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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十三話「ワイルド・ブルー・ヨンダー」
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その17


 さて。


 奇妙なことばかりが続いている石神井東警察署に、また新たに奇妙な出来事は起こった。例の心療内科医殺しの犯人が突然自首して来たのである。それも真っ昼間に。署の正面入り口に立って。まるで、


「そこで百円拾ったんですけど、どうしましょう?」


 みたいな顔をして。そのため誰にも気付かれず、


「あのっ!」とついつい大きな声を出してしまいながら。「おとついの! 夜ッ! 女の人をッ! 殺しちゃったんですけれどッ! どうすればッ! いいですかねえッ?!」


 そうしてそのため、その心療内科医殺しの容疑者として署内拘束中だった女性、マリサ・コスタの容疑は晴れることになった。男の証言におかしな点はなく、凶器とされる刃物や、女医を殺すに十分な動機――情事のもつれとかそんな感じの手垢のついたあれやこれや――を彼が持っていたからである。


 であるがもちろん、だからと言って、それでも彼女、マリサ・コスタには、二十人近い警察官の公務を妨害――腕を折ったり、耳を嚙み千切ったり、男性器をグチャっと蹴り潰したり――した実績もあったので、引き続きその場に拘束されることにはなるわけだけれど。そうして、


「うーん?」


 とそうして、そんな話を横目に見ながら、この署の刑事、左武文雄は、大いにその太い首を横に傾けていた。と言うのも、先にも書いたとおり、この署では最近、奇妙なことばかりが続いていたからである。


 壁に架けられた死体、正体不明の連続殺人鬼、銃弾の当たらぬ男、素手で物を燃やす青年、他人の記憶を消す女、等々等など、更には、自分が担当していないだけで、その他色々奇妙な事案は起きているらしいし――、


「あー、あと、俺のこの『地獄耳』もだな」


 と続けて彼は考える。彼のこの『地獄耳=他人のこころが聞こえる能力』については、扱いにも慣れて来たのか、以前のように暴走することもなく、よほど気を抜かない限りは、聞く気もなかった他人の心を聞いてしまうような、そんなこともほとんどなくなっていた。


 が、ただ、その代わりと言ってはなんだが、常時気を張り、その『こころの声』とやらを遮断しているおかげで、現実における彼への呼びかけに対し、反応が遅れてしまうこともままあった。そう。それは例えば、


「なあ、おい、聞いたか?」と言う同僚、右京海都の言葉に対してもであって、「例の外国人の奥さん、旦那の方も別の殺人事件の容疑者だったらしいぞ」


「……」


「で、その旦那はしばらく雲隠れしていたらしいんだが、そっちも突然、今回みたいに真犯人が自首して来て容疑が晴……左武?」


「…………」


「左武?」


「…………」


「おーい、さーたーけーっ」


「…………」


「ったく……おいっ! こらっ! 左武ッ!」


「な、なんだ右京、いきなり耳もとで」


「いきなりじゃねえよ、しれっと無視しやがって」


「え? あ? なに?」


「まったく。またぼーっとしてたぞ」


「え……? あ、ああ、すまない」


「まあ、いろいろ案件煮詰まっているから仕方ねえけど、あんま考え込み過ぎるのもからだに悪いぞ」


 といったようなやり取りが、相手やシチュエーションを変え、日に数度は見られるのであった。


 ちなみに。いま右京の言った『いろいろ案件煮詰まって』とは、主に、先述した『素手で物を燃やす青年』戸柱恵祐の行方と、『正体不明の連続殺人鬼』――これは多分『銃弾の当たらぬ男』と同一人物だろうが――の消失についてだった。


 そう。結局のところ現在、彼らがいま何処にいるのか? この署のメンバーはそれらを完全に見失ったままだったのである。


「女の方は?」続けて右京が訊いた。「お前の記憶を消したかもしれないあの女、話せたのか?」


「あいさつ程度だな」左武は答えた。「明確な理由も証拠もないし、あっちの上司に言っても不審がられるだけ、と言うかあまり俺たちと話させたくない感じすらあった」


 と、ここで言う『あの女』とはもちろん、深山千島のことであり、『あっちの上司』とは祝部優太のことである。左武たちの上司でこの署の署長の小張千秋は、彼らが問題の『正体不明の連続殺人鬼』を匿っている、あるいは関係があると考えているようだが、そちらも手詰まり、よっぽど会社全体で男を隠そうとしているのか、それとも小張の推理が間違っているのか、左武もそうだが、当の小張すら自信を失いかけているところであった。


 が、これはもちろん、この殺人鬼の正体――それは先般、優太に死亡が報告された灰原神人のことだが――を知っている我々からすれば、小張の推理は見事に当たっており、その点について彼女が自信を失くす必要はまったくないとも想われるのだが、それでもそのことを彼女はまだ知らない。そのため、


「で? 小張さんはいまどこに?」と右京は訊き、


「署長室」と左武は答えるのだが、「いまは例の『奥さん』の資料を読み漁ってデータを集めてる」


「どうして?」


「さあな。興味がそっちに移ったのかも知れないな。あまりに正体不明の奴らが多過ぎて」


 が、もちろんこれは、左武の早とちりというか、小張千秋という女性を見誤ったが故の彼の勘ちがいであった。


 と言うのも、前にも少し書いたとおり、彼女は、マリサ・コスタという奇妙な女性を調べることで、他の奇妙な事件と繋がるなにか、謎を解くヒントのようなものが得られるのではないかと直覚していたからである――と言うか実際、これとちょうど同じころ、彼女・小張千秋はつぶやいていたからである。


「天台?」と書類と情報の山を前に、「“あの”天台グループからお金を借りてたんですか? コスタさんが?」と。そうして、「しかも……返済が終わってる?」



(続く)

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