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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十二話「勇気とプライド、それに恋する乙女の観察眼」
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その6


 祝部優太への二回目の事情聴取は想いのほか簡単に迎え入れられた。昨日の今日だし、平日昼間に先方のオフィスへ突然押しかけた格好だったが、そもそもそこにいるかどうかも不明だったので、断られるか数十分あるいは数時間待たされるかもと踏んではいたのだが――、


「なんか……普通ですね」左武が言った。通された部屋の中を眺めながら。


 そこはきっと彼らの会議室なのだろう。オフホワイトの壁はいくつか日に焼けてはいたが、絵やポスターなどが掛けられることもなく、出口横のホワイトボードには、前の会議の記録がうっすら残っていた。隅に置かれた観葉植物は窮屈そうに葉を広げていた。


「普通……ですかね?」小張が応えた。こちらはこちらで、そこから見える窓の景色を眺めながら。


 が、まあ、とは言ってもこちらも、路地をはさんだ反対側のビルが見えるだけの、殺風景な風景だったけれど。あちらのビルの窓は、全てカーテンなりブラインドなりが下ろされていた。


「建物も普通のビルですしね」左武が続けた。


「ですね」小張が答えた。


「受付けもロビーも、まあ、普通の会社みたいでしたし」


「ですね」


「とおって来るときオフィスも見ましたが、まあ、よくある会社? 商社? みたいな感じでしたが――」


「そう……ですね」


「ふむ」左武がうなった。「場所がちがう?」


「そう……」小張が応えた。「なんですかね?」


 小張千秋は、前回登場時、先名かすみを殺害した犯人、高校の裏庭に奇妙な痕跡を残して消えたその容疑者について、はっきりとした理由は未だ不明だが、祝部優太あるいはその関係者が裏庭から運び出して保護、あるいは監禁しているのでは? と云う推理というか勘というか、彼女の特殊な能力でそんなイメージを見たらしいのだが、であれば次にすることは、その推理なり直観なりに現実との整合性が取れるかどうかの裏取りなり証拠集めである。


 そこで彼女は、いつもの左武文雄をお供に、先ずは今朝の尾行でみごと見失ってしまった祝部優太に再度の聴き取り、そうしてついでに、彼の会社――石神井の町ではなく都内にあるこちらのオフィス――を見ておこう、とここまでやって来たのだが――、


 コンコンコン、コンコン。


 とここで扉を叩く音がして、問題の男性、祝部優太が入って来た。


「すみません、刑事さん」と三人分のコーヒーを自ら運び、「なんだかお待たせしちゃいまして」と彼らの顔を交互に確かめ、「昨日の続き? なにか確認漏れとかですかね?」


     *


 どういうわけか、ひとりで買って食べるコンビニのパンやサンドイッチは、どれもこれもが一様にパサついていておいしくないわけだが、そんなパンやサンドイッチよりももっとひどいのはおにぎりだった。


 海苔は異様にしなびているか、あるいは後から巻くタイプだと、ごはんに巻かれてくれないばかりか、半分くらいがあのフィルムの中に残されてしまうことだってあるし、具材は結局どれも同じような味しかしない。それに肝心のお米と来たら、固くも柔らかくも丁度良くもない感じで口に入れてもうまく噛み込めないし飲み込めない。いったい我々人類は、どのような罪を犯したがために、このような罰を受けなければならないのだろうか?


 というのは、まあ、流石に質の悪い愚痴と言うか冗談だが、それでもいま、とある公園のブランコの上でひとり、買って来たばかりのコンビニおにぎりを食べている祝部ひかりにとっては、これもあながち冗談と言って笑い飛ばせるものではなかった。


 何故なら彼女は、静かに混乱していたし、混乱して、黒い、なにか球形のものを、ずっとお腹の上あたりに抱えているようなそんな感じになっていたからである。おにぎりに味はなく、ゴムみたいな食感があるだけで、それを無理やり流しこむために、これも味のしない麦茶を――いや、なんだか錆びたタイヤにたまった雨水のような味の液体を飲み込んだ。


 そう。祝部ひかりは混乱し、焦燥し、どこかに行かなければならないという切迫感はあるものの、いったい今、自分がどこにいるのかもよく分からなくなっていた。足が地面に着いている感じがなく、いまにもひざからくずれ落ちそうな、あの非現実感。


 発端は、前にも書いたとおり、先名かすみの死、その報に改めて――深山千島に記憶を消された後に改めて――触れたときのことであった。彼女の頭と心が感じた悲しみ、その質と量に、彼女の身体と魂が異を唱えたのである。「こんなものじゃなかったじゃない」と。


 そう。深山千島の能力は、相手の脳に直接働きかけるものであり、その『記憶呼び出し装置』である脳幹などは操作の対象となるが、脳以外の身体や、記憶そのもの、もっと言えば魂のようなものを、操作したり、改竄・編集したりすることは出来なかった。


 もちろん。通常の仕事であれば――ほとんどの人間は、我知らずの中に、身体や魂すら脳の支配下に置いてしまうので――この内容でも問題はなかった。が、しかし、深山千島が捉え損なっていたのは、そもそもの自身の能力の原理と、ひかりの能力『窓』の特異性であった。


 彼女はいま、調子が悪いという母の目を盗んで家を出、亡くなった先名かすみの自宅の前で彼女の部屋の窓を見上げ、なみだが流れて来ないことにおどろき逃げ出し、この公園までたどり着いていた。強烈な違和感。自分が自分でないような感覚。それを誤魔化し改竄しようとする自分自身を責め立てる、これもまた自分自身の声。「こんなものじゃなかったじゃない」


 ごみとペットボトルを鞄にしまい、彼女はブランコを降りた。「これからどこへ行こう?」つぶやきながら公園を出た。街角では老婆がひとり、来ないバスを待っていた。どこかの家から、母親をさがす子どもの声が聞こえた。「――」彼女はつぶやいた。忘れたはずの誰かの名前を。ずうっと昔に、この道を、手を引いて走ってくれた友人の名を。彼女はくり返した。「――」



 『網戸が音をたてて閉まった。

  彼女のドレスが風に揺れた。

  まるで幻の様に音楽が流れ、

  彼女はポーチで踊っていた。』



 庭園通りのパン屋から古びたラジオが聞こえて来た。彼は歌っていた。まるで孤独なロイ・ケルトンのように。これは自分だと、ただ君に会いたかっただけなのだと。彼は続ける。頼むからひとりにしないで欲しい。



 『ベッドに立てこもり、

  痛みについて考えるのもいい。

  恋人達に十字を切り、

  貰ったバラを雨に捨てるのも。

  救世主が来ないかと、

  祈りで夏を台無しにするのも。』



「――」彼女はつぶやいた。壊れかけたこころのままに。わかれ道が見えて来た。それはいつもの、彼と手を振りそれぞれの学校へと向かうためのわかれ道だった。



 『ぼくが口にしなかった言葉のせいで、

  きみが孤独なのをぼくは知っている。』



 パン屋のラジオはとっくにどこかへ消えていた。祝部ひかりはわかれ道のまん中に立つと、もういちどだけ「――」そうつぶやいてから、わかれ道を左へ、いつもとはちがう方向へと、歩いて行くことにした。



(続く)


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