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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十二話「勇気とプライド、それに恋する乙女の観察眼」
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その12


 応接用のテーブルに地図が広げられ、それを四人で取り囲む。ここはひき続き、石橋伊礼行政書士事務所。地図を囲んだ四人とは、伊礼以下、山岸富士夫、佐倉八千代、木花エマの四人である。伊礼が言った。


「たしかに。どうにもよく分かりませんね」と、新たな×印を地図に加えながら、「なにか法則性でもないのかと想いましたが、木花さんの言われるとおり、まったくのランダムというか、行き当たりばったりというか――」


 この×印には赤と青の二種類があり、赤が例の『ジャンプ』でエマが飛ばされた(と想われる)場所で、青は同じく富士夫が飛ばされた(と想われる)場所である。それぞれ十数ヶ所、どちらも練馬区とその周辺エリアに脈絡なく飛ばされては、また別の場所へ脈絡なく飛ばされるをくり返しているように見えた。伊礼が訊いた。


「滞在時間はどうでしたか?」


「それもまったくバラバラでしたね」エマが答えた。「着いたと想ったら次に行ったり、しばらく経って終わったのかと想ってたらまた飛ばされたり」


 だからいまでも、また急に飛ばされてしまうのでは? と想ってしまうことがあるのだと言う。


「私は記憶が曖昧で」とこちらは富士夫。「なにぶん酔っていましたし」エマの方を一瞥し、「フライパンで気絶させられたりもしましたからね」と少々皮肉を込めながら、「まさか現実だとはね」


「でーすーかーらー」とエマ。「それはさっきあやまったじゃないですかー」と敢えて富士夫の方は見ずに、「ってか、全裸のおじさんが落っこちて来て冷静に対処出来る方がおかしいでしょうに」


 あのジャンプ中、富士夫は最初、自分が全裸であることに気付いておらず、八千代に指摘されて初めて、そのことに気付いた――と言うのは、あそこで書いた通りであるが、


「だから余計に、夢か何かだと想っていたんですよ」と富士夫。伊礼に向かって弁解気味に、「起きた時も服を着ていませんでしたしね」


「うぇ」とエマ。ついつい反射的に、「気持ちわるい」


「あー、ちがう、ちがう」と富士夫。ほんと若い女はやりにくい。「いつもはちゃんと寝巻きを着てるさ。ただ、あの日は酔い潰れて、それであちらの方が服を脱がしてベッドに置いてくれた――ってそう言われて、それを信じたってことだ」


 オデコの傷も、酔っ払って机にぶつけたと言われて信じたし、そういうこともあって、余計に夢か何かだと想い込めたのだ、と。すると、


「うん?」とここで伊礼。見ていた地図から顔を上げ、「“あちらの方”?」富士夫に訊いた。「おひとりだったのでは?」


 あまりの話の取っ散らかりぶりに訊き忘れていたが、そもそもどうしてあのホテルに? 自宅からそれほど離れていないのに?


「あ、」と富士夫。しまったという顔で、必死で頭を回転させて、「お客さまを待っていたんですがキャンセルされましてね」と、マリサのことには触れないように、「酔ってもいましたし、ぜひ泊まって行ってくれと言われ、そのまま」


 と、こう答えたのだが、どうやらこれは、答えをあせりすぎたようである。続けて伊礼が訊いた。


「と言うことは、あのホテルの方ですか?」と。「『泊まって行ってくれ』ということは?」


「あ、」と再び富士夫。更にしまったという顔をしたのだが、ここで更に言い訳を考えるのも逆に面倒になると考えたのか、「天台さんですよ」そう正直に答えることにした。「天台グループの天台烏山。あそこのホテルも彼の持ち物だそうで、あの日は彼と、会食の予定だったんです」


     *


「え?」とヤスコは訊き返した。「すみません、祝部さん?」どうやら何かを聞き間違えたようだ。「小紫さん? が、どうされたですって?」


「すみません、樫山先生」優太は答えた。「いま、言ったとおりです」と、それからひと呼吸置いて、「かおるは殺されました。先生のお父さまを殺したのと同じ、灰原という男に」


 ここは、いつもの樫山家リビング。


「いえ、お話はこちらで」と玄関先で用件を済ませようとした優太を家に上げたのはヤスコであった。それはなにか、嫌な予感のようなものがしたためでもあったし、目の前に立つ男の様子が明らかに憔悴し今にでも倒れる、あるいは暴走し始めるようにも見えたからであった。「よければ、なにか冷たいものでも」と、彼女は彼を気遣ったのである。


 が、しかし、結果として、いまの話を、リビングのソファに座って聞けたのは、ヤスコにとっても幸運であった。なぜなら、いまの話を玄関先で、立って聞いていたとしたなら、彼女はその場で気を失い倒れていただろうから。


 そう。それほどまでに優太の言葉には真実味があっ――あ、いや、ちがうな――そう。何故ならそれは、今朝がた会ったかおるの言葉、彼の能力で忘れるよう言われたその言葉や彼の表情、彼が彼女にしたことを、彼女の身体が憶えていたからである。頭では忘れていても、それが、その紫色の空白のようなものが、彼の死を彼女に、深くふかく、納得させたからである。


「あいつは実は」優太は続けた。出されたアイスティーをひと口飲み、正直に、ヤスコがこちらの話を拒絶しないラインを慎重に見極めながら、彼と優太の関係、彼らの仕事、彼がヤスコの父親との関係でウソを吐いていたこと、そんなこんなを、あれこれと。


 が、しかし、そんな彼の告白もヤスコには届いていなかった。まったく。何故なら彼女は、こころの整理に忙しく、喉がつまり、胸が苦しく、足の感覚も消えかけていたから。無意識のまま、右手で下唇をさわった。その箇所が一番、つよく彼をおぼえていたから。


「樫山先生?」優太が訊いた。「大丈夫ですか?」


「え、ええ、すみません」ヤスコは答えた。どうにか正気を保ちつつ、「あまりに突然のことでしたので、つい――」


 彼女の様子に優太は、腕を組み、左のまぶたを押さえ、しばらく黙って、何事かを考えていた。


 ゴロゴロゴロゴロゴロ。


 どこかで、予測もしていなかった、夕立の始まる音がした。すると優太は、この音に意を決したのだろう、水滴だらけのグラスを取り上げると、中のアイスティーをひと息に飲み干した。「実は」と話を続けた。


「実は、もうひとりの部下とも話したのですが」と、あいつの死や想いを利用することになるな、そう想いつつ、それでも、「あいつ、かおるは最近、先生の話をよくしていたんですよ」と。「それこそ、一日に、何度も何度も何度も」と。


 ヤスコがこちらを向いた。まるでそのことをすでに知っていたかのように。そうして、それに気付かないようにしていたことに。まさにいま、それに気付いたかのように。優太がほほ笑んだ。


「好きだったようですな、あいつ」と。彼の死や想いを利用する自分を罰するように、「先生のことを。どうやら、本気で」



(続く)

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