その1
かつての花盛りの家について語るとき、そこでの不破友介の使命には大変なものがあった。なにしろそこには最大で、育ちざかりの子どもが四人もいて、食卓での彼らは皆一様に、冬眠明けのエゾヒグマ並みの食欲を見せていたからである。食事の準備はすべて、彼に任されていた。
彼らの家では、朝食が一番豪勢であった。昼食時に子供らはいなかったし、夕食も、彼らの帰宅時間がばらばらであったため、まとめてドーン。という訳にもいかず、朝の残り物と一升炊きのごはんで済ますということが多かった。
長男・富士夫を代表とする、彼らの頑健な身体の形成は、先ず、この時代の食事に寄るところが大きいであろう。
「と、まあ、そうなんですがね」とここで問題の不破。頭にチェックの三角巾、首から同じ柄のビブ・エプロンをかけ、「そのうち皆さまここを出られて、咲子さまもお年だったでしょう? なかなか腕を振るう機会がなくてですね」
とそう続けながら、見事な丸いパンケーキを次々と焼き上げて行く。いくつも、いくつも、いくつも。
太陽はすでに上っていたが、時計はいまだ朝の五時半をすこし過ぎたところで、花盛りの庭はまだ青味がつよく、そこから望める街の様子は遠くとおく、なんだか寝ぼけているようにも見えた。するとここでリビングから、
「ふぃあふぃあ、ふぇんふぇん、ほんふぁフランクはふぁるようふぃあおふぉえまふぇんよ」そう答える丸顔赤毛エイリアンの声は聞こえた。「ふぉの、フォークヒョップのふふぁいほと、フファイドホヘフォほほふぃひひほと」
彼はいま、出されたポークチョップとフライドポテトとハムエッグを同時に一杯お口に入れているところだが――って、相変わらず汚いなあ、食べ方が。
「ふぁって、ふぁさかフファはんは、ほんふぁにおひょうひひょうふはとふぁおふぉいほふぃはふて」
だからって口にもの入れて喋るの止めてくれないかなあ、私はさておき、読者の方には何言ってるか分からないでしょうし。
「ふぇ? ほふはは? ほれふはふぃふぁふぁ、ふぃふぃふぉふぇふんふぁふぁい?」
と、ほんといよいよ何言ってるのか分からない赤毛エイリアン。こちらの忠告なんのその、そのまま今度は、先ほどのパンケーキを追加でお口に突っ込もうと――うん。読んでる人が怒り出す前に、こっちで勝手に翻訳するね。
「ふぉんふぁふ?」とミスター。残りのパンケーキにバターやジャムをたっぷり塗って、「ふぉんふぁほふぉふぃふぁふても、読者ふぉ方ふぁたにふぁ、ふぉふふぉ言っているのかくらい、きちんと伝わると想うけどなあ――ちょっと気にし過ぎなんじゃないの?」
うん。チューニング終わり。
「え?」とミスター。「そうなの?」
うん。これならいくら食べながらでもちゃんと聞き取れるから、お好きにどうぞ。
「そうかい? だったら先ずは、いまの状況説明を――ってちょっと待って」
なに?
「その前にコーヒー牛乳のお代わりもらって来る――ねーねー、不破さーん」
はあ……。
*
と、言うことで。
ここは、すでに皆さまお気づきのとおり、いつもの花盛りの家のリビング。時間は前回、
「よーし、まひろくん」とまたまた落ちて来たこちらのエイリアンが、「いよいよ、修行の時間だよ」
とかなんとか、またまた変なことを言い出した翌朝で、あの後、不破さんを含めた三人で色々と話し込んだようですが、
「それはさておき、お腹が空いた」というミスターの言葉に不破さんの本気が発動、いまの状況へと繋がったようであります。「あっちへ行ったり、こっちへ来たりで、まともな食事をしてないんだよね、最近」
ちなみに。ついでなので、このとき不破さんが出してくれたメニューをザザッと並べてみると――、
まずは、先ほどもご紹介した大量のパンケーキにポークチョップとフライドポテト。それに、ハムエッグと自家製のジャム。コーンブレッド、黒い丸パン、鶏むね肉のソテーに豆入りのスクランブルエッグ。季節の野菜を茹でたサラダや、たっぷりオイルの生野菜サラダ。白身魚のフライにベーコン&ソーセージ。冷たいミルクに、甘いミルクに、香り付きの熱々コーヒー、それから、
「デザートには、凍らせたクリームチーズに庭のブルーベリーを乗せたものなどどうですか?」
とまあ、大変豪華なお食事で、
「不破さん! 結婚して!」
とついつい叫んでしまいそうになる作者でありますが、それはさておき、いま彼が言ったデザートとはどうやら、
「子どもの頃のまひろさまが大好きで、よく咲子さまにせがんでいたものです」
ということらしいです。――って、そう言えば、そのまひろくんは?
