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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十二話「勇気とプライド、それに恋する乙女の観察眼」
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その14


『ここは?』彼女は想った。『僕はまだ落ちているのだろうか?』と。『足がまだ震えているけれど』と。


 高い空からあお向けに倒れ続ける感覚。しかしその重力はとても弱いものに感じた。彼女は目を閉じていた。開くのが怖かったから。


 誰が見せているのかも分からない。無限に近い宇宙の無限に近い星々。それらの消滅を彼女は見せられていた。見せ続けられていた。


 あれらの星の何割ほどに生命が宿っていたのか? それも彼女には分からないが、それでも、信じられないほどの人々が消えていったのは確かだろう。


『みな、消えたのだろうか?』彼女は想った。『本当に? すべての星が?』と。『残った星は? 助かった生命は?』と。


 彼女は想い、それを知りたいと想った。目を開いた。しかし、目を開いても何も見えなかった。彼女の上には、無限に続く暗闇以外、何も存在しなかった。彼女は涙を流した。自分でも気付かぬうちに。しかしそれも、まるで玄と銀の粉雪のように、無限の底へと堕ち続けて行くだけだった。


『あれ?』彼女は想った。『向きが変わっている?』と。


 いつ反転したのだろうか、彼女のからだはうつ伏せの状態で堕ち続けていた。重力がすこし強くなったように感じた。彼女の涙はもちろん雪にはなっていなかったし、雪のように見えたそれらも、それはもちろん雪ではなかった。それらは――言葉の選択に困るが――人々の魂であり情報であり熱そのものであった。玄と銀にきらきら光る。彼らは消滅しかけていた。消滅しかけている彼らを光らせていたのは、遠い闇の先から届く微かな光だった。


『窓?』彼女は想った。『窓が開いている?』と。


 無限の宇宙は広く深く、しかしそれほどの怖さはなかった。それはどこかで見たことのある少女だった。


『よかった』彼女は想った。『無事だったんだ、ひ――』


     *


「あっ」


 とそうして、そんなこんななある日の午後、山岸まひろは、不意に、嬉しいような、困ったような、要は、信じてもいない運命のようなものに出合い頭にあたまをぶつけられてしまったような、そんな驚きの声をあげた。ちいさく。ささやくように。


「ここは?」


 そこは、神社の向かいの図書館の、帰りの道の風景で、長く曲がった迷路の先の、ふるいお家の垣根の庭の、華やぐような風景だった。


「でも、これって」


 それは、彼女の記憶にはない、だけれど絶対見たことのある、そんな小さな風景だった。彼女の好きなあの人との、忘れたくても忘れられない、そんな秋の景色であった。彼女は走り出していた。


「だったら」


 だったらきっと、この長いながい迷路の先には、彼女の待つあのお家があるは――、


     *


「はっ」


 とそうして彼女は目覚めた。ようやく。本当に。目の前には、無限に続く暗黒の代わりに、よく見知った天井が広がっていた。高く、とおく、庭からのつめたい風がリビングへと流れこみ、ほの甘い線香のかおりが彼女の鼻をくすぐった。彼女はソファに寝転んでいた。外は、雨の様子であった。そうして――、


「おや?」


 とそんな彼女にこの家の悪魔が気付いた。やっと。本当に。


「どうやらやっと、お目覚めのようですな」悪魔が言った。「心配しましたよ、まひろさま」


     *


「そこで彼らは船をあげ、犠牲となる羊をおろすと、河のながれに沿って歩き出しました。問題の魔女が教えてくれた場所へと向かうためです」


 それからしばらくの間、悪魔は喋っていた。喋り続けていた。よく分からない物語を、その赤い顔とよくまわる長い舌で。


「その地は霧と雲に包まれ、あの輝く太陽も、昇る時と落ちる時とを問わず、その地に住まう人間どもに光明の矢を注ぐことは絶えてなく、憐れな彼らの頭上には、ただただ呪わしい闇が拡がっているだけでした」


 いや、まあ、それでも、話の大筋くらいはなんとなく分かった。要は、長いながい旅に出た男が、故郷の土地を踏むまでの冒険譚である。


「目的の場所に着くと男は剣を抜いて穴を掘り、そこに先ほどの羊を捧げました。乳と蜜、酒と水と白い小麦粉とともに。すべての亡者の供養のために」


 ただ、そのお話は、とかく奇妙で、不思議な場所を行ったり来たり、黄色の果実にこころを奪われた人々の国に迷い込んだかと想えば、ひとつ目巨人に檻に閉じ込められ、美貌の魔女には動物に変えられそうになるし、その後は魔女を味方に付けて――何故だか今は冥界の入り口に立ち、亡者たちをおびき寄せようとしている。


