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ネキュイア


 『さあ行こう青空の彼方へ。

  さあ行こう青空の彼方へ。

  バックアップは取れたか?

  残りはそこに隠しておけ。』


 『さあ行こう青空の彼方へ。

  さあ行こう青空の彼方へ。

  世界は変わり果てたのか?

  また日々のみ過ぎて行く。』


 『さあ行こう青空の彼方へ。

  さあ行こう青空の彼方へ。

  私が誰か知っているのか?

  君は誰か分っているのか?』



 女神に言われた通りに穴を掘り、そこにミルクと蜂蜜、それから微炭酸の発泡酒を注いだ。すると、それに合わせるように、周囲にいくつか、ぼわ。とした灯かりが立ち上がった。


「あ、あ、あれ、あれ、あれ、あれ」ふるえる声でナオが言った。「あれってひょっとして?……ミスター?」


「うーん?」ミスターは答えた。周囲を見回し、ひき続き今度は、穴にミネラルウォーター(硬水)を注ぎ込みながら、「うん。どうやら僕らの気配に気付いたようだね――女神さまから貰った杖は?」


「こ、こ、ここに……」ナオも応えた。70cmほどの小さな杖を彼に渡しながら、「ね、ね、ねえ、や、やっぱ、やっぱ戻りましょうよ」


「ええ?」とミスター。まっしろな小麦粉をたっぷり穴にぶちまけながら、「ダメだよ、せっかくここまで来たのに。例の巫女さんに会って道を示して貰わないと」


「で、で、でもでもでもでもでも!」


「いいから、その杖を伸ばして、巫女さん以外が穴に近付いたら追っ払ってくれ」


「いやよ! あなたやってよ!」


「ダメだよ、これから女神さまから貰ったコケイセイ(注1)を犠牲に供するんだからさ。それとも君がこっちをやるかい? 首を切るから手に血が付いちゃうけ――」


「いやよ! いやいや! そっちもいや!」


「だったらこっちは僕にまかせて。君はあの人たちを追っ払うのをやってくれよ」


「で、で、でもでも、でもでもでもでもでもッ!」


「大丈夫だって。亡者ってのは本来、どこの宇宙でも大人しいもんなんだからさ――君のとこで言うゾンビみたいなもんだよ」


「ギャーッ! よけいッ! こわくッ! なったじゃないッ!!」


 と言ったところで。


 多元宇宙の放浪者、若干九才・山岸ナオと、彼女のガイドというか振り回し役の宇宙人・ミスターは現在、時間も空間も確率もあやふやな、というかはっきり固定されていない場所へとやって来ていた。


 それと言うのも前回、例のアキピテルの女神の魔の手から逃れ、彼女のおっきなオッパイやエッチな太ももに籠絡されることもなく、みごと彼女を調伏――というか大変気に入って頂いた彼ら(特にナオちゃん)は、その後、女神の屋敷にあった奇妙な時空の“くんにゃらがり”――大変強力な異次元ポータル――の秘密を教えて頂くことになったのだが――、


     *


「それなら、『シァイザの巫女』に訊かないとダメね」と、問題のポータルを見せながらの女神さま。


 こちらのポータルは、計六冊の書物(小型四つ折版)のかたちをしており、『異界の書 (ダークホール・トーム)』と呼ばれていた。


 これはつまり、この六冊の書物(のように見えるナニカ)を組み合わせることで、あらゆる宇宙への扉がひらく仕組みとなっているわけだが、その組み合わせにも複雑な計算は不要、旅行者が持つイメージを書物(のように見えるナニカ)が感知、その扉を開いてくれると言う代物だったが、


「だったらどうして、その巫女さん? に会う必要があるんですか?」


 そうナオちゃんも訊くとおり、彼らが行くべき宇宙のイメージならミスターが持っているし、そのまま飛べばよさそうなのだが、


「それはね」と言って女神は応える。ミスターを一瞥してから首を曲げ、それからナオをジッと見ながら、「やっぱりかわいいわね、あなた」そうつぶやいて、「それは彼女にあなた達の行き先と使命を示してもらうためです」と。


「使命?」ミスターが訊き返した。「使命なら知ってるよ」


「そう?」女神は応えた。やっぱりそれでも、首を傾け、「なら、確かめるってことかしらね」とナオのほっぺにキスをしながら、「あの人を守ってあげてね、かわいいお嬢ちゃん」


