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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十三話「ワイルド・ブルー・ヨンダー」
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その13


 山岸まひろの部屋はマンションの最上階、その北東角に位置していた。この階に他に部屋はふたつしかなく、ひとつにはしょんぼりとした身なりの、だけれど驚くほどの資産を持った老夫婦が住み、残るひとつには通常誰も住んでいなかったが、ときどき想い出したように掃除とメンテナンスの業者がやって来ては、その数日後に異様に身なりがよく異様に疲れた顔の男(中東系)がやって来て泊まって行くことがあった。


 とまあ、要はそれほど高級なマンションであるわけなのだが、ただのしがない会社員であるまひろ個人にこんな高級マンションが借りられるわけもなく、ここは彼女の兄・富士夫の会社が、投機目的というか節税対策のために間違って購入、複雑な経理計算と様々な紆余曲折、それにシスコン気味の兄・富士夫の心配というか思惑なんかもあって、


「おい、まひろ、おまえはあそこに住め」


 と彼女にこの一室をあてがうことになった。と言うのも、そこに行くには厳重なセキュリティーとタワマン29階分の上昇運動を必要としていたからだし、同じ階には前述の老夫婦と滅多に現れない疲れた顔の大富豪しか住んでいなかったからである。


 そこには洋間がふたつと広々としたリビングダイニング、それからマンション規約で洗濯物や植木鉢の設置に細かい制約が課されているバルコニーがあった。


 山岸まひろは、このマンションになかなか馴染むことが出来なかったが、休日の昼間、風の弱い時間帯を見計らって、このバルコニーに出ては遠い街や空をながめたり、大きく伸びをするのは好きだった。もちろん、だからと言って、そのままバルコニーから顔を出し、真下を見おろすなんてことは怖くて出来なかったが。


 そう。なんと言ってもそこはタワマンの29階であり、なにかの間違いでこれを一気に下降するようなことでもあれば――ここから地上まで遮るものは何もなく地上は硬いアスファルトである――、彼女の魂が彼女の骨から離れて行くのは、まあ先ず間違いのないことであったろう。


 そう。だから彼女は叫んだ。コンコンコン。と彼女の指を叩いて来るサイコパスに対して、


「なにやってんですか!」と彼のサイコパスな瞳に恐怖しながら、「だめ! だめ! だめ! やめて!」と懇願するような声で。


 が、しかし、この男のサイコパス味は天然自然のものであり、そのサイコパスさ加減と来たら、奇人・変人が多い(*個人の見解です)宇宙人兼タイムトラベラー界隈でも、


「いったいなんなんだ? あいつは?」


 と呆れられ、恐れられ、煙たがられ、遠巻きに眺められては誰も近付かないレベルのサイコパスさ加減であって、(女のくせに)自分の数倍はイケメン顔の懇願なんぞ聞くわけもなければ、


「だが断る」


 的に断る方に喜びを見い出すタイプのサイコパスでもあったので、そのまま微笑み、コンコンコンコン。彼女の手を手すりから離させてしまうのであった。すると当然、


「うっわぁああああああああ!!!」


 と彼女の身体は宙に浮き、そのまま、9.80665m/s2の重力加速度に引っ張られるかたちで、硬いかたい地面へと落ちて――いかなかった。


 と言うのも、彼女が手すりから手を離したコンマ数秒後、突然、彼女の落下するその先に、


 グッォオオオォ!


 という音とともに奇妙な時空の裂け目――いや、光る『壁』は現われ、


 ォォオオゥオ、ウォオオオォウォン。


 という音とともに、そのまま彼女を飲み込み取り込んでしまったからである。


「ファンタスティック!!!」


 とついつい叫んでしまうサイコパスだったが、それからフッと我に返ると、例のレンチでビジジジジ。その『壁』そのものと、それが彼女を送ろうと(彼女がそれに送られようと?)している空間の座標を予測計測した。


「なるほど?」レンチを見ながら彼は言うと、「逃げ場所は彼女自ら理解してるってことかな?」


 と続けてレンチで円を描き、即席の移動ポータルを生成、自身もそこへ飛び込んで行くのであった。そうして――、


     *


 カチャ。


 とそうして、これと少し時間を前後して、この部屋の玄関は開かれた。開いたのは、たったいま落ちて行ったまひろの兄・富士夫で、彼のうしろには、呆気に取られ驚いた表情の樫山ヤスコの姿があった。


 どうして彼女が呆気に取られ驚いた表情をしていたのかと言うと、この手の高級タワマン、しかもその最上階に来たのが初めてで(注1)、そのあまりにもあまりな高級感にびっくりすると同時に、そんな我々貧乏人には腰が引けて近付くのも恐れ多い場所に富士夫が、何の躊躇も違和感もなく入り、コンシェルジュに丁寧な挨拶をされ、軽く返し、エレベーターで一緒になった外国人の方とはなにやら軽い雑談でも交わしながら笑い合っていたからである。


