その16
「その辺の説明は彼、彼女だっけ? にしてもらうのでもいい?」
と言ったところで、まひろ君の『壁』の説明である。
先ず、これまでにも何度か書いたり匂わせて来たとおり、山岸の家の家系には『魔法使い』の血が流れている。
この血はずっと、その長い長い歴史の中で、隠され続け、発現もせず、いつの間にやら当人たちも忘れてしまっていたのだが、昭和二十年、夏、いまは亡き山岸の祖母が、焼け野原となった東京の町で偶然、彼女の悪魔・不破友介と出会ってしまったことで覚醒、戦争で天涯孤独となっていた彼女は、その力を使い、改めてひとりの男の子を授かると、山岸の家を再興させることになった。(注1)
が、この『魔法使い』の血は、悪魔との出会いと契約によって改めて覚醒されたせいなのか、それはよく分からないが、とにかく、彼女の新しい息子や、更にその息子たちに発現することはほとんど、誤差程度にしかなかった。
が、そこに、いま問題となっている彼女・山岸まひろが生まれ、その能力覚醒をもって初めて、その『魔法使い』の血と能力が、彼らにも引き継がれていたことが分かったわけである。
で、まあ、そんな感じで。
おばあさんとまひろ君、最近まともに発現したのがこの女性ふたりだけだったので、彼女たちの力について語るとき、作者がよく『魔女』という言葉を使っているのも、まあ、そのような経緯と意図があったワケなんですが――と、ここまではよろしいだろうか? よろしいですかね? よければ続けます。
で。
例えばひと口に、『魔女の力』『魔法使いの力』と言ってみても、ここには大きく『魔法』と『魔術』のふたつの力があり、またそこから少し離れた場所に、『まだそのどちらにも属していない、なにがなにやらよく分からない不思議な力』はある。
そう。それは例えば『魔法』なら、その「法」の字が示すとおり、それは『魔なるモノの掟や法則』のことであり、ここには「魔なるモノ」を媒介・利用し、彼らの知る超自然的な力を借りよう・使役しようという意味が込められている。
そう。そうして例えば『魔術』なら、こちらもその「術」の字が示すとおり、それは『人間が身に付ける『魔』の技術』のことを意味しており、それは、人が人のまま、この世界にある魔力を研究、理解、体系立てることで、人外の力を借りずとも、身に付け使えるようにしたものである――と、ここまでもよろしいだろうか?
よろしいですかね? よろしくなくても続けますけど。
で。
ここで話をややっこしくして来るのが、最後の『まだそのどちらにも属していない、なにがなにやらよく分からない不思議な力』であり、これは、本当になにがなにやらよく分からず、且つ、大変制御も難しい力なわけだが、いま、まひろ君とミスターがいる、この『壁』――というかそれにそっくりのこのナニカもまた、その『まだそのどちらにも属し(以下略)』に属するナニカであり、これこそが今回の物語の発端かつ最後の希望でもあり、これの分析およびコントロールのために、今回ミスターは、まひろ君のところに堕とされて来たのである。
*
と言ったところで。
まひろ君のこの能力――『壁(によく似た/同質のもの)』を創り出す能力――は、『魔女の力』の中でも特別/異質な、『(魔法・魔術の)まだそのどちらにも属していない、なにがなにやらよく分からない不思議な力』に分類されるナニカなわけだが、それではそもそも、この『壁』とは一体なんなのであろうか?
そう。
たぶんこれも、前にどこかで書いたとは想うのだが、我々の住むこの宇宙は『独立系』で、そのため、ほとんど無限に存在する他の多元宇宙・平行宇宙等々と我々の宇宙が交わる、キスする、くっ付くことは本来ないし、これら宇宙間での物質のやり取りはもちろん、それぞれの宇宙の熱の交換、つまりは意識や情報、魂の交換などというようなことも、本来ならば起こらない――はずである。
そう。
なのでこれも、多分以前にどこかで書いたことかとは想うのだが、もし仮に、これら多元宇宙・平行宇宙間での物質、だけではなく、熱や情報、魂といったもののやり取りが行なわれることにでもなれば、これらの宇宙はバランスを崩し、遠くないどこかの時点で崩壊・消滅してしまうであろう。
そう。
そのため、これら宇宙の間には、その崩壊・消滅を防ぐための、それら宇宙が物や情報やその他のやり取りを行わないための、『壁』が設けられている。誰が創ったのかは分からないし、きっと誰も教えてはくれないだろうけれども、それでも、時間的にも空間的にも確率的にもほぼほぼ完璧な『壁』が、そこには存在しているのである。(注2)
が、しかし。
よく出来た仕組みや装置ほど、それ自身の内部に、その目的を破る・壊すための要素を含んでいるというのもよくある話で、この『壁』も、その目的である「それら宇宙間のものや熱のやり取りを防ぐ」を破る・壊すための要素を内含していたりもする。
そう。
それはつまり、この『破る・壊すための要素』には、大きく分けて二つの事柄があるのだが、そのひとつは、
『それぞれの宇宙と接する部分には、そのそれぞれの宇宙を構成するのと同じ熱や物質が使用されている。』
というものであり、あともうひとつは、
『壁の内部は、その壁の表面に欠損等が生じた場合に備え、表面を構成している熱や物質に速やかに変化出来得る材料で出来ている。』
というものであった。
そう。
それはつまり、この壁内部の材料をうまく騙し変化させてやれば――壁表面と同じ状態にしてやれば――そこは壁の内部であり表面、というか『そちら側の宇宙』の一部になるわけであるし、これをずっとずっとずうっと奥まで、壁の反対側まで繋げてやれば、あーら不思議。そこには宇宙と宇宙を繋ぐトンネルが出来てしまうのであった。
が、もちろん。
そもそもこの『壁の内部』は、『壁の表面』に欠損等が生じた場合に、それぞれの宇宙が繋がらないためのバッファー、緩衝材のような箇所であり、そんなトンネルを開けるようなことは、まあ先ずあり得ないのだが、それもこれも要は、『本物の壁』の場合である――と、ここまでもよろしいだろうか?
