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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十三話「ワイルド・ブルー・ヨンダー」
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その9


 幼い子ども時代を除けば、彼女の部屋に入るのはこれが初めて、いや、二回目だった。


 一回目は、閉じ込められた彼女を文化祭へ連れ出すため、はしごを使って窓から侵入したときなので、正直、部屋の中を見ている余裕なんてのはなかった。


 そのため今回、改めて彼女の部屋に招き入れられたとき、彼、清水朱央は、まずどこに目をやってよいのかから分からなくなっていた。


 あまり使っていないだろう勉強机に花柄模様のベッド、枕もとにはタッチ式の小さなナイトランプにぬいぐるみがいくつか。壁には時計やポスター、カレンダーなんかと一緒に彼女の制服が掛けられている。床に置かれたクッションに座っておくよう促されたが、三つあるそれはいずれも見事なパステルカラーで、腰を下ろすには少々勇気が要りそうだった。


 なるほどここは、思春期真っ盛りの高校男子にとっては、身体に悪いというか、荷が重いというか、どちらを向いても女の子の部屋という感じがして、しかもとにかくいい匂いがして、いたたまれなくなって窓でも開けようかとそちらに行きかけたら、


 カチャッ。


 と扉がひらき、この部屋の主、祝部ひかりは戻って来た。手にふたり分の飲み物とお菓子を持って、


「ごめん、お待たせ」と、「お母さんがしつっこくってさあ」そう言って笑いながら。


 すると朱央も、窓から微妙に方向転換、すぐ横の本棚前に移動し腕組み、クールを装い、「ふーん」とまるで今のいままで本棚を物色していたんですよ、なにもやましいことなんて考えてはいませんよ、なんにも、なんにも、全然ッ、なーんにもッ! といった表情で彼女の方をふり返ったワケだが、そしたらあなた、これはこれで、もう、思春期真っ只中の高校生男子には目の毒というか、脈が乱れるというか、過換気症候群一歩手前というか、もう、こう、そりゃ、まあ、大変だったわけですよ、色々とね。


 いや、まあ、そりゃね、もうそろそろ暑い時期だしね、湿度も高いしさ、ひかりちゃんにとって朱央くんてのは、小さい頃からよく知っている、気心知れた幼なじみでもあるわけだしね、しかもこの男、まるで聖人君子みたいな顔で、


「え? そんなやましいこと、考えたこともありませんよ」


 みたいな感じで女の子に接しやがるしさ、あ、そうそう、それに、前にも何度か書いたけど、ひかりちゃんって結構やせ型というか、こう言っちゃ悪いけど、いわゆる“セクシー”とはほど遠い体型をしていてさ、更に本人もそれを自覚しちゃってるもんだからさ、例えばお母さんの守希さんなんかがさ、


「ちょっとひかり。あんた、男の子の前でそのカッコはないんじゃない?」


 とか忠告しても、


「え? なんで? 別に変じゃなくない?」


 と、まあ、ホント当人は分かっていないんだろうけど、オーバーサイズの半袖パーカーにショートパンツの組み合わせで部屋に戻って来たりするわけで――ってなんだかなあ。


 いや、分かる。分かるよ、ひかりちゃん。あなた細いし色々起伏に乏しいし、お父さんの優太さんからも、


「しっかしお前は、ホントに色気がないなあ」


 と事あるごとにセクハラかまされてたりもするからさ、まさかパーカーの襟ぐりからのぞく貴女の鎖骨や、そのショートパンツから伸びる、まるで何かのつっかえ棒――は流石に言い過ぎだけれども――みたいにまっすぐな脚に、“セクシー”さを感じる人がいるとは、到底想えないかも知れない。知れないけどさ、それでも、その、なんと言うか……って、まあ、かわいそうなのは朱央くんである。


「うん? なに? なにか読みたいのある?」


 と貴女ね、なんの他意もなく彼のところへ行かれますがね、彼が本棚を見詰めたまま微動だにしないのは、貴女の鎖骨や太ももやうなじの辺りを視界に入れないためであって、


「あ、そうそう、これは? このまえ乙葉さんのところで買ったんだけど――」


 と、こちらも他意なく本なんぞを取ろうとなされていますが、その横では彼が、どうにか貴女に当たらぬよう、奇妙なかたちに身体をくんにゃらがりにくねらせていたりもするわけですよ。なのに、それなのに、貴女と来たら、それにも関わらず、


