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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十三話「ワイルド・ブルー・ヨンダー」
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その12


「うん。よし。先ずは力の制御から。修行の時間だよ、八千代ちゃん」


 と、佐倉八千代が赤毛丸顔エイリアンに言われていたころ、その『修行』とやらに突然押し出された人物がもうひとりいた。


 押し出したのはもちろん、同じ赤毛丸顔エイリアンで、押し出されたのはもちろん、山岸まひろである。


 そう。彼女は押し出されていた。


 どこで? 石神井郵便局前の道路で。


 どこに? 大きくアクセルを踏んだ配達トラックの前に。


 そう。このとき確かに赤毛は叫んでいたはずだ――「そうして」


「そうしてそれが、『修行』ってことさ――ゼロ!」


 と同時に、


 バンッ!!!


 とナニカとナニカの大きくぶつかり合う音は聞こえ、


 キキキキキーーーーーーーーッ!!!


 とそれに続くかのように巨大なブレーキ音は響いた――次の瞬間、


「え?」


 と、まひろは奇妙な空間にいた。そこはひろく、何もなく、光すらもなければ、もちろん暗闇すらもなかった。


「なに?」


 と続けて彼女は想うと、遠くの何処かで原初の光は爆発した。と想ったら、巨大な虚無が彼女の横を走り過ぎて行った。青ジャケットの白うさぎの格好で。


「え? え? どこ? なに?」


 と更に続けて彼女は想ったが、不可逆時間は順行と逆行をくり返し、架空の宇宙は、おかしなガムボールみたいに、膨張と伸縮と拡散と凝縮をくり返しているように見えた。2から9973の間にあるすべての素数がパラパラパラと、まひろの頭に、にわか雨として降り注ぎ、彼女はこの空間に奇妙な既視感と親近感と同族嫌悪を同時に覚えた。


「どこ? なに? ここ?」


 と彼女は想い、試しに彼女のこの問いに答えるならば、ここは彼女が作り出した逃げ場、隠れ家、シェルターであった。アジールだったり避難場所だったり、要は、彼女の世界からほんの少し位相をずらした亜空間、この物語で頻出している単語を使うのならば『壁』、その内部――と言うことになる。


 がもちろん、いまの彼女にそれを把握出来る術もなければ、この空間に留まれるだけの力も意思も、この空間をコントロールするだけの技術もなかった。


 そのため、そんな彼女のおどおどとした姿は、この空間のお気には召さず、彼は、『むー』と想うと、突然、


『カーーーーーーーッ!』とまるで痰が絡まるおじさんみたいに、


「え? え? なになになに?」と更にうろたえ戸惑うまひろにいよいよもってイライライラつき、


『ペッ!!!!!』


 と彼女を、その空間から吐き出すのであった。


     *


「あ、おい! あ、あんた! い、いまいまいまいま、いま! 男の人を!」


 とこれと丁度同じころ、例の赤毛丸顔エイリアン(まひろ君を突き飛ばした方ね)は、散歩途中のシニア男性に詰め寄られていた。彼の肩には主人そっくりのボストン・テリアが抱かれていた。


