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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十二話「勇気とプライド、それに恋する乙女の観察眼」
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その10


 画面の右端が一瞬ひかった。


 と想ったらすぐに消え、小柄な青年がひとり落ちて来た。


 場所は、改装工事中のビルの一室で、下にはバラした段ボールや清掃用のウェスなんかが重ねられていた。


 そのため、青年にケガなどはなかったが、代わりに彼は、とても驚きうろたえていた。きょろきょろきょろきょろ辺りを見回し、どうやら人はいないようだ。


 そうこうするうち青年は、出口に気付いたのだろうか、よろよろよろと立ち上がると、そのよろよろとした足取りのまま、画面の左下へと消えて行った――とここで、


「すみません。早送りしますね」と右京海都は言った。マウスをクリック、パソコン内の時間を早回し、「段ボールのあたりをよく見ていて下さい」


 とそこに、その段ボールやウェスの山の中から、小さな、しろい煙がのぼり始めた。


「あ、ほら」と続けて右京。煙に続いて朱い火が、こちらも山の中から起こり始めているのを指し示し、「……って、ちょっと行き過ぎたかな、もどしますね」


 ここは、石神井東警察署のいつものコーヒースペース――ではなく、


「まったく。右京さんからも署長によく言って下さいよ」


 との交通課女子職員(複数)からのお声を真摯に受け止めた彼が署長(=小張千秋)を説得、彼女の署長室で、ある建物火災についての報告というか相談をしているところであった。


「とは言ってもボヤですが」と右京。画面の時間を戻しつつ、「火が出てすぐにスプリンクラーが作動、ケガ人もなければ、損失も段ボールが焼けたのと、その下の床がすこし焦げたくらいですが――」


「あ、止めてください」とここで小張。時間をストップ。パソコン画面をのぞき込み、「戸柱……恵祐さん? ……ですよね?」


 本日の都内行き(祝部優太への聴き取り)に右京海都が同行しなかった理由。それは、こちらの火災現場に回されていたからなのだが、


「僕も録画を見てびっくりしまして」と彼も言うとおり、まさかそこに、行方不明中の戸柱恵祐の姿が出て来るとは、誰も想っていなかったのである。「火元の特定は、ひき続き消防の方で行なっていますが――」


「これだと戸柱が放火したようにも見えるな」とここで左武。「――どう想います? 署長?」


 一応補足しておくと、戸柱恵祐とは、末期のガンであった自身の母親をその能力で焼き殺し、石神井東警察署へ出頭、取り調べを受けていたが、その最中に例の事象――佐倉八千代による時間的意識的ブランク――が発生、その間に何処かへと消えた、あの気の弱そうな青年のことである。であるが、


「うーーーーーーーーーん?」と小張はうなった。右京からマウスを奪うと、「消防のひとは悩むでしょうね」そう続けながら画面の時間を行ったり来たり、「戸柱さんの報告書にも能力に関する部分は書かずにおきましたし――」


 と特に、彼が落ちて来て段ボールに煙が上がるまでのシーンをくり返し見ていたのだが、


「多分に、無意識?」そうつぶやくとふたたび、「うーーーーーーーーーーーー――――――――――ん?」とうなって腕を組み、天井を見上げて――ひょっとして、


「ひょっとして、かーなーり、“ちから”が暴走しちゃってる?」


     *


 そうして、それからふたりは、小さな、がたつくテーブルに着いた。前の客のトレイが残ったままになっていて、コーラの下の紙マットはびしょ濡れになっていた。紫色のゆるキャラも、なんだか泣いているように見えた。


「大丈夫?」清水朱央は訊いた。前の客のトレイを片付けてから。


「大丈夫」ひかりは答えた。おなかの上の黒いナニカはまだ残っていたけれど、それでも必死で、「……です」と付け加えた。


 朱央はひかりにオレンジジュースを注文し、自分にはアイスコーヒーを頼んだ。それからポテトのLをひとつ。理由は分からない。ひょっとすると、身体のどこかが前にもこの席にふたりで座ったことを憶えていたのかも知れない。もちろん、あの頃のように彼女がそれに手を伸ばすかは分からなかったけれど。