「でねでね、そこで主人公の車が横転しちゃってヒロインが――」


 とか、まあまあお話に夢中なのでしょうけれど、彼のパーソナルスペースぶち抜く勢いでそちらに近付いて、こともあろうか、


「で、ここ! ここでわたし爆笑しちゃってさあ!」


 とか言いつつバンバンバンバン、接触過多なスキンシップを取られたりしているワケですよ、多分に無意識に。しっかも若い女の子特有のいい匂いとかさせながら――ほっんと、かわいそうなのは朱央くんである。


「なに? どしたの? いやに無口だけど」


 って、それは貴女の匂いを嗅がないように息を止めているからだし、


「あれ? なんか赤くない? 熱でもあるの?」


 って、それは貴女が近づけば近づくほど赤色は増していくわけでしてね。


「い、いや、大丈夫。なんでもない、なんでもないよ、ひかりちゃん」


 って彼の言葉は、要は「ごめん、ちょっと離れて」って意味であってだな、


「なんでもないことないわよ、ちょっとオデコ触らせて」


 って、彼のひたいに手なんか当てちゃった日にゃあ貴女、


「ご、ごめん、ひかりちゃん」


「え? え? なに? なにが?」


「ぼ、ぼく、もう、げ、限か……」


 バッタン。


 と、彼もその場で卒倒するって話ですよ――あーあ、やれやれ、青春だなあ。


     *


 と、言うことで。


 バッタン。


 という朱央くんの倒れた音は、「私の教育が間違っていたのかしら?」と娘のあまりの無防備さに頭を抱えるお母さま、階下の守希さんの耳にも当然届いていたわけでありますが、彼女は彼女で、


「だからと言って今さら着替えさせたら逆に意識させるだろうし」とか、


「せめて窓を開けて空気の入れ換えをしてあげた方が」とか、


「でもでも、お茶とお菓子はあの子が持って行ったばっかだし、私がいま部屋に入れる口実もないし」とか、


 まあ、そんなこんなで頭をグルグル回しているところであって――って言うか、それ以前にそもそもいまは、


『なあ、おい、守希、どうした?』と突然電話を掛けて来た夫・優太との会話の最中でもありました。そのため、


「あ、いや、なんでもない、なんでもないわよ、優太くん」と取り敢えず、まずはそちらに集中しようとする守希さんでありますが、


「この人、ひかりが男の子と一緒だなんて知ったらまたパニクるわね」とか、


「まあ、でも、あの男の子、人畜無害そうな顔してたし」とか、


「お気の毒だけど、ドギマギしながら我慢して頂くことにしましょう」とか、


 やはりどこかに記憶の欠けらが残っているのか、


「あのふたりなら、先ず変なことにはならないでしょう」とか、


 まあそんなことを――守希さん大正解――ひき続き考えるものだから、


『おーい、守希さん? 聞こえてますか?』と、ふたたび優太さんに訊かれたりもします。『どうした? 調子でも悪いのか?』


「え? いや、なんでもないわよ、優太くん」と守希さん。ブルブルブルブル、目を閉じながら首を振り、「それで? なんのお話でしたっけ?」


『いや、会社に提出する用の書類で二、三質問が――』


 そうして優太は、ごく簡単な、経理事務に関するような質問をいくつか行ない、守希も守希で、その質問に、ところどころ引っ掛かりながらも、淡々と答えた。「こんなこと、訊かなくても知ってるでしょ?」と想わないでもなかったが、「まあ、念のためなんでしょうね」と、ところどころ頭がモヤッとなりながら、それでも、


『了解、ありがと、助かったよ』と夫が言って、


「はいはい、どういたしまして」と応えて彼女は電話を切った。「お仕事頑張って下さいね」


 そうして、それから彼女は、しばらくボーッと、窓の外を眺めていたのだが、不意に立ち上がると、


「ああ、そうそう、お茶よね、お茶」とつぶやき、台所へ向かうことになった。「お客さまにお茶を出さなきゃね」


 優太が守希に電話を掛けて来た理由。それは実はこれだったのだが、どうやら彼は、この兆候を見逃した様子であった。



(続く)

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