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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十二話「勇気とプライド、それに恋する乙女の観察眼」
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その13


 雨が降り出したのは、バーガーショップを出てしばらく経ってからだった。祝部さん。ひかりさん。ひかりちゃん。いきなり「ちゃん」付けもよくないかとは想ったが、彼女はそれが一番落ち着くと言ったし、自分もそれが一番呼びやすいと想ったので、彼は彼女を、結局そう呼ぶことにした。


「待って、待って、ひかりちゃん」彼は言った。カバンの奥に手を入れながら、「傘ならあるから、ちょっと待ってよ」


 それは、一人用だけど少し大きめの折り畳み傘だった。清水くん。清水さん。朱央くん。朱央ちゃん? 朱央? いきなり呼び捨てもどうかとは想ったけれど、彼はそれが一番しっくり来ると言ったし、自分もそう呼ぶたびに、どこか心が落ち着く、温かくなるような感じがしたので、彼女は彼を、結局そう呼ぶことにした。


「だめよ、朱央、濡れちゃってるじゃない」彼女は言った。彼が傘から肩ごとはみ出していたからである。「もっとこっち。ちゃんと寄って」


 そこで彼女は、彼の袖をつかもうとしたのだが、そこでハッとなって、その手をサッと引っ込めた。あまりになれなれしい自分の態度におどろき、と同時に、あまりに自然に動いた自分の身体に、彼女自身がおどろいたからである。


「ご、ごめんなさい」彼女は続けた。寄せてた身体をすこし離して、「つ、つい、からだが動いちゃって」


「あ、いや」彼は答えた。「僕こそごめん」半歩彼女に身体を寄せて、「心配してくれてありがとう」


 すると――?


「なんだい、ありゃ?」と、どこかのビルの屋上で赤毛丸顔エイリアンがつぶやいた。「さっさとチューでもして下さいよ」と年季の入ったオペラグラスで彼らを見ながら、「まったく奥手なんだから、司祭さまは」


 このとき彼は、傘を差してもいなければレインコートのようなものも羽織ってはいなかったが、しかしそれでも、彼の半径2mには薄くて透明なフォースフィールドがしっかりぴっちり張られていて、それが彼を雨から守り身体を濡らすことはなかった。彼は続けた。なんだか焦った様子で、


「でも、はやくして頂かないと時間と空間と確率のタイミングが――」


 とかなんとか、どうやら、清水朱央と祝部ひかりのキスなりハグなりなんなりを待っているようなのだが――あのね、ミスター。そこまでしなくても大丈夫だよ、実際。


「そうなの?」彼は訊き返した。語りかけたのが作者だとも気付かずに、「しかし、この惑星の人類種は遅れているから、互いの魂を共鳴させるには色々と原始的肉体接触が必――」


 誰から聞いたんだよ、そんな話。


「誰からって、様々な先行研究で――」


 ってだから、実際問題、そんなことしなくても、そんなのとっくに共鳴してるじゃないか、あのふたりは。


「そうかい? 僕にはどうもそんな風には――」


 いいから、いいから、時間と空間と確率は?


「え? ああ、そうそう、そうだったな」とミスター。ようやく腕の時計を確かめようとして、「えーっと? あれ?」それより早く彼は気付いた。「タイミングぴったり――『窓』だ」


 そう。このとき丁度、土砂降りの雨の中、傘の下、境界線の上、手をつなぎ合う二人のところに、輝く『窓』は現われたのである。


「流石は司祭さま」エイリアンが言った。「これで記憶を想い出すことが出来ますね」と。


     *


 さて。


 この物語の最初の最初の最初の方でも赤毛エイリアンが言っていたとおり、『窓』は本来、閉じられたままである。(注1)


 であるが最近――具体的にはこの物語の一年ほど前――この『窓』のカギがゆるめられ、また、「あれ? ひょっとしてここって開くの?」と『窓』本人、あるいは窓の中で行き先に困っている人たちに気付かせる事件が起きた。


 そのため、そのゆるめられたり、自らゆるめたりした『窓』のすき間を、その『窓の中で行き先に困っている人』――って、こう書くとやたら長いので、以下『彷徨える魂』と書くが――が通るという事態が起き始めた。それも結構頻繁に。


 そうしてこの、『彷徨える魂』が『窓』を通ることで起きる不具合というのは、前にも少し書いたし、今後も折に触れて書くことになるので、ここでは割愛させて頂くが、ここで大事なのは、


 ①:それぞれの宇宙は本来『独立系』で、

 ②:『窓』とはそもそも、その宇宙と宇宙の間にある裂け目・切れ目を塞いでおくためのものであり、

 ③:その『窓』が正常に機能している限り、ある宇宙の熱や情報が、また別の宇宙に行ったり、あるいは戻って来たりすることはない。


 という点であり、これは言い換えれば、『窓』を通った『彷徨える魂』たちは、その別の宇宙の熱や情報――記憶と言ってもいいが――をいまだ確保しているか、あるいはその『記憶溜まり』のようなものへのアクセスが可能である――ということでもある。


 と、ここまではよろしいだろうか?


