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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十二話「勇気とプライド、それに恋する乙女の観察眼」
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その18


「さあ、まひろさま」不破友介は訊いた。祈り、詰め入るように、「――それから?」


 そう。そうして山岸まひろは想い出した。


「あっ」と、嬉しいような困ったような、どうせ信じてもいない運命に出合い頭にあたまをぶつけられてしまったような、そんな間の抜けた声と一緒に、「――終わっていない?」


 そう。以前にもお見せしたとおり、彼女の夢、未来の記憶というようなものは、世界が終わり、あらゆる宇宙が崩壊し、それでおしまい――というようなものではなかった。続きがあった。


「そうだよ、不破さん」彼女は言った。「そう。そうして、それから――」


 それから彼女はふたつのことを語った。崩壊した宇宙の涯てで見たひとりの少女と、決して現在になったことのない過去で見た風景、あの人の家へと続く長いながい迷路のことを。


「なるほど」悪魔が笑った。ゆっくりと立ち上がりながら、「これでようやく、折り返し地点ですな」と。


「え?」まひろは訊き返した。訊き返しそうになった。がしかし、


 ジリリリリリリッ。


 とここで突然、この家の電話は鳴った。誰にもずっと使われず、ずっと何処からも誰からも掛かってくることのなかった(ハズの)、あのリビングの電話が。


「さあ、まひろさま」悪魔が言った。「あの電話をお取り下さい」


「え?」まひろは訊き返した。「でも、家に掛かって来てるし、不破さんが出た方が――」


 そうして、

 ジリリリリリリリリッ。

 ジリリリリリリリリッ。


 と、そのベルはいつまでも鳴り続けていた。まるで「さっさと出ろよ、バカ野郎」とでも言いたげな様子で。


「いいえ」不破友介は言った。「こればかりは、私が出るわけには参りません」


「は?」山岸まひろは訊き返そうとした。がしかし、悪魔の、まさに有無を言わさぬような表情と雰囲気にソファから立ち上がると、そのまま電話の方を向いた。「でも、なんでそんなに?」


 そうして、

 ジリリリリリリリリッ。

 ジリリリリリリリリッ。


 と電話は鳴り続けていた。なんだか今度は、音のベクトルをまひろに集中させているようだった。そのため彼女は、


「はいはいはいはい」


 とすこし早足で、部屋の奥にある、黒の固定電話まで歩いて行くことになったし、たしかにそれは、八度目が九度目か、あるいは七度目のベルのときだったかも知れないが、


「はい、もしもし?」と彼女は受話器を取った。「山岸ですが?」


『樫山さまでいらっしゃいますね?』電話の向こうで誰かが言った。『※※※※からお電話がはいっております』


「え? いえ」まひろは応えた。「こちらは山岸咲子の自宅で――」


 カチャリ。


 突然電話は切られた。


 まひろは驚き、不破の方をふり返ろうとした。が、その、一瞬前、


 ドォオオンッ!!!


 空と天井のすき間のどこかで、ナニカとナニカ、とてつもなく重いものと、とてつもなく硬いもののはげしくぶつかり合うような音が聞こえた。そうして、


 ドッシーーーーーーン!!!


 と、彼女も会ったことのあるヒョロヒョロっとして、ナヨナヨっとしたひとりの青年が、リビングの床に叩き付けられて――来なかった。何故なら、


「ありがと、不破さん」とその青年が不破の両腕に抱きかかえられていたからである。しかも、お姫さま抱っこで。「おかげで腰を打たずにすんだよ」


「いや、なに」不破は答えた。彼を床に立たせながら、「まいど堕ちられたのでは、いつか床が抜けますからな」


 それから二人は、互いにニヤとほほ笑み合うと、まるで若いギャングがするように、ハンドシェイクをピシパシ決めて笑い出してはすこし長めのハグをしてから、ふたり同時にこちらを向いた。


「よーし、まひろくん」堕ちて来た青年――いつもの丸顔赤毛エイリアン――は言った。「いよいよ、修行の時間だよ」と。


 そうして――?