「み、み、見た見た見た、見たぞ! あんた! 走って来る車の前に人を突き飛ばしただろ!」


 がしかし、そんな彼の剣幕に当のエイリアンはたじろぐどころか気付いてもいない様子で、いつものレンチを、


 ジーッ、ジジジジ、ジッジー。

 ジーッ、ジジジジ、ジッジー。


 とやって周囲の時空を計測、確認。その結果を見ながら改めて、


「すごいな」とひとり呟いていた。「なるほどこれなら、いまの状況にも納得がいく」


 とそれから今度は、二、三度レンチをブンブン振って、値をリセット。再度計測、


 ジジ、ジージジ、ッジジ。

 ジジ、ジージジ、ッジジ。


「うん。遠くの方へは行っていないな」といまいる場所から北東方面、東石神井台駅の方を向いた。「これなら十分、追い掛けられるか」


 がしかし、こんな彼の態度に困るというかイラついているのはボストン・テリアのご老人である。散々存在を無視された彼は、ミスターの肩をムンズとつかむと、


「え? え? なになになになに?」と戸惑う彼を停車しているトラックの前まで連れて行き、


「逃げようたってそうは行かねえぞ、この野郎」と彼と一緒にそのフロント部分を見た――のであるが、「……あれ?」


 もちろんそこにまひろの姿はなく、それどころか、トラックの方にも傷ひとつ付いてはいなかった。


「し、しかし」とうろたえるご老人。「確かに、この目で押すところを見たし、トラックにナニカがぶつかる音だって――」


 するとミスター、


「たしかに驚かせたのは悪かったですけど」と彼に向かってこう答える。「バンッて音は、まひろ君が逃げるために空間と空間をぶつけた時に出た音で、あまりに急だったんであんなに響いただけですよ」


「し、しかし……」と再びご老人。今度はトラックから出て来た運転手とふたり、不思議な顔でその正面部分を見るが、「たしかに傷ひとつ……」と言ったところでハッとなってふり返り、「い、いや、でも、あんたが男の人を道路に押し出したのは見たぞ!」


 と改めて彼に詰め寄ろうとしましたが、


「って……あれ?」とそこに赤毛の姿はすでになかった。「あいつはどこだ?」


 そうして――?


     *


「うっわぁああああああああ!!!」


 とそうして問題の“男の人”、山岸まひろは落下を続けていた。


 なぜなら、彼女が作り出した空間から『ペッ!』とばかりに吐き出されていたから。


 どこに? その空間と元々彼女がいた空間の間を繋ぐトンネルのようなところに。


 がもちろん、その空間に上下はないので、あくまで引き寄せられる側を下に見ての『落下』という意味だが、ここで敢えて『落下』という表現を使ったのは、その移動にかかる加速度が、あまりにも地球重力のそれに近かったからだし、そこからほぼほぼシームレスで飛び出した空間――つまりは元々彼女がいた空間(=我々のこの現実空間)――が、地上約100mの高さだったからである。


「はっ?」と彼女は想い、「ウソでしょ?!」と彼女は叫んだ。とっさに右手を伸ばした。


 と言うのも、飛び出したその空間が地上約100mの高さで、そこから地上まで彼女を受け止めてくれるようなものが何も見えず、このまま落ちればそれは、タワマンの29階から飛び降りたような絵面になることが確実だったからだし、もっと言えば、そこは、それこそ彼女が住むタワマンの29階、彼女の部屋のすぐ外で、見慣れたバルコニーの手すりが目の端に飛び込んで来たからである。


 ガッ!


 とそうして、彼女はその手すりを握った。奇跡的に。がしかし、それは片手だけだったし、加速度も付いていたし、当然ながら高層階で風も強かったので、いますぐにでもその手は手すりから離れてしまいそうだった。


「だ、誰か!」彼女は叫び、


「ああ、いたいた、なんだ外だったのか」と部屋の中から誰かが出て来た。「時空の歪みから大体の場所は分かったんだけどさ、細かい場所までは特定出来なくって、いやいや計算に手間取ったよ」


 と、もちろんこいつは例の赤毛エイリアンである。


「それで結局、このマンションが出て来たんで中を探してたんだけど……、なんでそんなとこにぶら下がってんの?」


「た、た、」続けて彼女は叫んだ。「助けて!」


 が、やっぱりこれは相手が悪い。


「え? あ、ああ、ごめん、ごめん。そういうことか」とミスター。瞬時に事態を把握すると、「きっと時間の流れも違うんだな。君はいまここに出て来たばかりってとこだね」


 そう言って彼女に手を差し伸べようとしますが、


「うん? ってことは、空間が君をそこに吐き出したってこと?」と、必要以上に状況を把握。「――ってことだよね?」


 とそのためこの赤毛エイリアン、


「え? ちょ、ちょっと? ミスターさん?」と言うまひろの声なんかはシレッと無視して、「い、いったいなにを?」


「だったら多分、このまま落ちても行けるんじゃないかな?」持ってたレンチでコンコンコン。手すりをつかむ彼女の手を叩く。するともちろん、


「なにやってんですか! だめ! だめ! だめ! やめて!」と叫ぶまひろの懇願むなしく、その手は手すりを離れてしまい、


「うっわぁああああああああ!!!」


 とそのまま彼女は下へ下へと、更に落ちて行くのでありました。



(続く)

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