よろしいですかね? よろしければ、ここで人工的というか人為的というか、山岸まひろが創り出してしまっている『偽物の壁』の方に話を移したいと想うのだが――、
*
「あれ? どしたの、まひろ君」とここでミスター。「なんだか、いやにそわそわして」と隣にすわるまひろを見ながら、「分からないところがあるなら、今のうちに訊いておいた方がいいよ」
「あ、いえ、その――」まひろは応えた。そわそわというかモジモジしながら、「すみません……、ちょっとお耳を……」
すると、
「えっ?」とミスター。お耳を貸した意味がないくらいの大声で、「おっきい方? ちっさい方?」
「しっ、しっ、しぃ!」とまひろ君。彼の口を抑えながら、「そんな大声! やめて下さい!」
「ふぁって、ほうへふぉふらはへはひ(訳:だって、どうせ僕らだけだし)」とミスター。特に気にする風もなく、「ふぇ? ふぇっひょふ、ふぁいふぁの? ひょふふぁの?(訳:で? 結局、大なの? 小なの?)」
「それは……ちいさい……方ですけれども……」
「ふぁっふぁらふぉのふぇんへ、ふぇふぃふぉうひ、ふてふふぇふぁふぃふぃふぁん(訳:だったらその辺で、適当にしてくればいいじゃん)」
とミスター。ほんと気付いていないのか、どうやら肝心のことを忘れているようで……ってごめん、まひろ君、いちいち訳入れるのもめんどいからさ、ミスターの口から手離して貰ってもいい?
「あ、ご、ごめんなさい」とまひろ君。更にそわそわもじもじしつつ、「ただ……、その……、早めに……結論を……」そう続けるのだが、
「結論もなにも」と平気な顔でミスター。「いま言ったとおりだよ、適当にその辺でジャァーっと」
とこちらも続けて答えるのだが……って、ちょっとあなた、ミスター。
「なに?」
ここ、まわりに何の遮るものもない、ただのだだっ広い空間だよ?
「だから?」
だからって……、
「いいじゃないか。別に大きい方をするワケでもないし。僕ら以外誰もいないんだからさ、僕とまひろ君、男同士なにを遠慮する必要があるんだよ」
は……?
「なに?」
「あのー」とここでまひろ君、本当にすまなそうに、「ひょっとしたら忘れられてるのかも知れないのですが……僕……その……身体の方は……まだ……」すると、
「あっ!」とようやくミスター。バッと急いで立ち上がり、「そうだそうだ、そうだった」といつものレンチをバヂヂヂヂヂ。彼女の身体をスキャンすると、「ごめんごめん。すっかり忘れてたよ」
とそのまま、適当な空間めがけ、
ビジジジジジジジジ、ジジッ。
ビジジジジジジジジ、バジッ。
とそこに、直径約1.5m、長さ1mほどの横穴? を作ります。
「僕もどこに繋がるかは分からないんだけどさ」と続けてミスター。「君が知ってる? 落ち着ける場所に繋がるはずだから、そこならトイレくらいはあるだろう」
たしかに。彼の言うとおり、その横穴? トンネル? の向こうには、なにやら古ぼけた廊下のようなものが見え、
「あ、ほら、あれ、あれ、そうじゃないかい?」とミスター。確かに、廊下の奥にお手洗いらしきドアが見える。「丁度いいじゃん。サーッと行って、シャーッとしておいでよ」
「え? でも、勝手に他所さまのお手洗いをお借りするのは……」
「いいからいいから、誰か来たら僕から説明するからさ――正直、それどころじゃないんだろ?」
「むー」
バタバタバタバタ。
カチャッ。
バタン!
と言うことで。
結局家には誰もおらず、どうにかこうにか一命を取り留めたまひろ君でありました。が――、
「さて……」とここでミスター。横穴をレンチで固定し彼女に続いて『壁』を出るわけですが、「あれ……?」
とどうやら、彼的にもこのお家にはよくよく見覚えがあるようで、
「なんだ……」と言いつつジジジジジ。住人不在を確認してから、「頭では忘れていても、身体はおぼえてるってことか」
(続く)
(注1)山岸咲子さんの悲しくも美しい半生記については、樫山泰士製作の『SHEEP:ヤスコ先生の恋人。』第九話「人形/あるいは東京市営食肉処理場第五号」をご参照下さい。
(注2)そうは言っても、ここでわざわざ「ほぼほぼ」なんて副詞を使用していることからもお分かりのとおり、この『壁』にも、わずかではあるが、自然に出来た穴や抜け道、確率論的ハック方法等があり、それこそ現在、マルチバース間を飛び回っている赤毛と九才の女の子なんかは、この穴や抜け道、不正に開けたポータル等を利用して移動を続けているわけである。