「あー、その」朱央が続けた。壁の時計をちょっと見て、「どこから話す? 話せる?」


 ここに入ろうと言ったのは彼だった。何故ならひかりが泣いていたから。あ、いや、もちろん泣かせたのは彼ではなかったけれど。少なくとも、直接的には。


 彼女は、彼が追い付いたときにはすでに泣いていた。道のはしっこに座り込んで。どうして泣いているのか分からない子どもみたいに。ただ、声はあげてはいなかったけれど。


 それから彼らは――え? リンゴの女の子はどうしたかって? ああ、そうそう、そこを書き忘れていた。


 そう。


 彼にひかりを追いかけるよう言ったのは彼女だった。なぜなら彼女は恋をしていたから。ずっと遠くから彼を観察していたから、「ああ、あの子が例の恋人ね」とすぐに理解出来たから。彼らは互いに、見知らぬ他人のような顔をしていたけれど――恋する乙女をあんまり舐めないで欲しいわよね。


「清水くん」彼女は言った。あきれ果てた顔で、「彼女、泣いてたわよ?」と。「さっさと追い掛けてあげなさい」と。


 そう。


 そのため彼は追い付けた。何に? 時間に? 運命に?


 そう。


 リンゴの女の子の勇気とプライド、それに恋する乙女の観察眼がなければ、やっぱり世界は消えていたのかも知れなかった。そうして、


「名前――」ようやく彼は切り出した。改めて。ひかりの顔を見つめながら、「名前だけでも教えてくれないかな?」


     *


 リストに新たな二重線が加えられた。赤色のペンで。そうしてその横に、これまた同じ赤ペンで「?」のマークも書き加えられた。樫山ヤスコは、ペンにキャップをすると机の上に転がし、それから腕を組んで首を傾げた。彼女のリスト調査は、また新たな難しさに直面していた。


 というのも、これまでは、連絡を取っても無視をされたりバカにされたり、果ては怒り出す人もいて調査自体が始まらない……という難しさだけだったのが、第十一話でご紹介したある事例――小学校からの帰り道、何者かに襲われ命を落としたある男の子の物語――を受けてから彼女は、彼らに連絡を取る前に、先ずはその名前と住所から、彼らの訃報や死亡記事、事件情報等がネットや新聞に上がっていないかを確認するようにしたからである。


 そうして、そうすることによって彼女は、これまで無視されているだけだと想っていた人たちを含め、リストの中の相当数の人たちが、ここ半年ほどの間に、亡くなっていることが分かったからである。しかも、その多くが、死因を公表されぬまま。


「うーーーーーーーーーん?」と彼女は、更に強く腕を組み、首は傾けたまま、今度はギュッと目をつむった。「うーーーーーーーーーーーーーーん?」と。あまりにその死亡者の割合が多過ぎたからである。「こんなことってあり得るの?」と。


 死因が書かれていないケースが多いので何とも言えないが、死因が書かれているケースも『事故死』や『突然死』ばかりだったし、また、そこに先述した男の子のケースも合わせて考えると、「まさかとは想うけど……」と貧相なヤスコの物書き脳でも次のような考えが浮かぶのは致し方なかった。


「まさかとは想うけど、このリストをもとに人を殺してるやつがいる?」


 と、ここまでこのお話を読まれて来た読者の皆さまからしてみれば、彼女の到達したこの結論が、大変的を射ていることは、先刻ご承知のこととは想うが、それでも、その辺の事情を全く知らないヤスコにしてみればこれは、にわかには信じられない結論であり、


「いやいやいやいや」そう苦笑しては首を振り、「まっさか、テレビやマンガの見過ぎよね」


 と、その結論を否定しようとしたのだが、ここで――、


 ピンポーーーンッ。


 とこの家のベルを鳴らすものがおり、彼女のこの結論は、『保留』のマークを付けたまま、彼女の頭の片すみに仕舞われることになったし、そうして、このあと彼女が報される内容は、更に彼女を混乱させることにもなった。


「はーい。どちら様ですかー?」ヤスコは訊いた。インターホン越しに。


『あ、あの、すみません』相手は応えた。『樫山ヤスコ様はご在宅でしょうか?』どこかで聞いたような声だった。


「ヤスコは私ですが、すみません、どちら様でしょうか?」


『あ、はい、失礼致しました』相手は応えた。『私、祝部優太と申すものですが……』と、どこか憔悴した様子で、『実は私の、私の部下の小紫かおるの件で、ヤスコさまにお伝えしなければならないことが……』



(続く)

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