 ちなみに。どうしていま「なにやら」と曖昧な表現を使ったのかと言うと、彼らの会話が英語でも日本語でもなく、たぶんドイツ語かなにかであって、語学力皆無のヤスコにはまったくのチンプンカンプンだったからである。“イッヒ・ビン・ヤパーナー。イッヒ・スプレッシュ・カイン・ドイシュ。”である。


「おーい、まひろー、いるかー?」


 部屋に入るなり富士夫は叫んだ。コンシェルジュとの会話で彼女が外出中であることは知っていたし、だからこそチャイムも鳴らさずスペアキーを使ったのだが、ヤスコの手前、一応の体裁だけでも整えようとしたのかも知れない。


「お前に会いたいという人がいるんだがー」


 がもちろん、当のまひろはそこのバルコニーから地面に落下――と言うか、落下の途中で『壁』に飲み込み取り込まれ、いまはまた別の時空へ移動している最中であり、兄に返事を返せる状態ではなかった。


「よければ、どうぞ」富士夫が言った。来客用のスリッパをヤスコの前に出しながら、「なにか行き先の手掛かりがないか探してみますよ」と靴を脱ぎ、自分は靴下のまま、奥へと上がって行った。


 前回登場時にも書いたとおり、彼らふたり、ヤスコと富士夫が会ったのは例の花盛りの家。ヤスコはあそこの居候・不破友介にまひろの居場所を聞こうと訪れ、富士夫は、そのまひろの様子を――あの家で眠り続けていた彼女の様子を――見に来ていたわけなのだが、


「まったく、あのバカ、どこ行きやがった」


 と富士夫も言うとおり、すでにあの家に彼女はおらず、お目付け役を頼んでおいた不破友介も、


「はて? たしかに今まで、そこにいらしたのですが……?」ととぼけるばかり、「いったい、いずこへ飛んで行ったのやら……」


 仕方がないので富士夫も、「実は私も、あいつを探していましてね」とヤスコを誘い、まひろの住むこのマンションへとやって来たのである。


 まあ先ず普段の富士夫なら、初対面 (であるはず)の女性に、ここまで親身に、言ってみれば打ち解けた態度で接することもないはずなのだが、前にも書いたヤスコの、あの花盛りの家に自然過ぎるほど自然に溶け込んでしまっていた様子や雰囲気――それは、彼の妹のそれと、どこかで繋がり重なるような印象を与えるものであったが――に、おそらく彼女は敵ではない、どころか、彼ら兄妹の味方になる側の人物である――と、そうどこかで直感してしまったからであった。


 ちなみに。たしかに彼女・樫山ヤスコは、最後の最後の最後の最後で実際に、彼ら兄妹を救う存在となるのだが、この時の彼の『直感』は、それとはまた違う直感であって、それは未来の予感と言うよりは、いまは憶えていない過去の、隠された彼らの過去の記憶から想起されたものと言った方がより正確ではあった。ではあったが、


「あのー、お兄さま?」とここでヤスコ。不意に、本当にいま想い出したかのような口調で、「つかぬことをお伺いするのですが……」そう富士夫に訊いた。


「なんですか?」富士夫は訊き返した。


「わたし、以前、助けて頂きませんでした? お兄さまに」


「は?」と富士夫は固まり、彼女の方をしばらく見た。


 恐らく、彼女の能力に触発されたのだろう、先述した記憶のようなものが、彼のどこかで立ち上がり、いくつかのイメージが彼の脳の中を横切って――、


「あ、」と彼は何かを想い出し掛けたのだが、「ひょっとして――」


「そうです、そうです。たしかパン屋で」と言うヤスコの声に、それらイメージは再び何処かへ逃げていくことになった。「おっきな犬に入り口ふさがれていたのを助けて頂いて」


「え? あー、ああ」富士夫は声を上げた。


 たしかに。この二人は、このお話の第四話でも一度出会っていたのである。


「あのときのお嬢さん?」富士夫は続けた。こちらも不意に、本当にいま想い出したかのような口調で、「あのへっぴり腰の?」と言葉のマズさに気付かないまま。


「ま、まあ、確かに」ヤスコは応えた。「あれは流石に我ながら――」と顔を赤らめながら。


 と、言うことで。問題の彼女の情けないお姿については、このお話の第四話を改めてご確認頂くとして、このおかげで彼らの距離はまた少し縮まることになったし、逆にこのおかげで、隠されている彼らの記憶も、より見つかりにくい場所へと逃げていくことになったのでもあった。



(続く)

(注1)厳密に言うと、彼女は一度、このタワマンの、このまったく同じ部屋に来たことがあるのだが、それはまた別の物語に書いておいたし、当然、その時の記憶は今の彼女にはなかったりする。

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