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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十三話「ワイルド・ブルー・ヨンダー」
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その8


 拳に痛みはなかったが、ひとを殴ったときの反動と、相手の骨が軋み、ひびが入るときのあの感触は、しっかりそこに残っていた。自分が意識を失くしていたときのものも含めて。何故ならそれらは確実に、『彼女たち』の身体の記憶として残されていたから。


 いったい何人の警察官を『彼女』は倒したのか?


 それははっきりとは分からないが、彼女が目を覚ましたとき、『彼女』と意識を共有したとき、床に倒れる彼らをザッと見た限りでは、少なくとも十、いや十五人は倒していたように見えた。彼らの中には、股間を押さえ泡を吹いている者や、腕が曲がらない方向に曲っている者などもいたが、彼女が『彼女』を、ふたたび意識の奥へと押し込めなければ、あの数はもっと増えていただろうし、逆に銃やなんかを持ち出されていたとしたら――いや、『彼女』なら、それすらどうにかしたかも知れない。


「ちっ」と彼女、マリサ・コスタは小さく舌を打った。「ペトロが特別だったのね」と掛けられた手錠を上下に軽く振った。「『彼女』なら引きちぎれそうね」とこころの中で想いながら、「“これから、どこに行こう?”」――が、これが悪かった。


『手錠どころか、そこの鉄格子だってひん曲げてやるよ』と、『彼女』――オフェリア・モンタルトが彼女に声を掛けて来たからである。『警官つってもどいつもこいつもヘナチョコのフニャチンばっかだったしさ、さっさと出ようぜ、こんなとこ』


 現在、彼女と『彼女』は、例の心療内科医殺しの容疑者として、また、二十人近い男性警察官の足を折ったり、顎を砕いたり、男性特有の急所を潰したりした公務執行妨害の現行犯として、ここ石神井東警察署――小張千秋が長を務めるあの警察署――の留置場に拘束されているところであった。手には手錠が、足には足かせが、腰にはベルトチェーンが二重に掛けられ、留置場の前には――これも『彼女』にやられたタマだろう――顔にあざ、頭にたん瘤、破けたままの制服を着た警察官が三人も、こちらを向いて立っていた。手に手に警棒、警杖、刺又なんかをいくつか持って。とっても不機嫌且つ彼女を恐れている感じで。


 そう。彼らは恐れていた。目の前の美しい女性を。頭では、手錠や足かせ、鉄格子なんかが彼女を捕まえ、仮にそこから彼女が脱け出そうとしても、手もとの警棒や警杖や刺又――いざとなったら拳銃も――なんかが彼らを彼女から守ってくれるだろう。そう考えていたとしても、彼女に殴られ蹴られ投げ飛ばされた彼らの身体、まるで踊るように光るように、同僚たちを倒していった彼女の姿を見た彼らの目は、そう考えることを躊躇っていた。いくら署内には数十人からの警察官が控えていたとしても、檻は破られ、なんなら銃弾すら彼女は跳ね返すのでは? と、彼らの身体は直感していたからである。


『見なよ』オフェリアが言った。『あいつらずっと、ビビってやがる』


「当たり前でしょ」マリサが言った。「警官相手にあんな大立ち回りして」


『私たちを捕まえようとしたからさ』オフェリアが言った。『きったねえ手で触りやがって』


「それも当たり前でしょ」マリサが応えた。「ひとをひとり」と続けて口を閉じ、すこし考え、「――あなたがやったのよね?」


『あの女医か?』


「もちろん」


『ま、そうだな』


「どうして?」


『憶えてない?』


「気付いたら、あの人が血まみれで倒れてた」


『ふん』


「オフェリア?」


『寝込みを襲いやがった』彼女は答えた。『お前のな』


 もちろん理由はそれだけではなかったが、それを口にするつもりはなかった。マリサ相手にはそれで十分だった。


「それくらい」マリサは答えた。「頼ったのはこっちだし、せっかくよくしてく――」


『それもだよ』オフェリアが答えた。彼女の言葉を遮るように、『それも理由さ』


 それからふたりはしばらく見つめ合っていたが、先に目を逸らしたのはオフェリアの方だった。鉄格子の向こうに目をやった。


『フニャチンのくそ野郎ども』彼らへの暴力も、言わば彼女のうさ晴らしのひとつであった。『ペトロの小指にも当たらねえ』


 彼女が捜している・会いたがっている人物はもちろん彼ではなかったが、それでも、マリサ以外に彼女を止められる人物がいるとしたら、それはやはり、ペトロ・コスタになるだろうし、彼とのなぐり合いは、あれはあれで、彼女的には楽しめた様子であった。そうして――、