 よろしければここで、ある一組の男女、『この宇宙』での記憶を消された――正確にはアクセスする機能を封じられた――男女を想い出して欲しい。彼らもまた、これまで折りに触れて書いて来たとおり、この『窓』を通った『彷徨える魂』であった。彼女の方は、無念を抱えたまま自死したバラ色の少女であり、彼の方は、そんな彼女に好意を寄せ、また救えなかったという罪の意識に苛まれ続けた老齢の司祭である。


 そうして、彼らの記憶を消した(アクセス機能を封じた)能力者、深山千島は気付いていなかった、というか理解していなかったのだが、彼女が消すことが出来る(アクセス機能を封じることが出来る)記憶は、あくまで『この宇宙』の記憶である。何故なら彼女の能力は、あくまで対象者の脳――それは当然、『この宇宙』の脳であるが――に働きかけるものであり、記憶そのもの、ましてや転生前の彼らの記憶にまで働きかけるものではなかったからである。


 と、ここまでもよろしいだろうか?


 よろしければ、ここで改めて、先ほどのシーン――土砂降りの雨の中、傘を差すひかりと朱央のところに輝く『窓』が現われたシーン――を読み返して頂きたい。


 そうそうそう。


 念のためくり返しておくが、深山千島が手を加えた彼らの脳の部位は、あくまで、『この宇宙』の、しかも互いに関する記憶のところだけであり、その他の記憶に関わるところ――そこにはもちろん、『別の宇宙』の記憶に関する部分も含まれているが――には手を加えていない、と言うか出来ない。と言うか、もっと言えば、『記憶』というのは、これらも所詮は『情報=熱』なので、(宇宙が閉鎖系、あるいはそれに近いふるまいを取り続ける以上)かたちは変化しても消滅することはないのである――とは、これも前に少し書いたとおり。


 つまり。先ほど、例の赤毛エイリアンが言った、「これで記憶を想い出すことが出来ますね」とは、


 ①:祝部ひかりと清水朱央の脳にある『別の宇宙』に関する部位を活性化、前世の記憶を想い出させ、

 ②:その記憶から現在の彼らへと繋がる記憶をたぐり寄せ掻き集めることで、

 ③:深山千島が制限をかけた脳の部位をも再起動させる。


 みたいなことを言っていたわけだが、


「これを個別にやるのはあまりに負担が大きく危険なので」


 前世からの因縁が強く、さらに互いを想い出したがっているふたりを近付け、更に、


「『窓』を呼び出しやすい時間と空間と確率で彼らの想いを最高潮にさせることで」


 前世の記憶と現在の彼らの意識をより負担なく、より繋がりやすくしてみた、と。


「まあ、若い二人のチューが見たいっていうのもあったんだけど――」


 だから、そこまでしなくても想いは繋がるって、ミスター。


「ふーん。ま、君たちらしいと言えば、君たち地球人らしいな」


 と、言うことで。


 彼らふたり、祝部ひかりと清水朱央は、一度消された『この宇宙』の記憶を取り戻したばかりか、『前の宇宙』の記憶も、夢ではなく記憶として、想い出すチャンスを得たことになる――わけだけれど、それはさておき、話は少し変わってしまって、この現象は、あるひとりの女性にも、ある記憶を想い出させることになってしまう。どこかのバカに抜き出され、どこかの変な容器に入れられているはずの、ある記憶を。そのバカの予想に反して。


 そう。このバカとはもちろん、たったいま、見事な作戦で若いふたりの記憶を取り戻すことに成功した赤毛エイリアンであるし、どうして私が彼のことをバカと言ったかといえば、相も変わらずこのバカが、愛する者同士の想いの強さみたいなものを軽くみていたからであるし、その見積もりの甘さのせいで、またまた話は面倒になりそうだったからである――書くのは私なのに。


 そう。つまり、ここでいう『ひとりの女性』とは、依然、あの花盛りの家で眠り続けているあの女性、山岸まひろのことである。



(続く)

(注1)第一話「さようなら、いままで魚をありがとう」(その1)を確認のこと。

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