「寝汗で臭くて、髪もかゆいからってお風呂にはいってるよ」とミスター。コーヒー牛乳のお代わりを持って来て、「まる一日? 二日? 寝っぱなしだったそうだから、たしかにちょっと臭かったし、あとやっぱり、疲れた顔もしてたよね」
「ですな」とここで不破さん。チコリの香りのコーヒー片手に、台所から戻って来つつ、「ですから先ずは、食事を取って体力を――あれはやはり、夢のせいですか?」
「未来のね」とミスター。「夢というか、いくつものシナリオを立て続けに見せられたんだと想う。そりゃまあ疲れもするだろう」
「それでも一応、無事『戻って来る』シナリオも見られたようですな」
「まだまだ曖昧だったから、これからそこを確定させて――って、ちょっと待った」
「なんですか?」
「夢のせいももちろんあるけどさ、一番の問題はそこじゃないよ、彼女が疲れているのはね」
「と言うと?」
「力の抑制。無意識のね」
「ああ」
「姪御さんと会ったことで再起動しちゃったんだろうけど、自分でも気付かないままにそれを抑えこんでる。あれじゃあいつ暴走するか、彼女のからだが壊れるかだな」
「対策は?」
「だから言ったろ、『修行の時間』だって。能力を自覚させ、それをコントロールする術を身に付けて貰わないとね」
「なるほど?」とここで不破さん。すこし考え、舌の焼けるようなコーヒーを一気飲み。「それはまた、大変そうですな」
「だろうね」とミスター。生ぬるいコーヒー牛乳をひと口すすって、「強力で無自覚な力の制御ほど、難しいものはないだろうからね」
*
ドンッ!
と次に吹き飛ばされたのは、100kg越えの大男だった。しかも、彼女の細い左腕一本で。
男は十人、いや十三人はいただろうか、いずれも屈強な肉体を誇る警察官たちで、発砲許可こそ下りていなかったものの、ある者は拳で、ある者は警棒で、ある者は柔剣道からマーシャルアーツその他様々な格闘技術を駆使して、彼女を取り押さえようとしていた。
が、しかし、その中の誰ひとりとして、彼女の強力で無自覚な力の踊りを止めることは出来ていなかった。
そう。彼女はまるで、踊りを踊るように踊り、歌うように笑うように彼らをぶちのめしていたのである。
しなやかな手足を伸ばしてはターンを決め、裸足で飛び上がり、銀糸の髪を翻らせ、曲の途中でも、跳びあがるようにして次のパートナーを――殴りたおす相手を――つかまえた。何人も、何人も、何人も。
それと言うのも、この部屋の女主人――亡くなった美貌の心療内科医――は、この部屋のオーディオに、理由は不明だが、シチリア島のダンス音楽を集めたCDを入れていたからである。
「応援を!」男が叫んだ。奥歯がいくつかやられていた、「要請し――」
ゴギ。
彼女の美しい右ひざが男のわき腹に入った。八分の六拍子のタンバリンに合わせながら。それは、最高のダンスパーティーであった。
「アーッハッハッハッハッハッ」彼女はわらった。陽気に、明るく、元気よく。もう一度、「アーッハッハッハッハッハッ」と。
「いーんじゃない? 応援」彼女――目覚めたオフェリア・モンタルト――は続けた。彼女の身体は美しく、朝日よりも天使よりも光っていた。「どんなヤツでもぶっ飛ばす♡」
(続く)