     *


「どうだ? アーサー。一応血は止まっているが、変な感じとかはしないか?」


 とそうして、ペトロはペトロで、なんか、こう、色々あってテンパっていた。先ずは、昨日のペトロvsオフェリア戦に巻き込まれ足をケガしたアーサー・ウォーカーであるが、


「うん。ちょっとまだ痛いけど、傷パッド貼っとけば全然平気だよ」


 とこちらは、アーサー本人も言うとおり、想った以上に傷は浅く、また、あの後すぐによく洗い、買い置きしていた創傷被覆材(傷パワーパッドみたいなやつね)をきちんと貼っておいたので、


「やっぱ若いと治りが早いな」


 とペトロも驚くくらいに回復しており、こちらはあまり気にしなくてもよさそうである。が、それよりは、


「それよりおじさんのキズは? あばらとかやられたんだよね?」


 と、オフェリアと直接やり合ったペトロの方こそ大丈夫なのか? そう疑問に想うところではあるが、


「いや、それがな、アーサー」とこちらも信じられないと言った様子で、「アザもキズもきれいに消えて、あばらの痛みもほとんど無いんだ」


 そう続けて胸のあたりを叩いて見せる。パン、パン、パン。と。「一体これは、どういうことだ?」


 が、実はこれも、ペトロの持つ能力の一部――と言うかこちらの使い方の方が本来なのだが――であって、彼は昨晩、睡眠中に、無意識のうちに能力を発動、彼の『光の盾』は、彼に気付かれることもなく、彼の身体をゆっくりスキャンし患部を特定。そこに焦点を当て、彼の身体が持つ自然回復力を極端に活性化、流石にあばら骨を完全癒合させるほどではないにしろ、いま見たように、胸を叩いても痛みが走らない程度には傷を癒し、治し、彼の身体を回復させていたのである。


「ほんと、意味が分からないな」


 ちなみに。アーサーの傷の治りが早いのも、実はこの『光の盾』の影響で、昨夜彼はペトロのそばで寝ていたので、そこでこの力の影響を受けたというわけである。


 で、まあ、ついでだからもう少し書いておくと、いつかは彼も、この自身の力に気付き、コントロール出来るようになるわけで、その暁には、彼と彼のこの能力は、ある足の不自由な男をふたたび立たせたり、誰かを守るため犠牲になった九才の女の子を生き返らせたりもするわけで、特にこの女の子については、彼やアーサー、マリサとの……っていやいや、流石にこれはネタバレが過ぎるので、この辺でついでは止めておくこととして――えーっと? ああ、そうそう。


 なので、話を現在に戻すと、前回のバトルで負った二人のキズは、こんな感じで、それほど言上げするほどのこともなく、先述の『色々あってテンパって』の中には入れなくても良さそうなレベルに落ち着いていたわけである。であるのだが、


「しかし困ったな」とここでペトロ。部屋をぐるりと見渡して、「一体、どこから手を付けたものやら」と小さなため息を吐く。


 と言うのも、昨夜は昨夜で、キズの手当てをしたり、汚れた服を着替えたり、冷蔵庫のありものでとにかく食事を済ませたりしていて、気付く余裕もなかったのだが、ここ数日のドッタンバッタンで家の中はシッチャカメッチャカ。汚れた衣服は投げ出され、食べたお皿はほったらかし。洗濯物は溜まりに溜まり、冷蔵庫はほぼほぼ空っぽ。アーサーの宿題には手が付けられておらず、公共料金の支払い票は郵便受けに入ったまま。しかも、


「え? そんな書類を準備しないといけないんですか?」


 とレストラン再開に関してマリサさんが進めてくれていたあれやこれやもストップしたまま、そうして、


「ウソだろ? こっちの支払いもまだじゃないか」


 とか、まあ、色々、彼女が一手に引き受けていた雑多な雑事がドカドカドカッと、彼に降りかかっていたからでありました。


 奥さん優秀だからって、彼女ひとりに頼り切ってちゃダメだよ、ペトロさん。



(続く)

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