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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十二話「勇気とプライド、それに恋する乙女の観察眼」
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その7


 肋骨が痛むのを気取られないようゆっくりと話した。男と適度に距離を取り、甥のアーサーには奥の部屋に入っているよう伝えた。顔も覗かせるんじゃないぞ、と。男と彼は初対面だったが、あの天台の部下だということ以上に、一瞬堅気にも見えるその風貌から彼、ペトロ・コスタが一番苦手なタイプの男だということがすぐに分かったからである。


「ああ、どうぞ、お気遣いはなしで」男・金平瑞人は言った。玄関扉が閉まり切る直前に、「今日はただのご挨拶で」と、ペトロにではなく扉の向こう、誰もいないはずのマンションの廊下に向かって、「それが終われば、すぐにお暇しますので、ご挨拶も、ここで、こちらの玄関で」――パタン。


「縁は切れたと聞いたぞ」ペトロは訊ねた。扉が閉まるのを待ってから、「いったい何の用だ?」


「縁は切れてはいませんよ」男は答えた。「借金は帳消しになったそうですが、貸し借りは消えてはいませんからね」


「うん?」とペトロ。半歩ほど左に移動し、男の顔や身体を観察する。「ちょっと待ちな」


 金平は細身で、背が高く、年もそこそこいっていて、古い傷をいくつも持っていそうな立ち方をしていた。動きやパワーだけならペトロの敵ではないだろう。金平が言った。


「ええ、はい、もちろん」ペトロの言葉を遮るように、「消えたウチの連中」とこちらも位置を変えながら、「私も天台も、別にペトロさんのせいだなんて想っちゃいませんよ――今日、奥さまは?」


 ここで彼が言った『ウチの連中』とは、ペトロを探していた天台の部下のうち、実際に彼を追っていた男性数名と、彼が街から消えた後、金平と一緒にマリサに絡んで来た猫背の男、それにそいつが集めたチンピラ二人のことである。ペトロが答えた。


「ちょっと、出かけてるよ」玄関に脱ぎ捨てられた彼女のシューズが目にはいった。「食料とか、その、買い物に」


「ふむ」金平は言った。もちろんシューズの件には気付いていたが、「ま、先ほども言いましたとおり」そこには気付かぬフリをして、「今日はただただ、ペトロさんへのご挨拶に伺ったまででして」続けて名刺入れを取り出した。「――お店はいつから?」


「まだ、決めてない」ペトロは応えた。


「そうですか、それは残念」金平も応えた。ペトロに名刺を渡しつつ、「再開されるときは是非ご一報ください。家内と一緒に食べに行きますので」


「奥さまが?」


「食い道楽で困っています。そちらのお店も名前は知っていたようで――」


 もちろん金平には妻もなければ子どももいなかった。そうしてそのことはペトロにも何となく察せられたけれど、それは互いに誤魔化すことにした。微笑みと社交辞令で。そうして、


「あ、すみません。ついつい長話を」と三分ほど無駄話が続いたところで金平が言った。なにかあればその名刺まで連絡を入れて欲しいこと、自分も天台もお店がはやく再開するよう願っていること――それから、


「それから天台は、今回の件で一層あなた方ご家族に興味を持たれたそうで」もしよろしければ、金銭面ほか様々な形でサポートしますので、「なにか悩みや相談がある時は」いつでも私の名刺までご連絡を。「例えば、奥さまの居場所とか」――パタン。


 とそうして突然、金平は帰って行き、ペトロはひとり取り残されるかたちになった――まさか?


「まさか、あいつの行き先を知っているのか?」


     *


 マリサ・コスタの話を聞きながら彼女は、冷たい水と黄色いバラの花びらが入ったキャンディーを想い出していた。


『あれはいつ、どこで貰ったものだったかしら?』


 それは息子を授かる前、仕事と観光で訪れた地中海の島のひとつ、そこにある女子修道院でご馳走になったものだった。彼女の恩師のひとりと一緒に。


『ああ、そうそう、そうだったわね』


 彼女の恩師はその地方の出身で、とても優秀な精神科医であったが、それと同時に、その土地に伝わる医学的迷信も現代医学同様に信じていた。


「なら連れて行ってあげるわよ」恩師は言った。「先ずは子宮を買ってからだけど」


「え?」彼女は訊き返した。「どこに? なにを?」


 恩師曰く、その土地の人々は、身体に悪いところが見付かると、患部と同じ錫製のミニチュアを買って身に付けるのだという。この日彼女は、恩師に彼女の不妊傾向を相談したのであった。


「でも、これだけじゃ弱いわね」うすい錫板で出来た子宮を彼女に渡しながら恩師は言った。「※※修道院の院長さまに相談しましょう」


 そうしてこれが、先ほど彼女が想い出した、冷たい水とバラキャンディーの修道院であった。こちらも恩師曰く、そこの院長は驚くべき『ギフト』の持ち主で、彼女がその子宮に祝福を与えてくれたらば早晩、彼女の願い――元気な男の赤ん坊――は叶うだろうということだった。


「すみませんね、うるさかったでしょう?」と彼らに会うなり問題の院長は言った。「みんな、お客さまに慣れていないのです」


 と言うのも、うだるような八月の暑さと、いつかの楽園へと続くような長い石段を上り切った彼らを待っていたのは、その院の修道女たちで、彼らはふたりを取り囲むと、ひそひそひそひそ、くすくすくすくす、中にはペンのようなものでクックックックと彼らを突っつく者すらいたからである。


「どうかお許し頂ければ」院長は頭を下げると、こちらが返事を言う前に、「それで? 今日のお願いは?」と続けてゆっくり頭を上げた。アルミフレームの眼鏡とするする伸びたその長い鼻に彼女は、「まるでアニメの魔女みたいね」と想い、こころを和ませほほ笑んでから、「実は」とことの次第を説明した。彼女の妊娠が判明するのは、年が明けた二月のことである。そうして、


「でもね」とそうして、ここで彼女は意識を戻す。「でもね、コスタさん」と。冷たい水と黄色いバラを忘れながら、「お姉さまのことはあなたも――」と。がしかし、


「それは分かっています」とマリサは応えた。彼女の言葉を遮りながら、「でも実際、おかげでこんなことに」


 彼女の顔には大きなアザが出来ていた。それは、彼女の言葉を信じるならば、彼女の夫が、『彼女の姉』をなぐった時に出来たアザだと言う。しかも、その姉は姉で、彼女の夫を殴り倒し蹴り倒し、あばら骨にはヒビまで入れて、更には彼女の甥っ子すら傷付けてしまったのだと。


「怖いんです、先生。また彼女が現われるのが、またふたりを傷付けるのが」


 彼女たちはいま、昼の休みを利用してこの会話を行なっていた。午前の予約はすべて埋まっていたからだし、あと一時間もすれば、午後の患者が訪れるからだった。と言うかそもそも、予約を入れていない、一度ここを離れているマリサの話を聴いてやる責任がどれほど彼女にあるのかよく分からないが、しかし、それでも彼女はこう言った。腕の時計を気にしながら、


「午後も予約が一杯なの」と。他の医師や警察へ向かうよう促す方がよかったのだろうが、それでも、「だけど、終わるまで待っていてくれたら、続きは聴きますよ」と。


 医師として、悪い意味での興味もあったし、ひとりの女性として、彼女の美しさに惹かれるところもあったからだが、それよりも、このとき彼女が、何故だかあの、修道院長のしわがれた手と声を想い出してしまったからでもあった。



(続く)

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