 そうして彼らは飛び込んだ。女神が並べた『異界の書』へと。そのジャンプはまるで、ゆったり流れる夜の河のようだった。


「『ハドルツ』?」ジャンプの直前、ミスターが訊き返した。「その巫女ってのは、『ハドルツ』にいるのかい?」


「正確には、あなたの宇宙の『ハドルツ』と重なり合う別の『ハドルツ』ね」女神は応えた。「彼女、そこの王様とお妃様に気に入られて、死後もこころの活力を持つことを許されてるの――あなた『ハドルツ』には?」


「話には聞いてるけど、まだ行ったことはないなあ」


 『ハドルツ』とは、北の銀河の奥の奥、ある種族が持つ惑星あるいは冥界のことであり、と同時に、特に西~北銀河では、ただ『あの世』を示す言葉として使われていた。


     *


 と言ったところで。


 ここで話は冒頭のナオとミスターへ戻るわけだが、彼らが今回たどり着いたのは、一般的には『あの世』『冥界』『死者の国』等々と呼ばれる土地であった。この地は、そのイメージどおり、先ずは茫漠たる荒れ地がどこまでも続き、その果てには、先ほど飛び込んだ時空流とはまた真逆の、轟々と流れる水暗き大河が流れており、空は霧と雲と闇との別なく覆われ、かがやく陽の光も、またたく星のともしびも、慈悲深き月の明かりも、この地には届いた例がない様子であった。


 そう。そのため、冒頭のシーンで見えた「ぼわとした灯かり」は、もちろん自然の光がもたらすなにかではなく、また人工的に作られたなにかでもなかった。


 そう。それは、先ほどミスターも言ったとおり、亡者、死んだ人の魂の灯かりであった。


「でーも、でもでもでも、でもでもでも!」とここでふたたびのナオ。泣きそうな声で、先ほどの杖を2mほど伸ばしながら、「その巫女さん? ってどうやって見分ければいいの?」とミスターに訊く。「こんな大勢、その……亡者? ゾンビ? がいるのにさあ」


 犠牲の首から滴り落ちる血の匂いに気付いたのだろうか、問題の灯かり――この地の亡者たちの魂――は、その数を増し、ナオたちのいる穴のまわりへぞろぞろぞろとつどい集まって来ていたのである。


「ああ、もう、やだやだやだやだやだやだやだぁ」と続けてナオ。腰を引きつつ、それでも伸ばした杖を彼らに向けると、女神の加護のひとつだろうか、そこで彼らは後ずさり、ナオとミスターを遠巻きに眺めるようになった。「これ、本当にみんな死んだひと達なんだよね?」


 そこには、若い乙女の姿もあれば、女の味も知らぬまま死んだ若い男の姿もあり、かと想えば、世の辛酸を知り尽くした老人、赤子を抱いた母親、血まみれの武器を手にし、身体の半分を失くした兵士などがいた。皆が皆、不気味な声をあげ、青白い光を放ち、ふわりふわりと、そこかしこを飛び回り歩き回っている。


「女神さまの言葉が本当なら」ミスターが言った。犠牲の皮を剝ぎながら、「問題の巫女は、この地の王と妃に気に入られ、生前同様のこころの活力を保っているそうだから」と先ずはひとつ目の質問に、「見ればそれとはっきり分かるそうだよ」


 それから彼は、犠牲の肉を切り分けると、熾しておいた火にかけ焼き始めたが、ふたつ目の質問には答えなかった。当然のことで答えるまでもないと想ったからだが、それ以上に、彼ら亡者の様子に、その数の少なさに、奇妙な感じを受けていたからでもある。


「ね、ねえねえ、ミスター」肉の表が焦げるころ、ナオが訊いた。「あ、あれあれ、あのひと、あのひとじゃない?」


 ミスターが顔を上げるとそこには、白くひかる布を身体に巻き付け、黄金の杖を手にしたひとりの女、亡者が、こちらに歩いて来るのが見えた。彼女の目は黒い布で縛られその表情は読み取れなかった。がしかし、その歩き方から、彼女が他の亡者とは明らかに違うことは分かった。そうして、彼女を認めたミスターは、さて、なんと声をかけようか? としばらく考えていたのだが、その考えは無駄に終わった。何故なら、


『貴女ですね、ミスター』と、その巫女から彼に声を掛けて来たからである。『姿は変わっても魂で分かります。貴女なのですね、ミスター』



(続く)

(注1)西銀河によく見られる鳥の一種。地球の雉によく似ており、そのメスのこと。ただし、その体長は雉よりも若干大きく、大柄なもので大体80cm程度。更に、今回アキピテルの女神が彼らに持たしてくれたのは、犠牲用と云うこともあって大奮発、まるまる太った1.2~1.3mほどのコケイセイであった。


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