「あれ?」ここで彼女は訊いた。「なんでその人、そんなところに行ったんだっけ?」


 彼女・山岸まひろは、寝ぐせの付いた頭のまま、ソファであぐらをかいていた。手には、悪魔が出したジャガイモスープ(冷製)、肩にはピンクのタオルケットが巻かれていた。


「盲目の『予言者』に会うためですな」悪魔は答えた。「そやつに今後の旅の行方を訊ね、指示を仰ごうというわけです」


 ちなみに。ここでわざわざ『予言者』とカッコ付きで言ったのは、彼が所属する世界観の『預言者』とはっきり区別するためである。が、まあ、そんな面倒には気付きもせず彼女は訊く。重ねて、


「そのひとも死んでるんだっけ?」と。この街の『預言者』のことが少し頭を過ぎった。「その、預言のひと?」


「もちろん」悪魔は答えた。「ここは冥王の館の前ですからな」とひき続き、自身の所属する世界観とは微妙にずれているなと想いつつ、「穴のまわりには、犠牲の血目当ての古今東西あらゆる亡者が集まっております」


「ふーん」続けて彼女は訊いた。ジャガイモスープをひと口すすって、「それで? それからどうなったの?」


 彼女が目を覚ましてすでに一時間以上が過ぎていたが、しかし、彼女がしたことと言えば、汗をふいて服を着替えた以外では、ここに座って男の話を聞くことくらいだった。


 がそれは、寝過ぎで身体がまだまだ本調子ではなかったせいでもあるし、寝ている間に見た夢の情報量が多過ぎてその処理に脳のリソースを割かれていたからでもあった。が、まあ、それに、あとはただただ、この悪魔のおとぎ話・むかし話を聞くのが久しぶりで、なんだか少し楽しかったからでもある。


 そう。どうやらこの花盛りの家の居候・不破友介は、まひろが生まれた時にはすでにこの家の居候だったし、兄・富士夫が三才のころにもすでに居候だったようで、この家の子どもたちは皆、その子供時代に、この居候が語るむかし話・おとぎ話をよく聞かされていたわけである。方舟から逃げ出したユニコーンを追いかけたり、戦場で天使に間違えられたり、かと想えば、宇宙を再起動した王さまのお話や、楽園を逐われた夫婦が大草原に小さな家を築くまでの苦労話とか、まあ、そんなでたらめ話を、それでもまるで本当に経験、あるいは、本当にその人たちから聞いて来たかのような身振り口振りで。そうしてそのため、彼のするおとぎ話は、その真偽のほどがどうかとか、教育的価値がこうだとか、はたまた、そもそも面白いのか面白くないのかとかすらも関係なく、彼ら山岸の家の子どもたちを安心――というと言葉がちがうが――立ち止まらせる効果があった、のかも知れない。彼の話、ある男の冥界譚は続いていた。


「こうして、老いた男は予言を終えると冥王の館へと戻って行きました。しかしそれでも男――予言を聞きに来た彼――は、用件が済んだにも関わらず、その場に留まり続けました。と言うのも、先ほど見かけた彼の母、亡者の群れに紛れて見えたあの彼女――その霊が、犠牲の血を飲みに来ぬかと待っていたわけです」


 長い旅へと出ていた彼は、その母が亡くなったことを知らず、この冥府の地でその死を知ったわけである。それも、彼女の亡霊と出会うと云うかたちで。


「母親は訊きます。『せがれよ、どうして未だ命ある身ながら、この暗鬱な闇の世界へと降りて来たのだ?』と。男は答えます。『何故なら――』とこれまでの旅の顛末を。そうして、故郷に残して来た父と、彼の妻子の安否について訊ねます」


 すると母の霊は、彼らが辛い日々を送っていること、男の帰りを待っていることを伝え、男はそれに応えるよう約束する。そうして今度は、母に、彼女自身はどのような死に様だったのか、苦しんだのか、苦しんでなかったのかを男は訊く。


「すると老母は答えて言います。『わたしの命を奪ったのは他でもないお前じゃ』と。『その名も高きオデュッセウス。そなたの明知、孝心を偲びつつも、いつまでも帰って来ぬそなたを待ち侘びるそのこころ、その辛い気持ちが私を弱らせ死の床へと導いたのじゃ』と」


 この言葉に男は、愛しき母をその手に抱きたいと想い、願い、逸るこころのそのままに、みたびと母に駆け寄ったが――、


「そのみたびとも、母はなにかの影か夢にも似て、男の手をふわりと通り抜けてしまいました。男の胸はますます痛みに…………おや?」とここで不破、話を止めると、「どうかされましたか? まひろさま?」


 なぜならソファの上の彼女が、ジャガイモスープを手にしたまま、おろおろと泣き出していたからである。


 そうして――?



(続く)

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