その15
承前。
「え? え? なに? なに? なにがどうしたの? 不破さん?!」
と言うことで、山岸まひろは戸惑っていた。
戸惑って、驚いて、正直そろそろ疲れて来ていて、なんなら怒りゲージもマックスに届きそうだった。
誰に?
まあ先ずはもちろん、この作者に対してである。何故なら、実はあんまり意味のないこの状況に、
「だって、書いてて楽しいんだもん♪」
という理由だけで放り込んだのはこの作者であるし、そのことは彼女もなんとなく理解していたからである。
であるがしかし、そんな作者のサイコパスにつける薬のないことも彼女は同時によーく知っていたし、それにそもそも、『第四の壁』の向こうにいる人間への抗議の仕方もよく分からない。そのため彼女は、ゲージマックスなその怒りを、作者に対してと同じくらい、
「ふっざけんなよ」
と想っている別の相手へ向けることになるわけだが、その向けられる相手とはもちろん、例の赤毛のエイリアンである。
なんと言っても彼は、突然彼女を、(なんだか楽し気に)加速するトラックの真ん前に突き飛ばしたかと想えば、次には、(うっすら笑いながら)29階建てのマンションから叩いて落とし、また、それに加えて、パッと見と言うか実際悪魔だったおじさん――だけれどきっと、心の奥底には、天使だった頃の優しさの名残りくらいはあるんだろうなあ、と想える位には普通に優しかった知り合いのおじさん――をあおって、そそのかしては、彼女に炎の固まりを投げ付けるよう命じているのである。
しかも!
このトンチキサイコパスと来たら!
なにを血迷ったのか、さっき預けたお弁当(不破さん特製ビーフステーキサンドイッチ入り)のチャックを開けると、
「いいぞ、不破さん、やれやれえ」
と言って笑いながら、それを食べ始めたじゃあありませんか!
なのでそのため、
「なにやってんですか! ミスター!」
とまひろ君が叫ぶのも当然だし(彼女は大変空腹だった)、それに合わせて、
グッ! ォオォオァォアァオァアアアアアッッッ!!!
と彼女の『壁』が、急に厚く、広く、光を増して、この花盛りの家全体を覆うほどに拡大したのも(彼女のサンドイッチは1/3ほど食べられていた)当然の理と言えば、当然の理であった。そのため、
『なに?!』
と放った炎の固まりが、彼女の『壁』に当たり、捕まり、取り込まれ、雲散霧消、無効化される様を見せ付けられた不破さんが驚くのもまったくもって当然だったし(不破さん的には結構本気だった)、かと想えば、
キュッ。
シュゥウゥウゥウゥウゥウウウッ。
と問題の『壁』が急激に縮小、幾重にも幾重にも幾重にも幾重にも折り畳まれては縮こまり、最後には不破さんひとりを残し、まひろ君とミスターをまた何処かへと連れて行くのも、まあ、当然と言えば当然であった。(コントロールされていない『壁』は、とにかく自由気ままに、行き当たりばったり的にふるまうとされているので)
『まひろさま?』不破友介は呟いた。『ミスターさま?』リビング一杯の身体を元のサイズに戻しつつ、『また、『ジャンプ』されたのですか?』
*
と言ったところで。
まひろとミスター、彼らふたりは、ふたたび『ジャンプ』させられていた。ただし今度は、ふたり一緒に。まひろの作り出す『壁』を使って。その『壁』の中を、ランダム的且つ行き当たりばったり的に。
まひろは、ミスターの首根っこをつかんでサンドイッチを取り戻し、ミスターはミスターで、いつものレンチをジジジジジ。いま居るこの場所とまひろの身体をスキャンしてはいろいろ思索をめぐらせていた。
移動の方はどうにもコントロール出来ないので、空間の運ぶに任せていた。上に行ったり、斜めに来たり。そもそも上下も左右もよく分からない空間なので、『移動』と書いてよいのかも、『空間』と書いてよいのかもよく分からなかったけれど、それでもなんとなく、どことなく『移動』している感覚はあったので、『移動』という言葉を使うことにした。
空間内は、白と言うか光と言うか、まばゆい星空を幾重にも幾重にもモザイク模様的に重ね合わせたような色をしていて、まひろの他にミスターも入れてしまったせいだろうか、そのモザイク模様の中には時折り、まひろの過去や現在、あるいは別宇宙における彼女の姿が、フラッシュバック的あるいはサブリミナル的に差し挟まれては消えており、また、それと似た感じで、そこに浮かぶミスターの姿も、彼の過去や未来、あるいは別宇宙の彼の姿――屈強な大男や寡黙な老人、あるいは碧い瞳と黄金髪持つ時の女神――に変わっては戻るをくり返してもいた。もちろんこちらも、ランダム的且つ行き当たりばったり的に。
そうして、そんな奇妙な光景に、それを創り出しているまひろ本人は、最初こそ驚きはしたものの、ステーキサンドイッチを食べるのに忙しかったのと、『ここはそういう場所なんだろうな』とボヤッと、頭ではなく身体で理解し始めていたことなんかもあって、それ以上驚くこともなければ、ミスターを質問攻めにすることもなかった。
そうして、そのため、そんな状態がしばらく続いてから彼女は、ようやくお腹もくちくなって来たのだろう、
「それで?」と彼に訊いた。落ち着いた口調で。お弁当袋から凍らせたクリームチーズ(デザート用)を取り出しながら、「結局ここは、なんなんですか?」
この質問にミスターは――彼はひき続きこの空間の観察と分析に忙しかったが――、
「『壁』だよ」とぶっきらぼうに答えた。「君が創った『壁』の中」
「『壁』?」まひろは訊き返した。チーズに乗ったブルーベリーが酸っぱかった。「こんなだだっ広い空間が?」
ざっと周囲を見回したが、四方八方、どこにも壁のようなものは見えないし、そもそも端っこすらあるのかどうかも分からない。
「まあね」ミスターは答えた。「宇宙と宇宙の間にある境界。その『壁』と同じ――同質?――のものだからね」物欲しそうにクリームチーズを見つめつつ、「僕らのスケールからしたら、ほとんど無限の広さだよ」
「ふーーーーーん?」まひろが訊いた。クリームチーズを半分たべて、残りをミスターに渡しつつ、「僕が『創った』と言うのは?」
「うーーーーーん?」ミスターは応えた。クリームチーズを受け取りながら、「会話形式だと長くなるし、作者さんも大変だろうから、その辺の説明は彼、彼女だっけ? にしてもらうのでもいい?」
「は?」
ありがと、ミスター。そうして貰えるとすっごく助かる。ってことで――、
(続く)




