題の師匠とやらはまったく来ないし、この人はこの人ですっかり熟睡モードだし。


「むーん?」ふたたび彼女はうなると、飲み物でも買いに行こうかと腰を上げようとした。そのとき、


『ああ、ちょいとお嬢さん』と太鼓橋の向こうからひとりの女性の声がした。『そっちに渡りたいんだけどさ、助けてくれないかい?』


 ふと見ると、そこには、ほそいアルミフレームの眼鏡をかけたおばあさんがひとりで立っていた。すらすらと伸びた鼻とやたらと長い顎をして、白樫で出来た杖をついていた。


「助ける?」八千代は訊き返した。


『知り合いに来るよう言われたんだけどね』おばあさんは応えた。『そっちにいる人の許可がないと渡れないんだよ、この橋』


「許可?」続けて八千代は訊いた。


『生きてるときは自由に行き来出来たんだけどねえ』続けておばあさんは応えた。『死ぬとどうやら、いろいろ制約が掛かるらしいんだよ』


 山岸まひろや富士夫の祖母、つい先日亡くなった、山岸咲子その人だった。そうして――?



(続く)

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