     *


 そう。そうして彼女は床に就いた。かなり早めに。床と言ってもベッドにもなるリビングソファーだったし、早めと言っても、この家の主は、「いくつか調べ物があるから」とまだまだ起きている様子だったが。


 リビングのライトを常夜灯にし、目を閉じようとしてマリサ・コスタは、家主の書斎から漏れ出る灯かりに常夜灯すらも消し、それから改めて目を閉じた。『ほら眠るわよ』と想う間もなく眠りに落ちた。しばらくすると小さな音がした。近くに家主――あの美貌の心療内科医――の気配を感じたが、そのまま、ぼんやりとした頭のまま、目は閉じたままにしておいた。彼女の指の先が頬をなでていったような気もしたが、それもまあ構わないか、と疲れた頭で想うままに彼女は、ふたたび、夢もない眠りへと落ちて行った。


 夜半、主の部屋の電気が落とされる音で目を覚ました。彼女の扉を縁取っていた光が消え、部屋の反対側のカーテンに街の灯かりがぼわと強調されていた。夜は混沌としたままそこにあった。すると、その闇の端っこに、切り取られた何かの光が、部屋の壁を浮かばせているのが分かった。彼女は、その光から目をそらすように寝返りを打つと、ソファの継ぎ目部分に顔を埋めようとし、そこに家主の、なにか果実のような匂いを嗅ぎ取ると、顔をしかめて向き直った。天井を見上げた。まぶたは閉じたまま。なんだか自分が、まっ黒い夜の、更にその冷え圧するものの一番下に押し込められているような気になった。夫や甥の名前を口にしそうになったが、それは必死に律した。より強くまぶたを閉じた。彼女が、彼女たちが、傷付けてしまった彼らの姿を細切れに想い出しながら、みたび、泥のような眠りへ、ゆるやかに堕ちて行った。一瞬、自身の身体が、光ったように想えた。


 ぴた、ひた、した。


 それから、しばらくが経って、彼女の眠りはしずかに目覚めて行った。泥の中から浮かび上がるように。紺と藍とが混ざり始めた闇のなかで、自身の睫とまつげが離れて来るのを感じるように。


 ぴた、ひた、した。


 水が漏れでもしているのだろうか、街はまだ、眠りの泥の中のようであった。彼女は起き上がり、家主が用意してくれた衣服を身に付けた。のどの渇きを覚え、音の出処を探すついでに、水を一杯もらおうと想った。家主を起こさぬよう、ゆっくり、しずかに、やわらかく歩いた。


 ぴた、ひた、した。


 が、しかし、音の出元は、風呂場や台所にはなかった。彼女は不思議に想ったが、それでも外から聞こえて来るようにも想えなかった。


 ぴた、ひた、した。


 改めて、注意深く、音の出て来る先を探した。水をもらうのを忘れていた。


 ぴた、ひた、した。


 それは家主の、あの女性の部屋から聞こえていた。


「※※先生?」彼女は言った。ほの青い闇の中から、「大丈夫ですか?」妙な言葉が口を突き、妙な胸騒ぎがそれに続いた。「失礼しま――」


 ぴた、ひた、した。

 ぴた、ひた、した。

 ぴた、ひた、した。


 開いた扉の向こうには、うつくしい女の裸があった。白く、大量の赤い血を滴らせながら、


 ぴた、ひた、した。

 ぴた、ひた、した。

 ぴた、ひた、した。


「※※先生?」マリサ・コスタは声を上げそうになり、そこで気付いた。床にいくつもの鏡の破片があることに。そうして、彼女の両手が血まみれであることに。そうして、それら無数の鏡の向こうで自分が、いや『彼女』が、一斉にこちらを見、彼女を嘲笑っていることに。



(続く)

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